第428話 逃げてばかりの男


 『次は、箱崎はこざき~ 箱崎駅です』


 車内からアナウンスが流れ、目的地へ着いたことに気がつく。

 乗客の大半が、初詣だったようだ。

 それもそのはず。俺たちも筥崎宮はこざきぐうを目指しているからだ。



 福岡県における三社参り。

 学問の神様で全国的にも有名な太宰府だざいふ天満宮てんまんぐう


 それから、近年若者から人気を得ている、宮地嶽みやじだけ神社がある。

 なぜ、若者から人気かというと……。

 国民的なアイドルグループが、ここでCMを撮影した際。

 その日は天気が悪かったにも関わらず。5人のメンバーが神社の参道を歩いた瞬間。

 

 近隣の海岸から、眩い光りが差し込み。

 ちょうど神社までの一本道を、神秘的な光景に変えてしまった。という伝説がある。

 そのため、CMを見たファンや若者が殺到し、お正月とか関係なく。

 平日でも多くの人で、賑わっている。

 またパワースポットとしても、人気だ。


 だから、宮地嶽神社と迷ったが、三つ目の筥崎宮はこざきぐうを選んだ。

 博多に近く、駅からも近い。

 あと、出店が多いことも、狙いの一つだ。

 大食いのアンナには、嬉しいことだろう。



 と、駅から降りて、アンナに三社参りの意味や、神社の情報を説明したが。

 聞いている本人はチンプンカンプンのようだ。


「えっと……今から行くのは、太宰府?」

「違うよ。筥崎宮」

「アンナ、違いがわかんない~ 福岡の歴史って、難しい~」


 散々、かつお菜のことで、熱く語ったくせに。

 興味がないものは、全然知識に入れないのか。


  ※


 駅から10分ほど、歩いたところで目的地へたどり着く。

 筥崎宮だ。


 幼い頃に母さんと何回か来たことはあったが……。

 元旦に来たことはない。


 大勢の人々で、賑わっており。

 境内に入ってみたが、どこも行列ばかりで、全然前へ進む気配がない。

 たぶんアルバイトの神子さんだと思うが、プラカードを持って立っている。


『本殿に着くまで、約45分』



「マジかよ……そんなに待たないと行けないのか」

 お賽銭して、お祈りするだけだってのに、1時間も拘束されるのかよ。

 長すぎだろ。

 

 深いため息をつくと、隣りに立つアンナが優しく俺の手を掴んだ。


「タッくん☆ 初詣、楽しみだね☆」

 テンションの低い俺とは違い、アンナは笑顔だった。

「え?」

「だって……今年初めてを、タッくんと迎えられたんだよ? これ以上、嬉しいことはないと思うな☆」

「そ、そうだが……1時間も立って待つんだぞ? 苦じゃないのか?」

「全然、嫌じゃないよ☆ どんなところでも、タッくんと一緒にいることが大切だよ☆ それにその1時間は、こうやって手を繋ごうよ☆ 恋人ぽいでしょ?」

 そう言って、繋いだ手を宙に浮かせてみる。

「ま、まあ……そうだな……」


 頬が熱くなるのを感じた。

 アンナの言う通りかもしれない。

 この待機時間こそ、恋人同士の甘いひととき……かも。


 ~約1時間後~


 やっと、俺たちの番になった。

 とりあえず、千円札を取り出し、賽銭箱へ投げ込む。

 そして、鈴を鳴らしてみる。

 しばらく来ていないから、祈り方を忘れてしまった。

 周りの人を見ながら、真似てみる。

 

 ふと、アンナの方を見てみたが。既に瞼を閉じ、手を合わせていた。

 ハーフの美少女が、和服姿なので、自然と絵になる……。


 見惚れている場合ではなかった。

 俺も瞼を閉じて、お祈りを始める。


「……」


 願い。

 今の俺には、そんなもの見当たらない。

 ミハイルとアンナのおかげで、書籍化やコミカライズも出来たし。

 一ツ橋高校に入学して、色んな奴らとダチになれた。

 これ以上、俺が望むものなど……。


 いや、一つだけあるか。

 それは、今が無くなってしまうことだ。


『今年も一年間。ミハイルとアンナがずっと隣りに、居てくれますように……』


 心の中で、そう願いを呟いた。

 しかし、神様からの返答はなし。


 ま、そりゃそうだろな。

 と瞼を開くと、目の前に大きな緑の瞳が、じっととこちらを覗き込んでいた。


「うわっ!?」

「タッくん。お祈りが長かったね? そんなにたくさんあったの?」

 どうやら、アンナの方が先に済ませたらしい。

「いや……俺の願い事は一つだけだよ」

 そう答えると、アンナはパーッと顔を明るくさせる。

「え? 一つだけなのに、ずっとお祈りしてたの? じゃあ、それだけ大きな願い事なんだよね? なに? 教えて☆」

 見透かされているような気がした。

 恥ずかしさから、俺は拒絶する。


「ダメだ! こういうのは、人に言ってしまうと願いが叶わないって、聞いたぞ」

「そうなんだぁ……タッくんのお願い。知りたかったなぁ」

 唇を尖がらせるアンナ。


 別に教える必要ないだろ。

 俺はただ……今を失いたくないだけだ。

 去年のクリスマス会。

 泣きながら会場を抜け出したあいつの顔。

 もう、あの時みたいな痛みは、ごめんだ。

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