第83話 わがままなカノジョ

 楽しい楽しい汽車ぽっぽこと森の鉄道を遊び終えると、次なる遊具を探しだすアンナ。

「次はどうしよっか☆」

 めちゃくちゃ楽しそうで何より。


 森の鉄道を出てすぐに見えたのが、大きなジェットコースター。

 小規模な遊園地にしてはかなり高い。

 その名もペガサス。

 俺はまだ流星拳も覚えてないのに……。


「次はジェットコースターにしようよ☆」

「ま、マジか……」

 俺ってこういうの苦手なんだよなぁ。


 アンナに手を握られ、強引にペガサスの乗り場まで連れていかれる。

「早く早く!」

「そんな急がなくても……」

 本当、おこちゃまだな、アンナは。


 先ほどの森の鉄道とは違い、ペガサスは年齢制限や身長などの規定があるため、幼児は少なく割と空いていた。

 階段を昇り、すぐにジェットコースターの座席に座る。

 それも一番前。


「ドキドキするぅ☆」

 言いながら、めっさ嬉しそうやん。

 俺はと言えば、けっこう緊張していた。

 と言うのも、以前来た時は幼かったため、ジェットコースターは未経験だからだ。

 そう思っているのも束の間、車輪が動き出す。

 不気味にガタガタ……と車体が揺れ、俺の鼓動は早くなる。


「アンナは怖くないのか?」

「え? アンナ初めてだから、楽しみ☆」

 マジかよ。

 ジェットコースター童貞同士仲良くしようぜ。


 次第にコースターは高く高く空へと昇っていく。

 気がつくと、かじきかえん近くの梶木浜かじきはまの海が見える。

「わあ、キレイ……」

「本当だな」

 二人で景色に感動したと思った瞬間、コースターが勢いよく落下。

 風と重圧で押し潰れそうになる。


「うおおおおお!」

 思わず、叫んでしまった。

 だが、思っていたより怖くない。

 むしろ、スピードと縦横無尽に暴れまわるジェットコースターが爽快に感じた。


「楽しいな、アンナ!」

 ふと隣りの彼女に目をやると先ほどの威勢はどこにいったのか。

 当の本人は目をつぶって歯を食いしばっていた。

「うう……」

 なにかを我慢している様子だ。


「いやああああああああ!」

 甲高い叫び声だ。

 まるで女のよう。

 あ、今は一応女の子だったね。


「タッくん~ アンナ、怖いいいい!」

 ええ、マジで? 楽しくね、これ。

 気がつくとアンナは俺の左手を握っていた。

 それもかなりの強い力で。


「いててて!」

 ジェットコースターよりアンナさんの握力の方が破壊的です。


「いやあああああ!」

 彼女の叫び声が大きくなる度に握力も強まる。

 指の骨が折れそうなくらい。


「ってええええ!」

 これがエンドレス。

 気がつくとジェットコースターを楽しむ余裕もなく、俺は痛みとの格闘で楽しむどころではなかった。



「お疲れ様です~!」


 スタッフの案内で地獄の拷問ジェットコースターは終わりを迎えた。

 なんて、ヤバイ遊具なんだ。

 二度とごめんだ。


「はぁはぁ……」

 アンナは肩で息をしている。

 だが、それは俺も同様だ。

「ぜぇぜぇ……」


 二人とも顔色を真っ青にして、ジェットコースターから降りた。


「怖かったねぇ」

 いや、あなたが一番怖かったよ。

「そ、そうだな……ジェットコースターはもうやめておこう」

 永遠に。


 

 その後、いろんな意味で憔悴しきった俺たちは、「今度は緩めのやつにしよう」と互いに合意し、なるだけ優しい遊具を探した。

 ジェットコースターを出て、しばらく園内中央へと向かうと幼児向けと思われる小さな遊具がたくさん見えてきた。


「あれなんかどうかな?」

 アンナが指差したのはとても小さな遊具。

 その名も『ウォーターショット』

 乗り物から水を放出するウォーターガンがあり、時計回りに一周する。

 そして、回っている間に的を水で射る……というとてもシンプルかつおこちゃまな遊具だ。

 まあこれなら先ほどのような拷問はありえないだろう。


「よし、これにしよう」

 

 早速、二人して仲良く乗り物に乗る。

 ウォーターガンはふたつある。


「勝負だ、アンナ」

「うん☆ 勝ったらどっちのお願いを聞く権利ね☆」

「へ?」

 俺が驚いたときには勝負の幕開け。


 アンナはものすごいスピードで銃を構えて撃つ。

 水は勢いよく、可愛らしいゾウさんやらネコちゃんたちのパネルをバシバシと倒していく。

「なっ! アンナ、まさか経験者か?」

「だってこれは来たら必ずやってるもん☆」

 へぇ、ぼっちでこれやってんの? 最強のメンタルじゃん。

 周りの人、見ろよ。

 大半が幼児だぜ?


