第88話 大きなお友達二人

 昼食を済ますと、俺たちはかじきかえんの一番奥へと向かった。

 今日は日曜日ということもあってイベントが開催されていた。

 その名も『ボリキュア スーパースターズショー』

 ニチアサで長年大人気の少女向けアニメだ。

 と言っても、視聴者の9割は成人男性……という都市伝説もある。


「ああ、ボリキュアだぁ☆」

 看板を見てテンションあがる少女じゃなくて少年。

 15歳だから実質、大きなお友達だよな。


「ボリキュア見てんのか?」

 俺は少し冷めた目でアンナの横顔を見る。

「うん、小さなころから憧れてたんだ☆ 幼稚園の時、ボリキュアになるのが夢って卒園式で叫んだなぁ」

 いや、痛すぎる黒歴史じゃないすか。

 だって、男の子でしょ?


「へぇ……」

 俺は『マスクライダー BLACK』ぐらいしか見てないなぁ。

「そうだ、せっかくだから観ていこうよ☆」

 ファッ!?

「そ、それはちょっと……」

 だって会場見たところ、家族連ればっかじゃん。

 しんどいわ、中に入るの。


「なんで? 好きなものを好きだっていうことは悪いこと?」

 アンナは首をかしげて不思議そうな顔をする。

「悪くはないが……ボリキュアは幼児向け、それも女の子向けだろ? 抵抗を覚えるな」

 すると彼女はムッとした。

「アンナだって女の子だよ!」

 忘れてた女装男子だった。

「いやアンナはいいよ。けど俺は男だぜ?」

「それが何か問題? もういいから早く入ろうよ、始まるもん!」

 俺は強引に手を引かれて会場の中へ入った。


 会場と言っても野外ステージでそんなに大きくない。

 だが、既に会場は家族連れで埋まりつつある。

 たくさんのお父さんたちがビデオカメラをセッティングして、ボリキュアの登場を待つ。

 俺たちはようやく空いている席を見つけると、二人して仲良く座った。


 ステージ両脇に設置されたスピーカーから聞きなれたアニソンが流れだす。


「ボリッキュア! ボリッキュア! ふたりはボリキュア~♪」


 あー、懐かしい。

 初代か。


「かじかえんのみんな~ お待たせ~ ボリキュアのスーパースターズショー、はっじまるよ~!」


 アホそうな女性の声がスピーカーから流れる。


 するとスタッフのお姉さんとボリキュアの登場。

「黒の使者、ボリブラック!」

 お決まりのセリフと共に、着ぐるみを着たお姉さんの登場。

 しっかりポージングを決める。

 これで中身がオスだったらウケるよな。


「白の使者、ボリホワイト!」

 と相方の登場。

 なんだろうな、身体にフィットした着ぐるみなんだけど、サイズがあってないような。

 所々、布が余っている。


 そして、次々に出るわ出るわ。

 気がつくとボリキュアシリーズの主役級が30人ほど出てきた。

 いや、飽和状態じゃねーか。


「ボリキュア~がんばれぇ!」

 大声で恥も知らずに叫ぶアンナさん。

 やめて、隣りにいる俺がしんどい。


 すると明るい空気から一転して不穏なBGMが流れ出す。

 この展開、敵さんの登場だ。


「ぐわっははは! ボリキュアどもめ! 駆逐してやるぅ!」

 ステージに現れたのは長身の男。

 肌色が悪く、ロン毛。

 ホストみたい。


「負けないわよ! イケメンガー!」

 拳を作るボリブラック。

 ボリホワイトはブラックの背中に身を置く。

 定番のポーズだ。


「悪い子はさっさとお家へお借りなさい!」 

 ビシッとイケメンガーに指をさす。

 すると効果音が鳴る。


 それからは「エイッ」とか「ヤッ」とか「うわっ」とか声を上げて戦うボリキュアたち。

 よく見ると酷いよな。

 30人対1人だぜ?

