第466話 これだから、男は! でも男がいいの……。


「い、いつからなの……? オレがアンナだってことを知ったの」


 頬を赤くして、そう問うのは。口調だけが男っぽいツインテールの美少女。

 たぶん周りにいる野次馬たちも、彼を女だと思い込んでいるだろう。


「ウソだろ? あの子、女だろ?」

「私より可愛いんだけど!」

「いや……あれで男なら、むしろ興奮してきた」


 最後のやつ、マジで便乗してくんなよ。


 辺りはざわついてたが、俺はそれを無視し、ミハイルの瞳を見つめ真面目に答える。

「最初からだ、一年前にこの博多で。確かに可愛いらしい服を着ていたから、一瞬、別人だと思ってしまった。誰よりも可愛かったからな」

「そ、そうなんだ……」

 俺の答えを聞いて、怒るわけでもなく。恥ずかしそうに視線を地面に落とす。

 

「でもすぐに、お前だと気づいたよ。この世でミハイル以上に、可愛いと思った人間はいないからな」


 今の俺は、どうかしているのかもしれない。

 恥ずかしいセリフを、すらすらと口から発している。

 ミハイルも俺の変貌ぶりに、驚きを隠せない。


「なっ!? そ、そんなこと、こんなところで言わないでよ……」


 そう言われたが、俺が止めることは無い。

 だって、これからもっと恥ずかしいセリフを連発するだろうから。


「悪い。でも今ここでお前に伝えないと。また離れてしまいそうな気がするから……」

「そんなにオレが良いの? なんで……タクトが言ったんじゃん。『女だったら付き合える』って! だから、オレ。いっぱい頑張ったのに」


 唇を嚙みしめ、スカートの裾を掴む。

 アンナではなく、ミハイルを選んだことに憤りを感じているようだ。

 その怒りは更に、ヒートアップしていく。


「妹のかなでちゃんに教えてもらって。タクトが好きな声優のYUIKAちゃんが着ているファッションやメイクとか……髪型だって勉強したんだ! 喋り方もタクトが好きそうな女の子に変えたんだゾ!」

「ああ……わかっている。ずっと見ていたからな」

「じゃあ、なんでなの!? 男は嫌だって言ったじゃん!」


 気がつくとミハイルの瞳は、涙で溢れていた。

 興奮しているのか、俺と距離を詰めて、拳を作っている。


「そうだ。俺はお前の告白を断り、『女じゃないと付き合えない』と言った」

「ならどうして……アンナにしてくれないの? オレ、なんか間違えた? タクト好みにしたつもりだったのに……」

 そう言うと、俺の胸をポカポカと叩く。

 だが俺は敢えて、そんなミハイルに手を貸さず、自分の気持ちを伝えることにした。


「確かに完璧な女の子だった。俺好みのファッションに、話し方。最初のデートから俺は、アンナに釘付けだった。毎回、取材するのが楽しみで。世界が変わった。何も無かった俺という人生を変えてくれた」

「……」

 どうやら、黙って話を聞いてくれているようだ。


「だが、それは元となるミハイルがいたから、成立する世界だ。それを知ったのは、お前が絶交してくれたからだ。ダチとしてな」

「オレが、タクトと絶交したから?」

 潤んだ瞳で俺を見つめるミハイル。


「そうだ。絶交されてようやく気がついた。俺にはお前が……ミハイルが必要だと。いなくなって、世界が真っ暗になってしまったんだ。食事は味がせず、喉も通らない。今まで好きだったものでさえ、何も楽しめない。感じない。ただの闇だ」

「オレがいなくなっただけで?」

「ああ……もちろんアンナも好きだ。でもそれよりも大事なのは、好きなのはお前だ。ミハイル。それを伝えたかった」

「男のオレでいいの?」


 その質問を待っていたと言わんばかりに、俺の心臓が高鳴る。

 ここでしっかり決めないと……。

 深呼吸をした後、俺はミハイルの頭にゆっくり手を回す。


「そうだ。男のミハイルで……いや、ミハイルがいいんだ。だからもう、こんな格好しなくてもいいだろ」


 俺は彼のツインテールを片方掴み、勢いよく引き剝がす。

 カツラを取れば、ミハイル自慢の美しい金髪がサラリと流れてくる……と思っていた。

 ショートカットにしていたが、たぶん今着ているガーリーなファッションも似合うだろう。

 しかし、俺の勉強不足だった……。


「「あ……」」


 ヅラを取った瞬間、二人して声を合わせる。


 尼さんのようなスキンヘッド……ではないが。丸くて黒い頭。

 きっとカツラがズレないように、地毛をまとめるネットだ。


 ツインテールのヅラを片手に、その場で固まる。

 これは、ネットを外せばいいのだろうか?

