第146話 決戦! 半グレ高校VSリア充高校

 体操服に着替えた一ツ橋高校の生徒たちは、グラウンドに集まった。

 日頃は中々使わせてもらえない大きな運動場。

 いつもはここで、全日制コースの部活動が行われている。

 だが、今日はもう夜の7時を迎えようとしている。

 三ツ橋の生徒たちは、着替えを済ませて、俺たちとは反対にグラウンドから退場していく。


「まったくこんな時間から授業を始めるなんて、宗像先生は一体どんな思考回路をしているんだ? 終わるころには深夜だろ。未成年が帰る時間じゃないぞ……」

 そう言いながら、運動場の真ん中に立つ。

 俺の隣りにはミハイルがニコニコ笑って並んでいた。

「でも、こんな遅い時間に遊べる授業なんて楽しいじゃん☆ オレ、ワクワクすっぞ!」

 え? 聞き間違えかな。

 君はそんなこと言う人じゃないでしょ。著作権侵害で訴えられるからやめてね。


 

 他の生徒たちはバラバラに散らばり、各々が好きな場所で座ったり、談笑したりしていた。

 酷い奴らなんか、近くにあったサッカーボールで勝手に遊んでやがる。

 なんともしまりのない運動会なんだ。


 そこへ「ピーーッ」とグラウンドに設置されていた無数のスピーカーがハウリングを起す。


 俺とミハイルは慌てて、耳を塞ぐ。

「うるせぇ」

「キャッ!」

 いや、だからなんで君はいつも不意を突かれると女子になるの?



 俺の目の前には朝礼台がある。

 見上げると、目を覆いたくなるような光景が……。


 もう何度も見ているけど、アラサー教師、宗像 蘭 (体操服とブルマとニーハイ)

 エグい。


「あーあー、テステス」

 わざとらしく咳払いすると、先生はこういった。


「これより、第一回ドキドキ深夜の大運動会を開始する! 全員、前にならえ!」

 静まり返る運動場。

 グラウンドに紛れ込んだカラスが虚しく鳴き声をあげる。


 前にならえと言われても、誰も列を作ってないんだよね。

 

 ミハイルが、なにを思ったのか、俺の前に立ち。

 腰に両手をやる。

 どうやら、背の低い彼が一番前ということらしい。

 ふむ、ならば俺もミハイルの行動に従うか。


 俺は前に腕をピシッと真っすぐに伸ばす。

 ミハイルの背中に人差し指が触れると、彼は「アンッ」といやらしい声をあげた。

 後ろに立っている俺からすると、この位置はとても素晴らしい。

 なぜならば、クイッと小さなお尻に食い込むブルマが拝めるからだ。

 普通、男子と女子は一緒に並ばないはずなのだが……あ、男同士だったね。


 

 ミハイルと俺が二人して、朝礼台の前にピッタリ並ぶと宗像先生が嬉しそうに笑った。

「おお! 古賀は偉いなぁ。お前らも古賀を見ならえ! ちゃんと列に並ばないと欠席扱いにするぞ、バカヤロー!」

 怒鳴る宗像先生の大声は、小型のマイクじゃおさまりきれず、またもや激しくハウリングを起こす。


 それに驚いたというか、恐怖を感じた生徒たちがあれよあれよと、俺たちの後ろに集まる。

 いい年こいた高校生たちがミハイルを先頭に、両手を伸ばし、前の人のとの距離を調整する。

 なにこれ? ガキじゃん。

 というか、生徒の集まりが少ないから一列しか、できてない。

 

 通信制の一ツ橋高校は、入学している生徒数が100人以上いるが、スクリーングにちゃんと顔を出すものは限られている。

 籍だけ置いといて、レポートも出さずにとりあえず身分だけ確保している、なんて輩もいるらしい。

 だから、せいぜい集まっても30人ばかり。


 この人数で運動会なんてできるのだろうか?


「よし、ちゃんと並んだな。それでは、我ら一ツ橋高校に牙を向く、クソどもの入場だ!」

「ク、クソぉ!?」

 俺がアホな声でリアクションをとっていると、スピーカーから音楽が流れ出す。


『あか~い、あか~い、山に囲まれたぁ~ 我ら我ら~ あぁ~ あか~い、あか~い……』

 もう赤いのは分かったから早く唄えよ!

