第106話 朝は弱いが元気!

 目が覚めてまず視界に入ったのはミハイルの寝顔。

 すぅすぅと寝息を立てて、まだ夢の中。

 俺の胸の中で。


 やけに肩がこるな…と思っていたら左腕にコアラのようにしがみつく赤坂 ひなたが。

 一晩中、腕をしめられていたので、血流が悪くなっているようだ。

 しびれて痛む。


 尿意を感じ、起き上がろうとする。


 するとミハイルがそれに気がつき、瞼をパチッと開いた。

 朝焼けと共に彼のグリーンアイズがキラキラと宝石のように輝く。

「おはよ、タクト☆」

「ああ、おはよう」

 フフッと笑みを浮かべると、俺の胸を軽くトントンと指で叩いてみせた。

「よく眠れた?」

 この状況でそれ言います?

 薄汚いマットのせいで腰も痛いし、あなたに胸部を圧迫されてたし、左腕はひなたのせいでしびれているんですよ。

 しんどいです。

「まあな。ところでトイレ行きたいからどいてくれるか?」

「あ、ごめん。今どくよ」

 ミハイルが俺の身体から離れると、それに呼応したかのように赤坂 ひなたが目を覚ます。


「ううん……あ、センパイ! なんで私のうちにいるんですか!」

 そう言い放つと朝も早くから力強いビンタをお見舞い。

「いってぇ!」

 危うくおしっこ、漏らすところだったよ。


「あ、ごめんなさい。昨日はみんなで一緒に寝たんでしたね。ははは……」

 笑ってごまかすひなた。

 慰謝料として、朝のパイ揉みさせてください。

「そうだぞ、ひなた! タクトにくっつきすぎ! タクトの腕が痛くなるだろ」

 いや、ミハイルも人のこと言えません。

「はぁ? ミハイルくんだって新宮センパイにベタベタしながら寝てたじゃん!」

 朝から元気なやつらだ。

「べ、別にダチだからいいんだよ!」

 それホモダチ?

「友達だからってなにをしてもいいわけじゃないのよ!」

 ナニをしたらダメなの、教えてひなた先生。


「ところで、タクト。ここあはどこに行ったの?」

「そう言えば、花鶴さんでしたっけ? 見ませんね」

 タバコでも吸ってんじゃない、知らんけど。

「どっかにいるだろ。とりあえず、トイレに行かせてくれ……」

「あ、そうだったな。オレと一緒に行こうぜ☆」

「じゃあ私も同行します!」

 お前らはいい年こいて連れションかよ。

 

「わかったわかった」

 呆れながら、身体を起すと何か見慣れない風景が。

「お、おい……なにやってんだ。花鶴」

 見当たらないと思っていたら、俺の下半身に顔を埋めていた。

 しかも『もう一人の琢人くん』に唇をあてるような感じで。

 

「ここあ! なにしてんだよ!」

 気がついたミハイルが花鶴を力づくてどかせようと試みるが、なかなか動かせない。

 あの力自慢の彼ですら、花鶴は微動だにしない。

 体重が100キロぐらいあるんじゃないのかな。


「そうですよ! 花鶴さん、新宮センパイから離れてください!」

 ミハイルに加勢するひなた。

 だが、一般女子が力を貸したところで伝説のヤンキー『どビッチのここあ』はビクともしない。

 むしろ、俺の股間にグイグイと突き進む。

 まるでモグラのようだ。

 やだ、俺まだバージンなのに膜が破られちゃう。


「ううん……もうちょっと寝かせてよぉ~」

 花鶴は朝がかなり弱いようだ。

「困ったやつだ」

 俺は呟いたあと、ある異変に気がついた。

 異変というか、男子ならば正常な出来事なのだが。

 尿意を感じているなら、わかるだろう。

 秘剣『朝の太刀』だ。

 

