第30話 誘惑のお風呂


「あ、あの……ねーちゃん? オレ……うん、あのさ。今日ダチん家に……」

 食事を終えたミハイルは、スマホで誰かと話している。

 きっと、ねーちゃんとかいう12歳も年上のお姉さまなのだろうな。


「うん、わかったよ☆ ありがと、ねーちゃん☆」

 え? なんでねーちゃんにはそんな神対応なのミハイルさん?


「問題ないか? ミハイル」

「うん☆ 泊まってもいいって! オレ、ダチん家に泊まるのはじめてなんだ☆」

「なに? お前は花鶴はなづる千鳥ちどりの家には泊まったことないのか?」

 あれだけ、仲のいい3人なのだ。泊まるぐらい、わけないだろうに。


「あいつらは近所に住んでっから泊まる距離じゃないよ☆」

 なにをそんなに嬉しそうに笑う?

 こちとら、明日の朝刊配達が午前3時に控えているんだ!

 今すでに午後9時だぞ? いつもなら就寝時間だというのに……。


 二人して洗面所……おされに変換すると『脱衣所』に向かう。

 すんげー狭いからな。

 しかし、こいつの裸を見ると思うと、なんだかドキドキしてきた。

 琢人よ、認識を改めよ! ヤツは男だ! 女じゃない!



「ミーシャちゃん、パジャマはかなでのがサイズ的にいいわね」


 脱衣所の前で、母さんがピンク色の女物のパジャマを差し出す。

 なにそれ……フリルとレースまみれのピンクのルームウェア……。

 しかもショーパン。

 母さん、なにか企んでません?


「あ、あざーす」

 受け取るんかい!

「はい、タクくんはいつものね♪」

 渡されたのはタケノブルーのパジャマ。

 全身タケちゃんの『キマネチ』ロゴが入ったおされーなものである。


「感謝する」

「じゃあミーシャちゃん、ごゆっくり~」

 そう言うと母さんはなぜか、去り際に拳を天井に高々とあげていた。

 母さんUCじゃん。


 俺が脱衣所で上着を脱ぎだすと……。


「タクト! なにしてんだよ!」

 激昂するミハイル。


「なにがだ?」

 ズボンまで手をかけると、ミハイルの怒鳴り声が再び響き渡る。

「なにがじゃない! ふ、ふくは身体を隠しながら脱がないとダメなんだぞ!」

 え? なにを言っているんだ、こいつは……。


「ミハイル、お前の言いたいことがさっぱりわからん」

「ガッコウでもそうじゃん? ちゃんとタオルで隠せって、ねーちゃんが言ってたゾ!」

 あーもう、オタクのお姉さんうるさいわね!


「了解した。では俺が先に脱いで入る。タオルで股間を隠せば問題ないな?」

「う、うん……」

 なぜ顔を赤らめる? そして床ちゃんの再登場か。

 ミハイルは脱衣所から一旦出て、廊下に背中を合わせているようだ。


「ふむ、なぜ恥じらう必要があるのか……」

 いいながらしっかり彼の言う通り、真っ裸になるとタオルを腰にまいた。

 ババンバ、バンバンバン♪


 お先に浴室に入ると、いつものルーティンでシャンプーを手にして、頭から洗い出す。

 タケちゃんの『中洲なかすキッド』を鼻歌しながら洗うのが俺の日課だ。

 泡でいっぱいになり、目元までシャンプーがかかる。

 慌てて、シャワーを手で探す……目にしみるので。

 手で探っていると、『ぷにゅ』とした柔らかいものを手に取った。

 ふむ、シャワーにしては太いな……。


「お、おい! タクトどこさわってんだよ!」

「ん? ミハイルか? どこに触れているんだ?」

「オレの太もも!」

「すまない……が、シャワーを貸してくれ」

 なんだ、『アレ』かと思ったぜ。


「任せろ、オレが泡を流してやるよ☆」

「頼む」

 ミハイルはやさーしい水圧で、俺の髪をとかしながら、洗い流してくれた。

 なにこれ……美容師の母さんより、うまい。


「どうだ? 気持ちいいだろ?」

 すごく……いいです。

「ミハイル、この技術、誰から習った?」

「ん? ねーちゃんかな?」

 またお姉さまかよ。


「ほい、できあがり」


 瞼を開けると、そこにはバスタオルを胸元からまいたミハイルがいた。

 浴室の灯りで照らされた金髪がより一層輝く。

 いつも首元で結っているのに、風呂場では下ろしていた。

 本当に女の子みたいだ……。

 ミハイルがもし……いや、この気持ちはグレーゾーンだ。

 

「なに、ヒトの顔をじっと見つめているんだ?」

 ミハイルが俺の眼をのぞき込む。

 いやーちけーから!


「な、なんでもない……」

「そっか☆ じゃあ今度は背中洗ってやんよ」

「すまない」

 そう言うと、腰を屈める。

 ボディシャンプーを取ってくれたのだ。


 首元から流れる美しい髪。

 そして、タオルで隠れているとはいえ、ミハイルのヒップは男のものとは思えないくらい丸みがあり、女性寄りの体形と再確認できた。

 いかんいかん!

 目をそらす。


「じゃあ、かゆいとこあったら、言ってくれよな☆」

 え? オタクが美容師だったんですか?

 じゃあ……股間! とか言ってもいいですか。


「よぉし、いっくぞぉ」

 これまた、やさーしく背中を洗ってくれる。

 くすぐったいぐらいの優しさだ。ゆっくりと丁寧に洗ってくれる。

 癒される……なんか眠たくなってきた。


「なあミハイル……お前が一ツ橋高校に入った動機はなんだ?」

「オレ? ねーちゃんに言われたから」

「……」

 またねーちゃんかよ!


「なぜそうまでお姉さんにこだわる? 他になにか理由はなかったのか?」

「ん~ べつに?」

 ウッソよね~


「じゃあ今度はタクトの番だな!」

 む、そうきたか。

「俺は……取材だ」

「え!?」

 驚くのに無理はない。

 俺の本業は、ライトノベル作家。

 常に取材をしないと、作品を書けない傾向がある。

 今度の作品は初めてのラブコメだ。

 よって『ロリババア』ことクソ編集によって、「取材にいってください」と言われたにすぎないのだ。


「どういうこと? 取材って……タクトって新聞記者とか目指してんのか?」

「フッ、俺はこうみえて小説家なんだよ」

「す、すごいな!」


 ミハイルが感動してくれたところで、俺の身体はピカピカになっていた。

 俺は浴槽につかり、ミハイルに交代する。

 ミハイルは長い髪を洗い出した。


 彼は目をつぶりながら、口にした。


「なあ、タクトの本ってどこに売っているんだ?」

「フッ、俺のはそんじょそこらの本屋では販売していないぞ」

 事実である。

「じゃあ、どこの本屋?」

 クッ! 痛いところをつきやがる!


「ふ、古本屋とか……」

「そっかぁ……」

 なにを察したのか、言葉を失うミハイル。


 そう、俺はブームが去ったライトノベル作家なのだ。

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