第462話 デートで格好つけると、大体ミスします。


 タケちゃんの新作映画が公開されることを知らなかった俺。

 本当は観たくて仕方ない……が絶対にダメだ。

 計画が狂う。


 敢えて、今日は恋愛映画の『大パニック』を観ることにした。

 事前にインターネットで調べたところ。

 この作品をカップルで観に行くと、感動の余り、劇場から出ると、すぐにラブホテルへ直行するカップルが続出したとか。

 いや、俺の目的はそっちではないのだが……。


 とにかく、今日はこの映画を観るのだ。

 そのためにチケットも、珍しく前売り券を購入しており、座席もインターネットで予約している。

 カップルシートを。


 なので、チケット売り場に並ばず、スクリーンへと向かえる。



 途中、ポップコーンと飲み物を買おうと、売店に並ぶ。

 どうもアンナの顔色が悪く見える。


「アンナ? どうした、なんか元気がないな?」

「うん……ごめんね。タッくんに会えるのは、すごく嬉しいし、楽しみだったけど」

「何か、心配なのか?」

「心配ていうか……タッくんが別人みたいに変わった気がして。怖いかな。どこか遠くへ行っちゃいそう」


 え? 俺ってそんなに変わったかな。

 筋トレのしすぎとか?


「な、何を言っている、アンナ。俺がアンナから離れるわけないだろ」

「本当? 今のタッくん。アンナじゃなくて、別の人を見ている気がする」

「……そんな訳ない! 俺は今日、自分の意思でアンナとデートをしたい、と思って来たんだから!」


 なんで、こんなに暗いんだ? アンナ……。

 デートをしているのに。


  ※


 ブーッという音と共に、幕が上がる。

 20年以上前に公開された名作、『大パニック』は当時、売れに売れて。

 公開から約1年間のロングラン上映……という伝説を持つ。


 俺が予約した座席は、カップルシート。

 二人掛けのソファーみたいなもので、互いの間にひじ掛けが無い。

 そのため、彼女が彼氏の肩にもたれ掛かったり、暗闇に乗じてイチャイチャすることも可能だ。


 巨大なスクリーンを前に、アンナが好きなチョコ味のポップコーンを右手に持ち。

 しれっと左手を、彼女の細い肩に回してみる。

 アンナも嫌がる素振りは無い。

 これぞ、カップルらしい映画の楽しみ方じゃないか!


 しかし……肝心の彼女は。


「……」


 終始無言。

 そして、大食いのアンナがポップコーンを手につけていない。

 何故だ!?


 と、とりあえず、この映画を観れば、アンナも感動してくれるだろう。


 ~約3時間後~


 大型客船は氷山に衝突してしまい、船はまもなく沈没。

 パニックが起きる船内で、どうにかして生き延びようとする主人公とヒロイン。

 壊れたドアの上にヒロインを乗せて、主人公はそれに掴まり極寒の海中を漂っていたが……。

 最後は力尽きて、ひとり海へと沈んでいくのであった。

 

 全ては愛するヒロインを守るため。



 エンディングロールが流れ始めたころ。

 予想通り、観客席からすすり泣く声が聞こえてくる。

 主に女性の観客だ。


 そして俺の隣りに座っているアンナにも、同じ現象が起きている……かと思ったら。


「うわぁあああん!!!」


 両手で顔を覆い、号泣というより……ギャン泣き。

 他の客が引くレベル。


「お、おい。アンナ、どうしたんだ?」

「ひどいよぉ! こんな映画、観たくなかったぁ!」


 そんなこと言うなよ。監督やキャストに失礼だろ……。


「どうしてだ? 好みじゃなかったのか?」

「だってぇ! 最後に主人公が死んじゃったじゃん! この前のタッくんと重なったの! アンナのために死んで欲しくないっ!」

「あぁ……」


 タイミングが悪かったようだ。

 彼女に感動どころか、トラウマを植え付けてしまったみたい……。


  ※


 悲しいラストシーンを観たせいで、アンナはかなり落ち込んでいた。

 次から次へと、涙が溢れ出て来る。

 見かねた俺がハンカチを貸したが、すぐにびしょびしょに濡れてしまう。


 アンナ自身も取り乱していることを自覚したのか「とりあえずお手洗いに行かせて」とよろけながら、女子トイレへ向かった。


「……」


 彼女の後ろ姿を見守りながら、唇を嚙みしめる。


 クソっ、選んだ作品が良くなかったか。

 これなら、タケちゃんの方が良かったのかな。



 20分ほど経ってから、恐らくメイクを直してきたアンナが戻ってきた。

 暗い顔で……。


「ごめんね、タッくん」

「いやぁ……俺こそ、すまん。あの映画を選んだから」

「ううん。アンナも良い映画だと思ったけど。どうしても、ラストの主人公がタッくんと重なって……」

「そうか」

 でも、俺はあんなイケメンではないぞ。


 失敗したことは、仕方がない。

 やり直しなら、いくらでも出来る。

 ここは一年前と同じことをやってみよう!


「なあ、アンナ。良かったら、プリクラを撮らないか? 初めて出会った時も、一緒に行ったよな」

「あ、うん……いいよ」


 少しだが、笑みが戻った。

 ここから彼女のテンションを爆上げさせて、良いムードにしないとな。

 

  ※


 スクリーンから長いエレベーターに乗り込み、出口に到着すると。

 すぐ左手に、ゲームセンターとプリクラ専用のブースがある。


 アンナと初めて来た時、プリクラを撮影するのは人生で初めてだったが……。

 過去に何度か、経験しているので慣れてきた。

 そして今日のために、最新機種は全て把握済みだ。


「なあ、アンナ。今日はあの機種にしないか?」

「え……どうして?」


 それを聞かれた俺は、自信満々に答えてみせる。


「ふふっ、プリクラの最新機種や色んな盛り方など。スマホに専用のアプリをインストールしたから、俺も詳しくなったのさ」

 なんて格好つけてみる。

「そ、そうなんだ……」

 あれ? なんかめっちゃ暗い顔をしてる。

 視線も逸らされてるし。


「とりあえず、撮影するか!」

「うん」


 機械に硬貨を投入して、いざ撮影タイム。


 撮影する人数や背景、全身モードなどは全て俺が選んだ。

 慣れた手つきで、画面をタッチしていると、背後にいたアンナが呟く。


「タッくん……見ないうちになんか、すごくプリクラに慣れたね」

「え?」

「前は何も分からなかったのに。アンナはもう要らないのかな?」

「あ、いや。そんなことないぞ? この機種に慣れているわけではなくて、事前に情報を……」


 言いかけたところで、また彼女に遮られる。


「ひょっとして、マリアちゃんに教えてもらったの?」

「ち、違うぞ! 俺は自分で操作方法を覚えたにすぎん」


 正直に説明したつもりだが、今の彼女には伝わらなかったようだ。


「一年前とは違うもんね。もうあの時のタッくんとは違う。アンナがひとり占めにしちゃダメだもん……強くなったし、色んな子にモテるし」

「いやぁ、そんなことないぞ? 俺はこの数ヶ月、アンナのことしか考えていない」


 ここだけは真実であると、強調したかったのだが。


「タッくん、優しい……だからモテるんだよね。もう一般人のアンナとは違って、有名な作家さんだし」


 ちょっと理解に苦しむ。

 そんな有名人なら、俺は博多を歩けないって……。

 何故、今日のデートは、こんなにも上手くいかないんだ?

 俺はこの1日に、全てを賭けているのに。

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