第382話 指輪物語


 白金の提案で、4巻はマリアの話を書くことになった。

 それを「二週間以内に10万字で仕上げて来い」と、鬼のような業務命令が下される。

 仕方ないから、書くけど。

 ていうか、アイドルのヒロイン。長浜ながはま あすかちゃんが、忘れ去られているような……。


 

 打ち合わせも無事に終わったので、今度は俺の相談をすることにした。


「なあ、白金。まだ時間あるか?」

「え? ちょっとなら、良いですけど」

「その……実は女物のプレゼントを考えているんだが、初めてでどうしたら良いのか、分からないんだ」

 俺がそう言うと、白金が口角を上げる。

「ほほう。誰にあげるんですか? ヒロインの名前は?」

「あ、アンナだ……」

「なるほどぉ~ もうそこまで、進展しているんですね。お二人は……。やはりメインヒロインですな」

「いや、そう言うのじゃないんだ。ただのお返し。以前、俺が誕生日プレゼントを貰ったから……来月、アンナの誕生日でな」

「へぇ。でも、それって返す必要性あります?」

「あるだろ。礼儀じゃないか」

「そうですかね? 赤の他人に返す必要はないでしょ。私が感じるに、DOセンセイの中で、アンナちゃんの存在が大きくなっているんじゃないですか」

「くっ……」

 何も言い返せないことに、腹が立つ。


「ま、それはさておき。プレゼントですが、正直な話……。何でも良いですよ。気持ちさえ、こもっていれば♪」

 とウインクしてみせるアラサーの独身女。

「そうか。なら、指輪でも良いんだな?」

 俺がそう言った途端、急に白金の表情が硬くなる。

「今、なんて言いました?」

「え。指輪だよ。リング」

「……」

 俯いて、肩をブルブルと震わせる白金。


「おい、どうしたんだ?」

 俺が白金の肩を掴むと、急に顔を上げて、眉間に皺を寄せた。

 鋭い目つきでこちらを睨みつけ、歯を食いしばる。

「こ、こ、こんのぉ……アホぉぉぉぉぉ!」

 白金のキンキン声が編集部に響き渡り、窓のガラスが震える。

 思わず、両手で耳を塞ぐ。

「きゅ、急になんだ!? やかましい……」

 俺のことは無視して、それからは怒涛のお説教タイムが始まる。


「このクソウンコ作家! そんなんだから、童貞なんですよ!」

「は? 童貞は関係ないだろ……」

「いいですか! 指輪っていうのは、女の子にとって……ほんっとうに大事なモノなんです! それこそ、男性から指輪を貰うっていうイベントは、結婚のプロポーズみたいなもんです! DOセンセイは、誕生日にアンナちゃんへ愛の告白をするつもりなんですか!?」

 机を手の平でバンッと力強く叩き、身を乗り出す白金。

 俺も白金の迫力に気圧される。

「け、結婚……? そんなこと、考えてないさ。ただの誕生日プレゼント。お返し、だろ?」

 そう答えると、「はぁ……」と深いため息をつかれ、ダメだこいつみたいな顔で呆れられた。

「誕生日のお祝いやお返しに、リングは重すぎます! まだ付き合ってもないんでしょ? じゃあ、まだまだそんなプレゼントをしたら、ダメです。なんで、そういう選び方になったんですか? 童貞なのが、悪いんでしょうね」

 人のことを何度も何度も、童貞ばっか言いやがって。

「いや、俺も散々、迷ったよ……。それで家に妹がいて、相談したら『リングがいいですわ』みたいなアドバイスをもらって……」

「妹さんはまだ中学生でしょ? だから、あんまり分かってないんですよ。前言撤回にさせてください。アンナちゃんへのプレゼントですが、アクセサリーにしても、ネックレスやピアス、ブレスレットぐらいにしてください!」

「はぁ……」

 俺と白金との間に、物凄い温度差を感じてしまう。

 なぜ、こんなにも怒っているのだろうか?


 

 俺はその疑問を、この目の前に座っているアラサー女にぶつけてみた。


「なあ。そんなに指輪って大事なもんなのか? 女にとっては」

「当たり前ですよ! もし、私が男の人から、指輪を出されたら、『は!? 今からプロポーズ受けるんだわ』『苗字が変わる! 名刺どうしよう』『相手の両親に嫌われたら』『私、肉じゃがとか作れないけど』と一気に、想像が爆発してしまいますね」

 情報量が多過ぎる。

 というか、こいつの願望だろ。

「そう……なのか。女にとって、指輪というものは、それぐらい大事なイベントってことか」

「やっと分かってくれましたか……。まあDOセンセイは、童貞だから知らなくても、仕方ないですもんね。今日、私に相談しておいて良かったですよ。女の子のアンナちゃんを失望させるところでした♪」


 ん? ところで、1つ引っ掛かることがある。

 それは、アンナが男だってことだ。

 男が男に指輪をプレゼントするのならば、結婚という考えは無くなるのか?


 とりあえず、危険性が高いものはやめておこう。

 帰りにアクセサリーショップにでも、寄ってみるか。

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