『赤井のぉ~赤井のぉ~ 山にそびえたつ~ 我らが我らが~ 母校ぅ~』

 うるせぇ、そしてしつこい。

『みっつ、みっつ、三ツ橋高校ぅ~』

 あ、これ三ツ橋の校歌だったのか。

 作詞家はクビにしたほうがいいと思う。



 ピッピッピッと一定の調子で、笛を鳴らしながら行進する軍団が運動場に現れた。

 先頭に立って、指揮しているのは黄金。

 金ぴかに光るゴールデンブーメランパンツ。

 たるんだ腹と胸をブルンブルンと上下に振るわせ、剛毛の手足、オプションで大量の汗を散らしながら、こちらへ向かってくる。

「あ、あのおっさんは……」

 忘れることなんてできない。

 そうだ、彼は一ツ橋高校の音楽を担当している教師。

 名はまだ知らない。

 ただ、言えるとしたら裸の指揮者。


 それを目にしたミハイルが「うっ!」と拒絶反応を起こす。

「また、あのおじさんだぁ……」

 どうやら、彼は前回のスクリーングで、あの裸体を見てからトラウマになってしまったらしい。



「こぉーしん! やめぇ!」

 そう叫ぶと、裸教師の後ろに並んでいた生徒たちが、一斉に足を止める。

 俺たちの隣りに列を作る。

 よく見れば、みんな見たことのある奴らばかりだ。


 三ツ橋高校の生徒たちだった。

 水泳部の赤坂 ひなた、福間 相馬。

 音楽の授業で叱られまくっていた吹奏楽部の生徒たち。

 それから、以前、廊下で出会った生徒会メンバー。


 全員が俺たちと同様の体操服を着用している。

 ていうか、こっちがパクッている身なんだけども。


 ちょうど、隣りに並んだ赤坂 ひなたに声をかける。

「おい、ひなた。なんでお前がここにいるんだ?」

 俺に気がつくと、手を振って笑う。

「あ、新宮センパ~イ! この前は夜明けにお世話になりましたぁ!」

 変な言い方するんじゃない!

 君が一方的にストーキングしにきただけだろがっ!

 

 それを聞き逃すミハイルではない。

「夜明け? タクト……聞いてねぇんだけどさ」

 顔を半分だけこちらに向け、睨みをきかせる。

 おお、こわっ。

「ご、誤解だよ。あとでちゃんと説明するから……」

 って、なんで俺が悪い前提で話しているんだ?

「絶対だかんな!」

 そう言うと、ミハイルは「フンッ!」と視線を元に戻す。

 怒っているのは理解できるんだけど、それよりも気になるのはあなたのお尻です。

 だって、なんか睨みきかしたりしているけど、女の子のブルマはいているもん。

 可愛いし、触りたくなるじゃん。

 なんだったら、顔を埋めたい。


 俺がジッとミハイルの小尻を後ろから見つめていると、ひなたが叫ぶ。

「ちょっとぉ! なんでミハイルくんがブルマしてんのよ! 女の子しか履いちゃいけないんだよ!」

 た、確かに……。

 ビシッと人差し指をさすひなた。

 彼女もブルマ姿で、小麦色に焼けた素足がいつもより良く見える。

 

 ミハイルがひなたに気がつき、振り返る。

「別にいいじゃん。だってオレってさ、身体が細いから男子の服じゃデカすぎるんだもんっ!」

 そんなことで、ない胸をはるな!

「ハァ!? なによ! 男の子のくせして、痩せていることを女の子の私に自慢する気!?」

 地面をドカドカ蹴りだす、ひなた。

 ミハイルは鼻で笑って、首元にかかっていた髪の毛を払う。

「たぶん、ひなたのブルマじゃ大きくて、オレは着れないもん」

 それは彼女がデカ尻だと言いたいのか。

「キーッ! 言わせておけばっ!」

 ひなたのやつ、男のミハイルに嫉妬してやがるぜ。

 アホくさ。


     ※


 朝礼台の上には、ブルマ姿の宗像先生とゴールデンパンツの中年教師が立っている。

 なんともカオスな光景だ。

「えー、では三ツ橋高校のみなさんに集まってもらったところで、開会式を始めようと思う! 互いのリーダーは前へ!」

 宗像先生がそう言うと、事前に打ち合わせしていたかのように、三ツ橋からは坊主頭の生徒会長、石頭いしあたま 留太郎とめたろうくんが出てきた。


 肝心の一ツ橋高校からは誰も前に出ない。

 だって、そんな話聞いてないもの……。


 宗像先生が、しびれをきらしたかのように、マイクに向かって叫ぶ。


「なーにをやっとるか! 一ツ橋の代表は新宮! お前だろうが!」

 聞いてねーよ!

「俺?」

 自身の顔を指してみる。

「今期の入学生で一番期待しているって言っただろがっ!」

 それめっちゃ前に言われたことじゃん。

 なに引きずってんの。


 俺はため息をはく。するとミハイルが振り返って、胸の前で拳を作る。

「ファイト、タクト☆」

 ふむ……ブルマ姿の可愛い子に頼まれちゃ、断りきれないよな。


 渋々、前に出る。

 隣りに立つ石頭くんが俺を見てこういった。

「新宮くーーーん! 元気ですかーーー!? 正々堂々とがんばりましょーーー!」

 うるせぇーーー!

「りょ、了解……」


 もう欠席扱いでいいから、早く帰りたい。

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