 いじめじゃん。


 だが、イケメンガーは強い(設定)

 最初は好戦していたボリキュアたちもイケメンガーのチート級な必殺技で全員、お笑い芸人のようにズッコケて倒れてしまった。


「フハハハ、これでかじきかえんも私のものだぁ!」

 イケメンガーが両手を掲げて、勝利を確信する。


 その時だった。

 イケメンガーは何を思ったのか、ステージから降りる。

 そして、客席を物色しはじめた。


「ほう、ここには『アクダマン』になりそうな、いい子供たちがたくさんいるなぁ~」

 うわぁ変態ロリコンだ。

 お巡りさん、ここです。


 そして、イケメンガーは数人の女の子をピックアップするとステージへ上がるように命令する。

 ただし、子供たちが壇上に上がる際はしっかり手を繋ぐ神対応。

 優しくね?


「まだまだ足りないなぁ! アクダマンになりそうな子はいないかぁ~」

 どうやら、これはボリキュアショーではお決まりの流れのようで、子供たちもイケメンガーに連れ去られることを望んでいるようだ。

 だって、どうせボリキュアが助けてくれるし。


「アンナはダメかなぁ」

 ボソッと何かを呟く15歳の女装少年。

 やめて、大きなお友達はステージにあがったらダメでしょ。

 俺の不安はよそにアンナは手を合わせて祈る。


「おお、あそこにちょっと大きいけどいい子がいるなぁ~」

 嫌な予感しかしません。


 イケメンガーはのしのしと会場を歩きだす。

 どんどん、その足は俺たちへと近づいてくる。

「わ、わ……もしかして」

 興奮しだすアンナさん。

「フハハハ、お嬢さん。人質になってもらおうかぁ~」

 ええ!? 中身おっさんだろ? お前が人質にしようとしているのも男なのわかってる?


「いやぁ~!」

 と演技力高めの叫び声。

 だが、イケメンガーの命令に素直に従うアンナさんであった。


「タッくん、助けて~」

 俺の名前を出すんじゃねぇ! 恥ずかしいだろ!

 気がつくと周りのお父さんお母さんがクスクス笑っていた。

 アンナは演劇部にでも入れよ。


 イケメンガーに連れ去られるのを暖かく見守る俺。

 アンナは依然と必死に演技を続ける。

「やめてぇ、放してぇ!」

 自分から行ったくせに。

「フハハハ、お嬢さん。ボリキュア亡き今、もう私がかじきかえんを掌握したのだぁ!」

「ボリキュアは負けないもん!」

 なにこの三文芝居?

 一応、スマホで録画しとこう。


 アンナはステージに連れていかれると、4人の女の子とステージ中央に並べられた。

「いやぁ、怖い~」

 俺の方が恐怖を覚えるよ。

 アンナの隣りにいる子供たちもドン引きじゃん。

 トラウマになりそうでかわいそう。


 役者は揃ったことで、司会のお姉さんがマイクを持つ。

「さあ! 会場のみんな、イケメンガーに女の子たちが捕まっちゃったよ! どうする!?」

 一人、男性が混じってますよ。


「会場のみんな! 倒れたボリキュアにエールを送って!」

 すると会場の子供たちが叫びだす。


「ボリキュア、がんばれぇ!」

「ブラック、たってぇ!」

「はぁはぁ……ブラックたんの倒れているところも可愛いよ」

 ん? 最後のは大友くんでは?


 そして会場は熱気を放つ。

 気がつけば、子供たちだけではなく、親たちも一緒に叫ぶ。

「「「ボリキュア、がんばれぇ!」」」

 なるほど、子供のためだもんな。

 パパさんとママさん、休日出勤、お疲れっす。


 俺も一応便乗しといた。

「アンナを返せぇ! 助けてくれぇ、ボリキュア~!」

 壇上にあがっていたアンナもそれに合わせる。

「タッくんとのデートを返して~ ボリキュア~!」

 失笑が起こる。


 恥じゃん。


 俺たちのエールに呼応するかのように、ボリキュア戦士たちはフラフラと重い腰を上げる。

 立ち上がって、戦闘態勢を整え叫ぶ。

「許さないわよ! イケメンガー! 私たちのお友達を傷つけるなんて!」

 なんにもしてないけどね。


 その後はボリキュアの必殺技を各シーズンキャラごとに連発。

 イケメンガーは「ぐわっ」「ぐへっ」「うう」とうめきながら倒れる。

 そして倒れたくせに、ムクッと立ち上がるとステージ裏へと逃げていった。

 シュールだ。


「私たちは絶対に負けないんだからね!」

 全員でボリキュアの決めポーズ。

 その後、アンナはボリキュアたちと記念写真を撮っていた。


 もういや、帰りたい。

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