「俺も負けてられん!」

 ウォーターガンを構えて引き金を引く。

 しかし、水は思うように出なかった。

 アンナのように勢いがない。

 引き金をひき続けると、水が自動的に水量を制限する仕組みのようだ。

 ちょぼちょぼ……とまるで、老人の小便のような勢いだ。

 なんて情けない。


「なぜだ?」

 するとアンナが勝ち誇った顔で言う。

「これはね、すごくクセがあるんだよ? 一定の間を置きながら引き金を引かないと強く出せないの」

 言いながらも次々、的を倒していくアンナ。

 その姿、まるでキイヌ・リーブスの『ジョン・ヴィック』みたい。

 超イケメン暗殺者じゃん。

 良かったじゃん、就職先決まって。

 アングラだけど。


「負けてられるか!」

 俺も負けじと連射するがやはり勢いが足りず、的には当たるが、倒れない。

 なんて高等テクニックなんだ!

 こんな難易度の高い遊具を幼児が遊ぶのか?

 かじきかえん……侮れない。


 そうこうしているうちに、一周回ってしまい、バトルは終了。

 アンナが30個以上倒したのに対し、俺は5個ほど。

 完敗だ。


 乗り物から降りて、園内を歩く。


「くっ! 俺の負けだ!」

 おこちゃま遊戯だと言うのに、なんなんだ? この屈辱は……。

「はい、じゃあアンナのお願いを何でも聞いてくれるんだよね☆」

 優しく微笑むがこの顔、計画犯。

 こいつは事前にウォーターガンのくせを認識していた。

 最初から俺が負けること前提の勝負だったんだ。


「う、うむ。負けたのは事実だ。願いを聞こう」

「う~ん、じゃあねぇ……」

 人差し指を顎に当てて、何かを考える。


「アンナの好きなところを10個教えて!」

「は?」

 なにそれ……。

「だからタッくんが好きなアンナの好きなところ☆ 容姿でも内面でもいいから」

 ええ、ドン引き罰ゲームじゃないっすか。

 男同士でそんなの言い合うなんて、誰得?


「わ、わかった……」

「じゃあ、あそこに座ってから教えて☆」

 アンナが案内したのは円形の壁で覆われた長いす。

 いすも壁同様に円形の形をしていて、10人ぐらいは座れるんじゃないだろうか?

 園内にいる子供や親たちはみんな遊具ばかりに目がいって、こんなオブジェには興味がないようだ。

 ま、ちょっとした休憩場所だな。


 壁に覆われているため、前からしか人の目が届かない。

 プライバシー保護されてますやん。


 アンナは腰を下ろすと、隣りのスペースをトントンと叩き、無言の笑顔で誘う。

 俺は命令通り、隣りに座るとアンナを上から下までなめまわすように見つめた。


 好きなところを10個?

 しんどいわ……どんなプレイだよ。


「さ、タッくん☆ アンナの好きなところを教えて☆ ゆっくりでいいよ、ゆーっくりで☆」

 怖い、シンプルにホラーだわ。

 なんか機嫌損ねることでも言ったら、殺されそう。


「おほん……そうだな、まずは奇麗な宝石のような瞳」

 自分で言っていて超恥ずかしい。

「うん☆」

 それを嬉しそうに噛みしめるアンナ。


「あとは透き通るような白い肌」

「うんうん☆」

 アンナちゃんってけっこうヤバイ子だよな。

 こんなこと外で言わせるとか。


「小さな唇」

「この口……好きでいてくれたんだ」

 頬を赤らめる。


「ブロンドの髪」

「ふふ☆」

 恥ずかしそうに肩をすくめる。


「俺好みのファッションセンス」

「今日の服も可愛いって思ってくれてるんだぁ」

 THE・自画自賛。


「優しい」

 本当はちょっと怖いけど。

「タッくんたら☆」

 頭を左右にブンブンと振り回す15歳(♂)


「あとは……俺のことを慕ってくれていること」

「タッくん大好きだもん☆」


「そうだな、今のところこれぐらいだ……」

「ええ!? 10個じゃないじゃん!」

 めっちゃキレてはる。


「仕方ないだろ、まだアンナと出会って3回目だ。残りはこれから見つけさせてくれ」

「え……」

 言葉を失うアンナ。

「だってこれからアンナとは長い付き合いになるんだ。だからまた俺がアンナの好きなところを見つけたら、再度報告するよ」

 俺がそう言うと顔を真っ赤にさせて、地面を見つめる。


「タ、タッくんのバカ!」

 え? なんで?

「そ、そんなこと言われたら……」


 自分で言わせておいて、バカとは一体なんなんだ?

 めんどくせーな。

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