第314話 トイレ喫煙が美味いってホントですか?


 俺たちは宗像先生によって、食堂へと案内された。

 朝早いこともあってか、中にいる生徒の数は少ない。

 100人ぐらいは入れる食堂なのだが、集まったのは20人もいない。

 縦長のテーブルに間をあけてバラバラに座っている。

 ヤンキーやギャルたちはいない。

 ほとんどが、髪の色が黒い真面目な奴ら。


 宗像先生は「書類を持ってくるから、好きな席に座っておけ」と食堂の奥へと消えていった。

 仕方ないので、俺とミハイル。それに花鶴 ここあは近くの椅子に横並びで座る。

 近くで大きな笑い声が聞こえたので、視線を向ければ、ピカピカ輝く豆電球が……。

 いや、ハゲの千鳥 力だ。その隣りにはナチュラルボブの眼鏡女子、北神 ほのか。


「それでさ。朝までそのおじさんとネコの話で盛り上がってさ」

「ぶひょ~! ハァハァ……で? で? その後どうしたの?」

 うわっ……朝からエグい話で盛り上がってる。

「えっと、おじさんがビデオ通話にしたいっていうから、切り替えて……。なんか俺に見せたいモノがあるってズボンを下ろそうとしたところで、ネットが切れちゃって」

 ファッ!? 誘われてるよ、リキ先輩!

 それを聞き逃さないほのか。

 鼻から血をポタポタと垂らして、興奮中。

「なんて、神回なの!?」

 いや、ネットが切れて良かったじゃん……。


  ※


 宗像先生は、小さなダンボールを持って来て、中から書類を取り出し、生徒に配る。

 一番前の生徒が受け取ると、後ろの生徒へとリレーする。

 俺の所にも1つの冊子が回ってきた。

 白黒のコピー用紙をホッチキスでまとめたもの。

『一ツ橋だより』

 という表紙だ。

 1ページ目をめくってみようとしたその時、前に立っていた宗像先生が大きな声で叫ぶ。


「諸君! 由々しき事態だ!」

 険しい顔で腕を組む。

 なにやら、ただ事ではないようだ。

 俺も冊子を閉じて、先生の話に耳を傾ける。


「今日の始業式に集まったのは……15人程度だな。良くない傾向だ。このままでは、一ツ橋高校の存続に関わる大問題だ!」

 言われてみれば、確かにいつもみたいにうるさいヤンキー共がいない。

 静かだ。

 でも、俺からすれば、この方が良い状態だけど。


「実はだな……この夏休み中に退学した生徒はなんと……60人だっ!」

「ええっ!?」

 その数字に驚いた俺は、思わず席から立ち上がってしまう。

 60人って……どんだけやる気ないんだよ。あんなバカなレポートと授業で。

「お、新宮。さすがリーダーだな。我が校を心配してくれるのか」

 誰がリーダーだ! そして心配なんてこれっぽちもしてない。

「すいません。ちょっとビックリして……」

 とりあえず、椅子に座り直す。

「確かに期待のルーキー。新宮が心配するのも無理はない数字だ……生徒諸君、今一度気を引き締めて欲しい! 退学した生徒たちの理由は、主にタバコとレポートだ」

「……」

 心配した俺がバカでした。


 宗像先生が言うには、タバコを校舎のトイレで吸っている生徒がいて全日制の校長に見つかり、怒られた生徒がすねて退学。

 レポートを書くのが面倒くさくて、真面目な生徒から返却されたレポートを丸々うつしたらしく、それを添削している宗像先生が気づき、やり直しを要求すると、へそを曲げて退学……。

 他にもレポート書くのがしんどい。スクリーングに来るのがしんどい。

 バリバリのヤンキーだけど、地元の友達がいないから寂しい……と辞めていく豆腐メンタルまで。


 クソみてぇな理由で辞めやがって!

 全員、バカばっかりじゃん!



「ということで、みんなも秋学期に入ったから、もう一度初心に返って、頑張って欲しい! このままでは先生の給料も下がっちまう! ウイスキーが買えない! がんばれ、みんな!」

 お前ががんばれ!


 あほらし……と呆れる。

 隣りにいたミハイルが俺を見て、心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫? タクト」

「いや、俺は問題ない。俺はな……」

 そうだ。真面目な奴らは何も問題ないし、悪い事もしてない。

 なのに一括りにされたのが、ムカつく。



 宗像先生のお説教は続く。

「いいか! 入学式でも言ったように、未成年でもタバコは吸ってもいい! だが、所定の場所で吸え。それからレポートは貸し借りするな! スクリーングにはちゃんと来い!」

 あー、懐かしいね。半年前を思い出すよ。

 俺に該当することは1つもないけど。


 先生が熱弁している中、一人の生徒が何やらくっちゃべる。

「それでさ。今日の帰り一緒にバイクで帰らない?」

「えぇ……二人乗りは怖いなぁ」

 リキがほのかを口説いていた。


 宗像先生がそれを見逃すわけもなく、リキ目掛けてビシッと人差し指を指す。

「千鳥! なに私語をしとるか! お前は単位をあんまり取れてないぞ? このままじゃ、隣りにいる北神と一緒に授業を受けることができないから、気をつけろよ!」

「え……」

 先生に指摘されて顔を真っ青にするリキ。

「そりゃそうだろ。単位が不足すれば、受ける授業も変わる。うちは単位制だからな。真面目に単位を取っている北神と違うお前は、来年二年生の科目を受けることはできんぞ!」

「そ、そんな……」

 ここに来て差が出てしまったな。


 宗像先生の矛先は、リキだけじゃなく、花鶴にも向けられた。

「あと、花鶴! お前もだぞ?」

「え? あーしのこと?」

「そうだ! お前はスクリーングにこそ来ているが、前期のレポートが一枚も提出されてないぞ? 今からでも添削してやるから、ちゃんと書いて出せ。そしたら、単位をやる!」

 なにその、ガバガバ単位制。

 真面目に単位を取った俺はどうなるの?

 ヤンキーにだけ優しすぎない?


「えぇ~ めんどーい!」

 好待遇だというのに、やる気ゼロの花鶴。

「このままじゃ、お前も同期の古賀と一緒に授業を受けられないぞ! それこそ、卒業もバラバラになっちまう! その辺、古賀は前期でしっかりとレポートもスクリーングも、それから試験も頑張った。クソみたいな回答ばかりだがな」

 褒めてんだか、貶してんだか……。

 しかし、ミハイルは嬉しそうにWピースで笑う。

「ふふん! ここあもオレみたいに頑張れよ☆ タクトに勉強教えてもらったもん」

 ない胸をはるな!


 俺はなにも教えてないけど。ミハイルがこんなに喜んでいるんだ。

 ま、いっか。

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