第442話 決別


 ミハイルが退学を決めた理由だが……。

 どうやら、俺にあるらしい。

 

 この前スクープされたマリアとのラブホ密会記事。

 報道を知ったことにより、積もりに積もったストレスが爆発したのは、間違いない。

 しかし、彼の中で一番辛かったことは……。


 女に変身したアンナではなく、素のミハイル。

 つまり、俺が男装時の彼を力いっぱい抱きしめ、その場のノリでキッスまでしようとしたから……。


 俺からすれば全部ミハイルだし、アンナでもあるから良いと思うが。

 彼は、酷く傷ついたようだ。


 今も顔をぐしゃぐしゃにして、泣き叫んでいる。


「タクトはさ! 一体、誰が好きなの!? もう、オレ……タクトの気持ちが分からないんだよ!」

 ど直球の質問に、俺は動揺する。

 この場をまたあやふやにすれば、きっと彼を傷つけてしまう。

「俺は……」

「なんなの!? オレを抱きしめて、なんでアンナは抱きしめてくれなかったの! どうして、オレにキスをしようとしたんだよ……」

 自身の唇に触れ、思い出しているようだ。

 

 ミハイルのやつ。俺が抱きしめたことで、混乱しているようだ。

 俺がやったことは、間違いない。

 でも、今決めないとダメなのか……。


「聞いてくれ。俺はアンナを取材対象として、大切にしている。だから、なるべく優しく接するように心掛けている……つもりだ」

「グスンッ。それで?」

「だから、なんていうか。距離感がちょっと違って。その点、ミハイル。お前はマブダチだから、心を許せる存在ていうか……」


 言いかけている最中で、ミハイルの怒鳴り声に遮られる。


「ほらねっ! タクトっていつもそうじゃん! 普段から『物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない』て言うけど……。ここぞって言う時、いつもはぐらかすじゃん!」

「そ、それは……ちゃんと答えるよ」

「じゃあ言ってよ。どうして、誕生日にオレを選んだの?」


 ミハイルは真っ直ぐ、俺を見つめている。

 緑の瞳は涙で潤んでいた。

 俺が出す次の答えで、彼の運命が決まりそうだ。

 でも、今はなにも準備していない。計画も立てていない。そんな俺が言えるのか?


「す、す……」


 喉元まで、その言葉は出てきているのだが……。

 この一言を口から発すれば、今までの関係は終わってしまう。

 それが怖い。

 たった二文字なのに……。

 言ってしまえば、どちらかが傷つく。そんな気がした。


「す、すごく大事なダチだからさ……」


 本当のことが言えなくて、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。

 ミハイルの顔を見ることができなくなり、視線は地面へと落ちる。


 俺の答えを聞いたミハイルは、黙り込んでしまった。

 ダチのミハイルも、カノジョ役のアンナも、失いたくない。

 だから、俺は嘘をついてしまった。

 一番嫌いな行為だ。


  ※


 数分間の沈黙が続いた後。

 最初に口を開いたのは、ミハイルだった。


「もう……終わりにしよ」

「え、なにを?」

「オレたちの関係」

「!?」


 俺は恐怖から、両手で頭を抱える。

 聞きたなくなかった。

 このあとの言葉を……。


「タクト。いつになっても白黒ハッキリできないもん。このままじゃ、アンナが泣いてばっかりだよ」

「ま、待ってくれ。もう少し時間はないのか?」

 俺の問いに、彼は首を横に振る。

「もう、遅いよ……だって……決めてくれないんだもん」

「ミハイル、俺は」


 お前のことが……。ここまで、出てきているのに。

 どうしても、言えない。


 何も言えない代わりに、ミハイルが答えてくれた。

 いや、情けない俺を、見ていられなかったのだと思う。

 顔を真っ赤にして、叫んだ。

 

「お前なんか、もうダチじゃない! 絶交だ!」


 彼の小さな唇から発せられた言葉は、巨大な砲弾となり、俺の胸を打ち抜く。

 風穴が開いたんじゃないかってぐらい、デカい穴が出来ちまった。

 あまりの衝撃に、俺はその場で膝をつく。


「そんな……俺たち、マブダチじゃないのか?」

「アンナのことを大事にできないタクトは……もうダチじゃない!」

「待ってくれ。約束……契約はどうなる? これからの取材は?」

「知らないよ! アンナそっくりのマリアとでも、すれば!」

「……」


 そう吐き捨てると、ミハイルは俺に背中を向けた。

 公園を飛び出し、駅へと走り去ってしまう。

 

 一人取り残された俺は、地面に両手をつき、呆然としていた。

 しばらくすると、目からぽつぽつと涙がこぼれ落ちる。


「たった一人のダチなのに……俺はまた失ってしまったのか」


  ※


 数十分ほど経っただろうか?

 誰も遊ばない公園で、四つん這いになっていると……。


 近くのブランコが、ぎーぎーと音を立てて、揺れているのに気がつく。

 

「あ~あ、止められなかったか……新宮なら出来ると思ったんだがな」

 嫌味たっぷりに喋る女性は、チャイナドレスを着た淫乱おばさん。

 宗像先生だ。

 いつから、この場にいたのかは知らないが。

 どうやら一連の出来事を、近くで見ていたらしい。

「先生……」

「そんな顔すんなよ」

 宗像先生はブランコを前後に激しく揺らした後、一番高い位置で飛び降りた。

 キレイに地面へと着地したら、鼻の下を人差し指でこする。

「ヘヘヘ。振られちまったもんは、仕方ないよな! でも、諦めるな。とりあえず、話を聞かせろ。お前たちは二人とも、私の大事な生徒だからな」

「はい……」


 この時ばかりは、宗像先生を頼るしかないと思った。

 ていうか、見ていたなら。助けてよ。

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