 でも、うまいこと髪型を、きれいに整えられるかな。

 またヅラをのせるか? う~ん、わからん。


 そんなことを一人で、考えていると。

 当の本人は、顔を真っ赤にして、視線を地面に落としている。


 ヤベッ……またしくじった。


  ※


 どうしていいかわからず、お互い固まっていると。

 俺たちを見ていたギャラリーの中から、女性の声が聞こえてきた。


「ちょっと! あんたさ、なにしてんのよっ! 女の子に恥をかかせて!」

「え?」


 振り返ると、ビジネススーツを着たお姉さんが、眉間に皺を寄せている。

 頼んでもないのに、ズカズカとこちらへ近づき、俺が持っていたミハイルのヅラを取り上げる。


「貸しなさい!」

「いや、それはこいつのヅラで……」

「ヅラじゃなくて、ウィッグていうのよ! あんたね、この子に告白するみたいだったけど。なんでウィッグを外したのよ!?」

「そ、それは。こいつの地毛が見たくて。でも中がネットだとは思わなかったので……」

「バッカじゃない! ウィッグにはネットが必須なのに。これだから、男はデリカシーがないのよ!」


 なんで俺が今、めっちゃ叱られないといけないの?

 それにミハイルも男だって。


「もういいわ! 私、こう見えて美容系のお仕事しているから。この子の髪型もメイクも地毛だけで、可愛くしてあげる!」

「い、いや……そんな悪いですよ」

「うるさいわね! 男は黙ってなさい! ちゃんとこの子に告白したいんでしょ? なら準備ぐらい、させてあげて!」

「はい……」


 だから、なんでミハイルが女の子扱いなの?


 その後お姉さんの部下たちが近くにいたようで、3人でミハイルを取り囲む。

 ウィッグとネットは紙袋に入れ、大きなポーチを取り出すと。

 みんなでミハイルに、どんな風に仕上げるか尋ね始める。


「ビューラー使う?」

「口紅の色はどれが良い?」

「チークは?」


 おいおい、女装を解除というか。

 アンナからミハイルへ、解放させるつもりが、また女の子化してるじゃん。


 残された俺は離れた場所で、ミハイルの準備が終わるまで、じっと眺めていると。

 自称、美容系のお姉さんに怒鳴られる。


「ちょっと! なに見てんのよ! 女の子のメイクを見るなんて、最低よっ!」

「すみません……」

 仕方なく、ミハイルに背を向けると。

「もう、これだから。男子はっ!」

 と吐き捨てられた。


 あいつも男なんだけどなぁ……。


 ミハイルの準備が終わるまで、俺は反対側を向いてないといけない。

 つまり、たくさん集まっている野次馬たちと目が合う。

 気まずい……。


 そこで一人の少年が、俺に声をかけてきた。


「なあ! さっきは悪かったよ」

「え?」

 見れば、学ランを着た真面目そうな高校生だ。

「さっきその……お前にホモって言っちゃったの。俺なんだ」

「ああ。もう、いいさ。告白は出来そうだし」

「俺、お前の男らしい告白を見ていて、ホモって言ったこと。情けなく感じたよ」

「は?」

 この少年は一体なにを言いたいのだ。


「実は俺も昔から好きな人がいて……でも、相手は同性で。彼女を家に連れ込むリア充で、それを見ていたら毎日イライラして」

「そ、それが?」

「実の兄貴だから、諦めていたんだ! でも、お前の熱い告白を見て勇気が出たよっ! 俺もお兄ちゃんにこの想いを、伝えようと思う!」

「えぇ……」


 こっちはブラコンか。

 でもその関係なら、想いは伝えない方が良いような……。


 止めようとしたが、彼の決意は固いようで、嬉しそうに拳を突き出す。

「ありがとな! お互い、頑張ろうぜ!」

 仕方ないので彼の拳に、自身の拳を合わせる。

「そ、そうだな……」


 俺のせいで、無垢な少年を焚きつけてしまった。

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