第323話 お馬さん、パカッパカッ♪


 言ってしまった……。

 マリアのパイ揉み事件に関しては、墓まで持って行くつもりだったのに。

 ああ見えて、アンナは鋭いからな。

 下手な嘘をつけば、きっといつかバレてしまう。

 ならばと、本当のことを話したが……これから、一体どんなお叱りと暴力を食らうのだろうか。



「タッくん……誰?」

「え?」

「一体どの子を触ったの? ひなたちゃん? あすかちゃん?」

 見たこともないぐらいの鋭い目つきで、俺を睨んでいる。

 怒っているのはわかるが、その矛先は俺自身ではなく、相手のようだ。

「いや……アンナは知らない子だ」

 絶対にマリアのことは隠しておかないと。

「アンナにも話してくれない……タッくんには大事な子だね……」

「そ、そういうわけじゃない! い、今は話せないだけだ。時が来たらちゃんと話すから!」

 重たい空気が流れる。

 しばらく、沈黙が続いてアンナはこう言った。


「タッくん……もしかして、触ったんじゃなくて。女の子に無理やり、触らせられたんじゃないの?」

「えっ!?」

 見抜かれてしまったと、アホな声が出る。

「その反応。やっぱり……。タッくんって優しいから」

「あ、その……ちょっと色々と理由があってだな。決して故意に触ったわけじゃないぞ?」

 俺がそう弁解すると、彼女は更に鋭い目つきで睨む。

「でも、触ったじゃん!」

 見たこともない剣幕に、俺は思わず身を引く。

 殴られる……そう思った。

 恐怖から、瞼を閉じて歯を食いしばる。


 しかし、何も起こらない。

 微かに聞こえてきたのは、すすり泣く声。

 ゆっくり瞼を開いてみると、そこには……。


「ひっく……ひぐっ……」

 俯いて縮こまっている一人の少女いた。

 俺に顔を見せまいと、両手で隠している。

 だが、指と指の間からは、ポタポタと大きな涙がこぼれ落ちていた。


「あ、アンナ? 泣いているのか?」

 心配になって声をかけると。

 我慢していたようで、空に向かって泣き叫ぶ。


「うわああん! タッくんが汚されたぁああ! イヤッ! 絶っ対にイヤっ!」

 

 ファッ!?

 そんなに大声で泣かなくても……。

 おかげで辺りにギャラリーが出来てしまう。


「なんだ、痴話ゲンカか?」

「女の子泣かすとか最低!」

「『汚された』ってぐらいだから。きっと妊娠させたんじゃね、あの男」


 違うわ! こいつも男だから、妊娠できないの!


  ※


 アンナは目を真っ赤にするまで、泣き続けた。

 多分、1時間ぐらい。

 俺はどうしていいかわからず、とにかく優しく話しかけていたが、泣き声でかき消され、彼女の悲しみを和らげることは出来なかった。


「……ひっぐ……タッくん、アンナのタッくんが」

 なんて、1時間も人の名前を連呼している。

 というか、あなたの俺じゃないからね。


「アンナ。何度も言うが故意に触ったわけじゃない。別に恋愛感情とか、やましい気持ちも一切ない。事故みないもんだ」

 言いながら、一体どこでそんなラッキースケベがあるんだ? と首を傾げる。

「……でも、触ったことには変わらないよ」

「ま、まあ。そうだが……」

「どっちの手で触ったの?」

「え? み、右手だが」

 俺がそう言うと、何を思ったのか彼女は右手を両手で掴み、自身の額にあてる。

 まるで祈るかのように。


「この手が汚れたんだね」

 なんか、マリアが汚物扱いだな。

「まあ、そうだな」

「タッくん、覚えてる? 初めてのデートの時のこと」

「え? もちろんだが……」

「ほら、映画館でアンナが知らないおじさんに痴漢された時。タッくんが『汚れたのなら、洗えばいい』って汚れた太ももを触ってくれたでしょ」

 彼女の顔をよく見れば、涙は枯れ、どこか優しい顔つき。いや、甘えているようだ。

 なんか色っぽく見える。


「ああ。そういえば、あったな。そんなこと」

「なら、タッくんの汚れた手も、キレイにしよ☆」

「は?」

「あ、アンナの胸を触って☆」

「えええ!?」

 そんなこと言われたら、誰だって絶叫しますよ。


  ※


「無理、無理。それだけは絶対にダメだ、アンナ」

「どうして? 他の子を触ったんでしょ? なら汚い手をキレイしないと☆」


 今の彼女は、きっと傷心から我を忘れているに違いない。

 いわば、興奮状態なのだろう。

 その境界線だけは越えてはいかん。

 俺たちはあくまで、小説のために契約した関係なんだ。


 マリアの時は、あっちがやってきたら、揉んじゃっただけだ。多分。


「アンナ。悪いができない」

「なんで!? 他の子は触れて、アンナは触れないの? 胸が小さいから?」

「そういうことじゃないだろ。俺とお前はあくまで、取材のために契約した関係だ。付き合ってないだろ。そんなことで、アンナの身体に軽々しく触れるなんて真似はできない」

「タッくんって……やっぱり、優しいね。だから無理やりされたんだよね……うう、うええん!」

 また泣き出しちゃったよ。

 病んでない、この子。

 どうしたものか……。

 俺は泣き叫ぶ彼女の隣りで一人考え込む。

 ものすごくカオスな状況。

 

「うわあああん! タッくん! おっぱい!」


 変な言葉を使って叫ばないで……。


「アンナ……」

 俺の予想以上に傷つけてしまったことを悔やむ。

 しかし、時を戻すこともできないしな。

「タッくん~! イヤぁ~ アンナのタッくんを返してぇ!」

 そう叫ぶと、何を思ったのか俺の膝に飛び乗ってきた。

「え? アンナ?」

 俺のことなんて、お構いなしで泣き続ける。

「タッくんの初めてを盗られたぁ!」

「いや、初めてじゃないだろ。アンナとは、ほら。プールで1回触ったことあるし……」

「あれは事故だも~ん!」

 そうだった。アンナという女は初めてにこだわる性格だった。

 墓穴を掘ってしまったよ。



 しかし、今のこの状況。

 周りから見れば、かなり誤解されるのでは?

 というのも、気がついてないようだが、彼女はベンチに座っている俺に跨っている。

 所謂、騎乗位というやつだな。

 アンナは今フレアのミニスカートを履いている。

 つまり、ジーパン越しとはいえ、お股とお股がペッテイング。

 興奮している彼女は、泣き叫ぶから。振動でゴリゴリされるんだよね。

 おまけに俺が逃げられないように、両肩を手で抑えている。


「アンナだけを見てぇ! タッくん!」


 と、博多川の空に向かって叫ぶアンナ。

 ていうか、俺はめっちゃ見ているよ、あなただけを。

 だって、もうヤバいんだって。理性が。


 目の前は、ラブホだし、狙ってやってないと思うけど、さっきからずっと騎乗位スタイルで、ゴリゴリされるし……。

 マリアの時は、無反応だった俺のお馬さんが、元気に走り出したよ。


「タッくん~ 行かないでぇ!」


 追い打ちをかけるように、自身の小さな胸を俺の顔に押し付ける。

「ふぼっ」

 うむ、ほのかに甘い香りが漂う。

 良い洗剤を使っているのかしら? いや香水か。


 ちょっと待て。

 パイ揉み事件より、酷くなってないか。

 顔面に胸を押し付けられて、騎乗位スタイル……。


 ヤバい! もう誰が男で女か分からなくなってきた。

 このまま、この子を目の前のホテルに連れ込みたい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る