第325話 男の娘の日


 いつもなら、膝と膝をすり寄せてくるのに、なんでか、今日は一人分ぐらい間隔を空けられている。

 きっと、避けられているんだろうな。

 正直、気まずい。

 沈黙が続く。


 ミハイルもずっと俺に視線を合わせてくれない。窓ばかり見ている。


 このまま、学校に行くのも辛いので、俺は会話を試みる。


「なあ……ミハイル。おはよう、だな」

 自分で言っていて、変な挨拶だと思った。

「うん」

 そっぽ向いたま、返事をされた。

 これ、絶対怒ってるよ。


「あ、あのさ……アンナから何か聞いてないか?」

「聞いた」

 会話がちゃんと出来ない。

「な、なにを聞いたんだ?」

「タクトが知らない女の胸を触ったって」


 ぐはっ!

 その言葉が一番、胸にグサグサと刺さる。


「アンナは許してくれたのかな?」

 彼を代理人として、許してもらうのだ。

「知らない」

 えぇ! あなた本人じゃな~い!

 教えてくれても良いじゃん。



 もう、これは無理だと思って、彼と会話を続けるのをやめようとした、その時だった。

 ミハイルがポツリと一言、呟いた。


「あのさ……」

 彼から話してくれたことが嬉しくて、俺はすぐに答える。

「お、おう! どうした? なにか話したいことがあるのか?」

「うん……」

 ミハイルは俯いたまま、元気がない。

 視線は床のまま、話し始める。



「あのさ。タクトって“あの日”来てる?」

「はぁ?」

 思わずアホな声が出てしまう。

「だから! あの日だって!」

 やっと視線を合わせてくれたと思ったら、顔を紅潮させて、叫び出す。

 ん? 情緒不安定なのかな。


「すまん。ミハイル、今なんて言った? もう1回いいか?」

 何度も尋ねるので彼は怒り出す。

「も~う! あ・の・日!」


 おっかしいな……ミハイルって男だよね?

 確かに別府温泉で俺は見た。矮小な脇差であり、雪原に小さく咲いた一輪の花。

 可愛すぎるうさぎのようなモノだったが。

 間違いなく、あれはナニだろう。



 冷静になって、もう一度、彼の話を聞いてみた。

「あの日って……どうしてそんなワードが出るんだ? 俺たち男だろ」

 俺がそう言うと、ミハイルは真顔でこう答える。

「だって。ねーちゃんが言ってたもん。『男の子の日』って言うのがあるって」

「ごめん……なんだって?」

 頭がおかしくなりそう。



「一週間ぐらい前だったかな。朝起きたら、“おねしょ”しちゃって。ねーちゃんに謝ろうとしたら、『これは違う。男の子の日だ。お赤飯炊いてやる』って言われたよ」


 ヴィクトリアのアホっ!

 変な性教育するな!


 ミハイルがどんどん変な方向に行っちゃうだろ。


「そ、それで。どうなったんだ?」

「う~ん。ねーちゃんが言うには、『デリケートゾーンだから、あんまり触っちゃダメ』って」

「……」


 だからか、ミハイルのアレが可愛すぎるのは。


「ところでさ。タクトは男の子の日ないの? あれからずっと気になってるんだけど?」

「……むかーし、あったよ。今はないな」

 俺がそう言うと、彼は口を大きく開けて驚く。

「ウソ!? あれって無くなるもんなの?」

 そんなに目をキラキラさせちゃって。

 純真無垢だねぇ。

「ま、まあ……制御できる方法があるんだよ」

「すごいな! タクトって☆」

「ありがと……」


 もう、汚れきった自分がイヤ!



 だが、1つ気になったことがある。

 それは彼が“始まった”ってことは、夢を見たはずだ。

 内容がなんだったのか、気になる。



「なあ、ミハイル……これは言いたくないのなら、答えなくてもいいが。その日、お前は夢を見てないか?」

「え……」

 聞かれて目を丸くする。

 どうやら、夢の内容を覚えているようだ。


「う、うん。見たよ」

 頬を赤くさせて、視線を床に落とす。

「良かったら、教えてくれないか?」

 俺は確かめかった。

 ミハイルモードでヤッちゃったのか、アンナモードでヤられたのか。



 小さな胸の前で、指と指をツンツンと突っつきながら、語り始めた。

「いいよ……あのね、笑わないでよ」

「ああ、絶対に笑わない」

「夢の中でね。タクトと手を繋いで、お花がいっぱい咲いている公園を歩いている……そういう夢だったよ」

 それを聞いた俺は、思わずブチギレてしまった。


「ああ!? お前、なめてんのか!?」

 激怒する俺を見て、うろたえるミハイル。

「お、怒んないでよ……ホントだって」

「本っ当にそれだけか? 公園でナニかしてないのか?」

 彼は真っすぐ一点の曇りもないキレイな瞳で答える。

「ううん、なにも。ただ、タクトとお花を眺めて歩いただけ」

「……」


 なんなの、こいつ。

 可愛すぎなんだけど、マジで!

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