第五十章 分岐点

第439話 歪み


 マリアとのラブホテル密会が報道されて、数日が経った。

 正直、ミハイルにいつバレるか、ずっと不安で生きた心地がしない。

 あとで知ったことだが、色んなニュースサイトに取り上げられているほど、マリアは有名人だった。


 一部のテレビ局でも、今回の報道が流れているらしく。

 DO・助兵衛という作家は、ラノベ業界に限らず、一般人の間でも話題にあがっているそうだ。

 編集部の白金が、興奮気味に電話で教えてくれた。


 もう俺には、後がない。

 ここは潔く彼に謝罪すべきだろう……と腹を括った。


 あいつに会ったら、すぐに頭を下げよう。

 下手な嘘は使わず……正直に起きた出来事を説明すれば、きっと今まで通り許してくれる。

 だって、俺たちはマブダチだし。

 1年間も一緒に同じ高校へ通っている仲だ。

 俺のために女装までしてくれる……ミハイルなら、きっと。



 朝食を済ませると、リュックサックを背負って、地元の真島まじま駅へと向かう。

 いつも通り、小倉行きの列車に乗り込んで、彼を待つことにした。

 二駅進んだ先の、席内むしろうち駅に着く。


 自動ドアがプシューッと音を立てて開く。


「タクト~☆ おっはよ~☆」


 といつもなら、元気よく笑顔のミハイルが現れるのだが。

 一向に姿を見せない。


 俺が席を立ち、キョロキョロと辺りを見渡すが、誰も乗ってこない。

 遅刻したのだろうか?

 いや、ミハイルはアホだが、根は真面目だ。

 特に俺と一緒に、行動することにこだわる人間。

 ありえない。


  ※


 目的地の赤井あかい駅について、しばらくホームで次の列車を待っても、やはり彼は来ない。

 心配になった俺は、スマホを取り出し、電話をかけてみることにした。


『おかけになった電話は現在、繋がらない状態か、電源を入っていないため……』


 何度かけても、同じ答えだった。

 一体どうしたと言うんだ?

 やっぱり、あの記事を知ったから、落ちこんでしまったのか。

 それなら俺が謝らないと……。


 不安で仕方なかった俺は、彼の実家へ電話することにした。

 以前、姉のヴィッキーちゃんが、外泊した時にかけてきたから、アドレス帳へ登録しておいたのだ。


『ご連絡いただき、誠にありがとうございます♪ パティスリーKOGAです♪』

 ビジネスモードのヴィッキーちゃんが出た。

「あ、俺です。ミハイルの同級生の新宮です」

 そう言うと、態度を一変させるねーちゃん。

『チッ! 坊主か……なんだ?』

「あの……ミハイルは、まだ家にいるんですか?」

 恐る恐る聞いてみたが、意外な答えが返ってきた。

『は? ミーシャなら、朝早くに学校へ行ったぞ? 会ってないのか?』

「はい……。会えなかったので、身体でも壊したかと」

『あはは! 全然、あいつならピンピンしてるよ。早く学校で会ってやれ。きっと喜ぶから』

 ヴィッキーちゃんにそう言われて、やっと安心できた。

「ありがとうございます。じゃあまた……」

『おう! またな』


 おかしい……。

 そんなに朝早く家を出たのなら、俺と一緒の電車に乗ってもいいじゃないか。


  ※


 とりあえず、一ツ橋高校へ向かうことにした。

 ヴィッキーちゃんの言うことが本当なら、彼は校舎にいるはずだ。

 ひとりで、心臓破りの長い坂道を登っていく。

 いつもなら、二人で仲良く駄弁りながら、歩いているから、こんなにキツいと思わなかった……。


 武道館が見えてきたころ、一人の女性が校門の前で、仁王立ちしていた。

 真っ赤なチャイナドレスを着た淫乱おばさん。

 ものすごいミニ丈だから、下から見上げる俺は、パンツが丸見えだ。吐きそう。

 頭には、シニヨンキャップを左右につけて、お団子にしている。


「あちょ~! 新宮、新年から気合が入っているな! ほあっちゃ~!」

 と叫びながら、構えをとる宗像先生。

 格闘ゲームの新作が発売されたから、その影響か?

 アホ丸出しだな。

「おはようございます……先生」

「なんだ。元気ないな?」

「その……ミハイル。古賀は、もう来ていますか?」

「ん? お前ら一緒に来てないのか? 仲が良いお前らだから、新年も二人で来ていると思ってたけど」


 きょとんとした顔で、宗像先生は俺を見つめる。

 この感じ、嘘は言っていない。

 ということは……ミハイルが、ヴィッキーちゃんに嘘をついたんだ。


 真実を知った俺は、うなだれてしまう。


「そうですか……じゃあ帰ります……」

 あいつがいないなら、意味がない。

 そう思ったら、自然と身体が元の道へと向きを変える。

 それを見た宗像先生が慌てて、止めに入る。

「っておい! なにも古賀が来てないからって、お前まで帰らんでいいだろ! それに今日は試験だ。単位がかかっているぞ? 第一、あとで古賀が来るかもしれんだろ!」

「はぁ……」

 ミハイルの性格上、ありえない。

「新宮。お前、何かしたのか? ケンカしたなら、ちゃんと古賀に謝れよ?」

「わかってます……」


 俺だって、謝れるもんなら、さっさとしたいよ。

 ミハイル……今、どこにいるんだ。

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