第44話『周章狼狽①-シュウショウロウバイ-』
しかしその直後、警備部に同行していた
函南はがくりと肩を落としてトボトボと部屋を出る。
顕人と晴臣もそれに続くが、どういうわけか警備部の職員である
「えっと、古橋さんも何処かへ?」
顕人が訊くと、古橋は怪訝な顔をする。
「何処へってゴミ集積場。君らは俺に『不審者がいるから映像を見せろ』と言ってきたんだぞ。それでゴミ集積場にいるのがそいつだろ? ならこれは警備部案件だろ」
そう当然の様に言われる。いや、当然のことなのだが。
彼の警備職として当然の発言に顕人は焦る。
正直、今、学校や警備部に出てこられるのはマズイ。そうなったら、彼女はきっと警察へ引き渡されてしまう。
いや、顕人としても彼女を見逃そうとかそういうつもりはない。
ただ彼女と話す時間が欲しいのだ。そして叶うなら彼女の意思で自首をしてほしい。
もっと言えば、彼女と室江の状況をどうにかしたいと思っているが、それは顕人にはできないことだ。それをどうにかできるのは、やはり彼女と室江だけなのだろう。
でもせめて彼女と話をして、室江と話をするように提案することくらいはできる。
可能なら警備部の介入は少し待ってほしいのだが……。
「あの、警備部が来るのは少し待ってもらえませんか?」
顕人は古橋に思わずそう頼む。
古橋は、昨日の知らせで相手が凶器を所持している可能性を考え警棒の準備をしていたが、顕人の発言に怪訝そうな顔をする。
「さっきの映像のヤツは、もしかしなくても昨日生徒に襲いかかったヤツじゃないのか? 怪我はなかったらしいけど、鉄パイプなんて悪質にも程がある。さっさと警察に引き渡すべきじゃないのか?」
「その『昨日襲われた生徒』が俺とこいつです」
顕人はそう言いながら、晴臣の服の裾を引っ張る。晴臣も古橋を見て大きく頷く。
「勿論警察を呼ばないといけないことなのはわかってます。でも少しだけあの人と話をさせて欲しいんです」
お願いします。
そう言って顕人は古橋に深々と頭を下げる。それを見て晴臣も「お願いします」と頭を下げる。
函南はいつまで経っても警備部から誰も出てこないことを不思議に思い扉から覗くように二人と古橋のやりとりを見ていた。
古橋は困った、というより面倒くさいという顔をしていた。
彼の心情としては、厄介事には関わりたくないのだ。そしてゴミ集積場にいる人間は確実に彼にとって『厄介事』なのだ。何よりもうすぐ夕食の牛丼が届くのに此処を離れるのは億劫だった。顕人の言う通り、行かずに済むならその方が楽で良いが、万が一生徒に怪我でもされれば警備部の、というか自分の責任問題になる。それはそれで面倒だ。古橋がどうしたものかと考え倦ねる。
「それは流石に拙いんだよ。俺にも立場とか責任とかあるから、悪いけどその頼みは飲めない」
「そこを何とか……!」
「いや……」
顕人達のやりとりを見てた函南は「別に良いんじゃないですか、古橋さん」と声をかける。
味方が増えたと表情を明るくする顕人に対して、古橋は了承するわけにもいかず顔をしかめる。
「そういうわけにもいかないんだよ。生徒だけで行かせて何かあったら」
「でも後から宮先生も来るって言ってた気がしたけど」
ねえ?