 直立した俺の真剣に女の花鶴が口づけしている……これはどう言い訳したものか。

 だがアクシデントだ。

 平常心、平常心。

 必殺技というものは常に明鏡止水を保っていないと発動できないのだ。

 ここは剣に鞘が収まるまで待とう。


「ふぅ~」

 ミハイルとひなたに気がつかないように息を整える。

「もうタクトのほうを引き離そうぜ、ひなた」

「そうだよね、センパイ軽そうだし、名案だよ。ミハイルくん♪」

 こういう時だけ、結託しないでください。

「ま、待て……花鶴を起こしてしまうじゃないか」

 言いながら、非常に苦しい言い訳だと思った。

「なにをいってんだよ、タクト。おしっこ漏れちゃうぞ」

 あなたも男の子なんだから察してよ、この生理現象。

「そうですよ、センパイ。我慢しすぎると膀胱炎になっちゃいますよ」

 お母さんかよ。

「いや、あの……そうじゃなくてですね。なんと言ったらいいでしょうか」

 なぜか俺が敬語。


「何が言いたいんだよ、タクト。男ならハッキリ言えよ」

 お前も男だろ、わかってよ。

「もう早くセンパイと花鶴さんを引き離しましょ。ミハイルくん」

「そうだな☆」

 二人して、俺の両肩を持つとスタンバイOK。

「「せーの!」」

 スポン! と花鶴から引き離された。

 俺氏、軽すぎ。 


 ほんぎゃぁー!

 元気な赤ちゃんが生まれましたよぉ~

 大きな男の子です、ほら証拠に立派なものがついているでしょ?

「「……」」

 お産が無事に済んだというのに、助産師のお二人は赤ちゃんを見て絶句。


「あ、あのお二人さん? これ、違うからね。ミハイルならわかるよね?」

 見上げるとミハイルは見たこともないような冷たい顔で俺を見つめていた。

 あれ、おかしいな。

 寝る前もこんなことがあったような……。

「タクト、ここあにそういう気持ち持ってんだ……」

「ち、違う! わかるだろ、男のお前なら!」

「わかるわけないじゃん! タクトのヘンタイ! 見損なった!」

 怒りながら泣いてるよ、この人。


「センパイ……ラブホで助けてくれたときは尊敬してましたけど、今減点になりました」

 凍えるような冷たい声を投げかけるのは赤坂 ひなた。

「ひなた、お前はなんか勘違いしているぞ? 女のお前はわからないだろうけど……」

「わかりたくもありません! 結局、男の人って女の子だったら誰でもいいんでしょ!」

 あの、人を性犯罪者みたいな扱いしないでください。


「ミハイル、ひなた、落ち着け。これはだな、保健の授業とかで習ってないか?」

 俺が弁明すると二人は声を揃えて、叫んだ。

「「ない!」」

 マジ? 教科書に追加しといて、秘剣『朝の太刀』を。


「ううん……さっきからなにをいってんの?」

 瞼をこすりながら、花鶴 ここあが目を覚ました。

 彼女の目の前には立派な真剣十代が構えられていた。

「ああ! オタッキーってば、朝からゲンキじゃん!」

 ニヤニヤ笑って、俺の真剣と顔を交互に見比べる。

 まるで「へぇ、こんなサイズなんだ」とでもいいだけだ。

 だが、こいつは秘剣『朝の太刀』の存在を知っているかのような口ぶりだ。


「ここあ! タクトから離れろよ! お前のせいで、タ、タクトの……おち、おち……」

 落ち着いて!

「そうですよ! 花鶴さんがセンパイのこ、股間に……その……顔を」

 皆まで言うな。

「は? あーし、なんか悪い事したん?」

 やっとのことで起き上がる花鶴。

 だが彼女の言い分も確かに一理ある。

 もちろん、俺の生理現象もだ。


「そ、それは……ここあがタクトのおち……おち…」

 だから落ち着けよ、ミハイル。

「花鶴さんがセンパイにくっついたから、センパイが興奮しちゃったんです!」

 してないから、一ミリもしてません。断言します。

 あるとするのなら微乳のあなたの方に武があります。


「えぇ、あーしが悪いん? オタッキーのこれはフツーのことっしょ」

 なぜバカでビッチな彼女に養護されているのでしょうか?

 常識を持ち合わせているなんて予想外です。


「ふ、フツー!?」

 目を見開いて絶句するミハイルさん。

「普通なわけないでしょ!」

 解釈を間違ってますよ、ひなたちゃん。

「え? うちのパパも毎朝こんなんだよ?」

 聞きたくない人の親のことなんて……。

「「ウソだ!」」

 絶対に認めたくない彼と彼女。


「おう! お前ら早いな!」

 そこへ現れたのは宗像先生。

「あ、宗像センセー! タクトのお股がこんなんになってんの、普通なんすか?」

 人を標本にしないで。

「絶対に違いますよね? 花鶴さんに興奮したからですよね?」

 急に始まっちゃったよ、保健体育の授業。


 しばらくの沈黙の後、宗像先生はこう言った。

「なんだ、健康な男子の証拠だな。これは秘剣、朝の太刀というやつだ。朝太刀ともいうな」

「「……」」

 黙り込むお二人さん。

 

 それより、そろそろ膀胱が決壊しそうなので、トイレに行かせてください……。

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