第407話 逃げ出したミハイル


 リキと腐女子のほのかが、無事にイブをカップル? として過ごすことになり、会場は大いに盛り上がった。

 というか、他の腐女子たちも、24日がコミケの日だと思い出して、推しのサークルが出展するかスマホで検索しだす。

 そして、卑猥なサキュバスのコスを着た少年。一も2人に便乗する始末。


「あ、あの……24日っていうと、『あそこ』ですよね? 僕も参加するので良かったら、声を掛けてもいいですか?」

 ともじもじしながら、無知なリキへ問いかける。

「ん? ああ、そんなに福岡じゃ有名なスポットなんだな。いいぜ!」

 ニカッと白い歯を見せて、親指を立てるリキ。

 その姿を見て、一の顔はパーッと明るくなった。

「本当ですか!? じゃあ、お二人の邪魔にならないようにしますので!」


 いや、邪魔する気マンマンだろ、こいつ。

 本当にリキの恋愛って、苦難しかないな……。


  ※


 最後に女子部門の優勝者、マリアの番となった。

 宗像先生に呼ばれると、すぐさま黒板の前に置かれた片方のイスに座る。

 脚を組んで、両手を膝の上に載せる。

 正に、勝者の顔だ。


 先生がイブの相手を聞く前に、自身の口からその名を発する。


「私は新宮 琢人を指名するわ。婚約者だから、イブを過ごすのは当然なのだけど」


 俺の顔に目掛けて、ビシッと人差し指をさす。

 それを見た宗像先生は「ふむ」と頷いた。


「なるほど。じゃあ、ほれ。新宮、呼ばれたぞ? 優勝者の言うことはちゃんと聞けよ」

「そ、そんな……俺の意思は……」

 どうにかして、時間稼ぎでもしようかと試みたが、宗像の機嫌を損ねるだけだった。

「あぁん!? 私が決めたルールだぞ! さっさと行って来い!」

「はい……」


 これ以上、逆らったら殴られそう……と、思った俺は渋々マリアの方へと向かう。

 途中でミハイルのことが気になり、振り返って見たが。


「……」


 黙り込んで、固まっている。

 マリアが語った過去のショックが大きすぎて、呆然としているようだ。

 まあ、写真さえ撮ることが出来たら、あとで2人になれるだろうから……。

 もう少しの辛抱だ。


  ※


 とりあえず、素直にマリアの隣りに座ってみる。

 腰を下ろした瞬間、彼女はずいっと身を寄せてきた。

 そして当たりた前のように、俺の左腕を掴んで、自身の胸を押し付ける。


 相変わらずのノーブラだったので、生乳がとても柔らかく……俺好みのサイズ。

 嬉しい誤算だったが、それよりも遠くから、こちらを眺めている『彼』のことが、気になる。


「お、おい……みんなの前だろ?」

 一応、注意してみたが、マリアは悪びれる様子もなく。

 肩をすくめる。

「それがどうしたの? 別にいいじゃない。婚約者なのだし」

「しかしだな……」

「優勝したのは私なのだから、これぐらい良いでしょ? 日本に帰って来て、まだタクトと恋人らしいこと。ちゃんと出来ていないもの」

「そ、それは……」


 確かにそう言われたら、マリアとはちゃんとデートしたことがない。

 成長してカナルシティで再会した時ぐらいだろう……。

 あとは、映画を観に行ったけど。半分はアンナが化けていたから。



「それじゃ、一枚目撮るぞぉ~!」


 宗像先生がインスタントカメラをこちらに向ける。

 スマホやデジタルカメラじゃないので、撮影してもすぐに確認できないのが、デメリットだ。

 しかし、失敗できないからこそ、一枚一枚を大切に撮れる代物。


 それを察してか、マリアもニッコリと優しく微笑み、俺の肩に顎を乗せる。

 俺は緊張から、身体がカチコチに固まってしまう。

 他の生徒たちの視線をずっと感じるし、恥ずかしくて仕方ない。


「よぉし、もう一枚。ラストいってみるか! 瞼を閉じるなよぉ~!」


 シャッターの音に気がつかなかった。

 でも、これで最後だ。


 ふとミハイルの方に、目をやると……。

 この世の終わりみたいな表情で、こちらを眺めていた。

 早く声をかけてやりたいが、撮影がまだ終わらない。

 もう少し、待っていてくれ……。


 

「いくぞぉ~ はい、チーズ!」


 今度はシャッターの音が、しっかりと耳にまで響いてきた。

 しかし、それと同時に辺りから、悲鳴があがる。


 何事かと、教室内を見回すが、特に何もない。

 女子生徒たちが、俺の顔を指差して、大きく口を開けている。

 ズボンのチャックが、開いた状態なのだろうか?

 と、下半身をチェックしても、問題なし。


 そうなると、あとは……。


「んふっ……」


 耳元がくすぐったいな。

 マリアの声か。


 しかし、なんだ。この頬に伝わる柔らかい感触は?

 小さいがプルプルしていて、とても気持ちが良い。

 暖かく癒される……って、まさか!?


 そーっと視線を隣りに向けると、瞼を閉じたマリアがいた。

 普段、強気な彼女からは、想像も出来ないぐらい優しい顔。

 頬を赤くして、俺の頬に口づけしている。


「んんっ……タクト。好きよ」


 一ツ橋高校の生徒、教師。全員の前で告白されてしまった。

 しかも、ほっぺチューされながら……。


「や、やめろよ。マリア……こんなところで」

 うろたえる俺に対して、マリアはゆっくりと瞼を開く。

 キラキラと輝く碧い瞳が、いつもより綺麗に見える。

 唇を頬から離してはくれたが、両手はずっと俺の肩を掴んでいて、逃げられない。


「これぐらい。海外では挨拶レベルじゃない?」

「そ、それは……でも、ここは日本だ。こういうのは、恋人同士がするものだ」

「フフ。本当にうぶなのね、タクトったら。やっぱり小説に必要ね。私というヒロインが」

「ま、マリア……」


 積極的な彼女を見て、俺が固まっていると……。

 一連の行為を遠くから眺めていた彼が、叫び声をあげる。


「ふざけんな! 10年とか関係ない! 勝手にオレのダチで遊ぶなっ!」


 久しぶりにキレたミハイルを見た。

 だが、その言葉とは裏腹に、身体は小刻みに震えて、どこか弱々しい。

 エメラルドグリーンの瞳は輝きを失せ、涙でいっぱいだ。


「ミハイル……」

 彼に手を差し伸べてあげたかったが、マリアの腕がそれを邪魔する。

「もう……もう、知らない! オレ、帰る!」


 そう吐き捨てると、彼は背中を向けて、教室から走り去ってしまう。

 俺が呼び止める前に、一瞬で彼は自習室から消えた。


 せっかくのクリスマス会。

 朝早くから、料理やデザートまで作ってくれたのに。


 俺は……結局、このあとミハイルと一緒に帰ることは出来なかった。

 放心状態のまま、マリアと電車に乗ったが、そこからの記憶が曖昧だ。

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