函南は顕人と晴臣に同意を求める。
まだ学内にいるなら連絡をくれと言われたが、宮准教授が来るかどうかは正直知らない。だけど顕人は「そんなことも言ってたような……」と適当な返事をしながら古橋を窺いみる。
宮准教授は、古橋を知っている様子だったが、どういう関係なのか。名前を出して大丈夫だっただろうかと少し心配になった。
古橋は函南の口から宮准教授の名前が出ると「あー、函南の後輩ってことは、この二人も宮先輩の生徒ってことか」と納得したように呟く。
やっぱり古橋も宮准教授を知っているのか、というか『先輩』だと。顕人はその言葉に驚く。宮准教授よりも若い気がしていたが先輩後輩の間柄なのか。
顕人がそんなことを考えていると古橋はまるで好都合と言う様子で「宮先輩が来るのか?」と言いながら準備していた警棒を戻して椅子に座り直す。
そして徐にデスクに設置されている電話に手を伸ばすと何処かへ電話をかけだす。
古橋が受話器を耳に当てて数秒。電話が繋がったのか、古橋はすぐに「お疲れさまです、警備部の古橋です」と話し出す。
「宮先輩、今こっちに先輩の生徒が来てまして……、はい、映像で確認できました、今はゴミ集積場にいるみたいで……そうです」
古橋の言葉から、彼が宮准教授に連絡しているのがわかる。恐らく事実確認をしているのだろう。古橋はその後何言か話すと受話器を置く。
「宮先輩、ゴミ集積場で合流するって言ってるから、後は先輩に任せる」
古橋は顕人と晴臣にそう宣言すると、椅子の背もたれにもたれ掛かりこれでもかという程だらけて座る。
結論早いな。いや、その方が助かるけど。
顕人は「ありがとうございます!」と古橋にまた頭を下げる。
「行かないけどカメラは観てるから」
古橋はそう言いながら、サモエドが佇む画面を指差す。あれから数分経つが、画面のサモエドは全く動く様子がない。まるで忠犬ハチ公のようにそこに居続ける。
「万が一ゴミ集積場から先に不審者が出てくるなら、即行で周辺の警備員に連絡して取り押さえるんで」
「わかりました」
かなりの譲歩を貰えた。
顕人はもう一度頭を下げると部屋を出ようとするが、その背中を古橋が「ちょっと待て」と呼び止める。
なんだろうと顕人が振り返ると、古橋は先程一度準備していた警棒を再度取り出して顕人に差し出す。その警棒に顕人は戸惑う。
「昨日の話じゃあ相手は鉄パイプを持ってたって話だろ。丸腰で行くのは勧められない」
古橋は真剣な表情でそう呟く。
確かに晴臣ならその身体能力だけで対処できるだろうが、顕人はそうではない。鉄パイプで殴りかかられればそれで動けなくなる場合はある。
だけど相手は女性で、何より室江の母親だと知ってしまった以上、彼女に怪我をさせる可能性があるものを持っていくことに抵抗しかない。
とはいえ、護身用として持っていくべきなのか。
顕人は恐る恐る差し出される警棒に手を伸ばすが、それを掴むことができなかった。
その葛藤を古橋は察したのかはわからないが、彼は小さく息を吐き更に警棒を顕人の方へ突き出す。
「使わなくても良い。持っていけ。何か遭ったら自分の身は自分で守れって言ってるだけだ」
「でも、」
顕人が口篭ると、函南は「なら秘密兵器使う?」と唐突に呟く。
その言葉に、顕人は勿論、晴臣と古橋も怪訝そうな顔をする。
秘密兵器? 何だそれは。
皆が、彼女の言う『秘密兵器』の姿を想像するがまるで想像がつかない。
「ゴミ集積場でしょ? 丁度良いのがあるよ。あっ、でも勢い凄いから調節気をつけてね」
「勢い?」
「調節?」
顕人と晴臣は不思議そうに函南を見る。函南は満面の笑みを浮かべて、良い事をしたという様子で胸を張っていた。
『秘密兵器』、一体何だ。
考える二人に対して、古橋も少し考えて『ゴミ集積場にある秘密兵器』の正体に気が付き「じゃあ警棒よりブラシの方がいいな」と皮肉っぽく笑う。
その言葉に、更に二人は考える。
だけどそんな中、再び賑やかなメロディーを奏でる函南のスマートフォンに、彼女は顔を青くして「じゃあ私行くから!!」と叫びながらバタバタと走って行ってしまう。
結局、秘密兵器って何なんだ。
顕人はただただ困惑していると、古橋は「ゴミ集積場の入口にあるだろ」と言いながら新しい煙草に火をつけた。
その言葉にゴミ集積場の入口に置かれている『秘密兵器』を思い出して、顕人は漸く合点がいって「あー」と声をあげた。
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