第28話『震天動地③-シンテンドウチ-』
このやり取りで無駄に十分ほど使ってしまい、顕人は既に疲れてに襲われている。
二人は函南から渡されたフライヤーを見ながら、荒瀬川が所属するバスケ部の仮設テント設置場所を探す。
学内の歩道の幅は大体三メートルのものが多いのだが、正門から教室棟に向かう程をはじめいくつか学生の行き来の特に多い歩道に関しては幅五メートルになっている。
今回の部活などの団体が仮設テントを設置するのはこの広い歩道だった。
既に割り振られた区画で、各団体がテントの設営を行っている。
顕人と晴臣はその生徒達の壁を縫うように進む。
しかし此処で問題が。
この大学にはバスケ部を呼称する団体が三つもあるのだ。
人数と活動場所の規定をクリアさせすれば団体として許可を得られる。
部活・サークル・同好会、それぞれに人数の規定や、活動補助金の有無などはあるが、団体として許可はすぐに降りるのだ。
ちなみに学内で一番多い団体は『チェス』を取り扱った団体だ。チェス研究会、チェス部など、呼称は様々だが何と七団体存在するのだ。
そんなに必要かと思うが、団体での活動目的がそれぞれ微妙に違うらしい。
世界ランクを目指す団体があれば、チェスの良さを皆に広げたいという団体、はたまたまったりとチェスするだけの団体。もう色々あり、七団体になってしまっているらしい。余談だが、今回の『オープンキャンパス』でそれらチェス団体の内五つが参加しているらしい。
一般参加者や一年生が困らなければ良いが。
そんなことを顕人が考えるのは、今回の『オープンキャンパス』で三団体あるバスケ部の全て参加しており、何処が荒瀬川が所属しているものかがわからず困っていたからだ。
個別の団体名も存在するのだが、フライヤーには紙面積の都合でそれが記載されておらず、何処が荒瀬川のいるバスケ部のものか、顕人も晴臣もわからないのだ。
ただ三ヶ所とも『バスケ部』としか記載されていないのだ。
「これ、不親切な案内だね」
「あ、下の方に、『更に細かい地図は別紙参照』って書いてる」
「別紙? あった?」
晴臣が首を傾げるが、顕人はふと設営本部でのことを思い出す。
函南がフライヤーを取るとき、その隣りに何か地図のようなものが描かれた白い紙が積まれていたのだ。もしや、あれが『別紙』だったのでは?
恐らく参加者にはフライヤーを渡す際に、あの紙を挟んで渡すのだろう。
しかし忙しかったのもあり、函南はその作業を忘れてしまったのか。
「まあ、一個ずつ回っていくか。そんなに場所は離れてない」
「だね」
「此処から一番近いのがこの通りだな」
顕人が地図を見ながら歩き出すと、晴臣は大きく頷いてその後ろについていく。
最初のバスケ部の区画は、まだ誰もおらず仮設テントの設営も行われていなかった。
まだ誰も来てないのだろう。
でも、確かに周囲を見回すと、この区画同様まだ設営準備を始めていない団体がいる。この場所のバスケ部もそうなのだろう。
「来てないね」
「じゃあ次」
「次は何処?」
「正門の方だな」
二人は地図を確認すると、正門前の歩道へ向かう。
そちらの方へ行くと、残りの二つのバスケ部は隣り続きでの区画だったようで並んで準備を始めていた。
遠目に函南の言っていた『派手目の女性』を探すが、それらしい女性はいなかった。そもそも函南の言う、派手目、の定義がわからず顕人は首を傾げる。
通り魔に襲われた生徒も荒瀬川もいないので、そもそもどちらかが荒瀬川が所属しているバスケ部であるかもわからない。
さて、どうしたものかと考えていると、晴臣は徐に設営作業を進める彼らに近づくが、どちらの団体でも、彼らは晴臣を見るなり顔を青くした。
中には叫ぶ者もいた。
その叫び声で周囲は騒然となり、その場にいた運動部関係者は皆、化物でも見ているかの様子で晴臣を見た。
顕人も『メンタルクラッシャー滝田』の異名は知っていたし、そうなった経緯も知っている。だけど一年経った今もこれだけ絶大な影響を残しているとは知らず、顕人は内心かなり驚いた。
晴臣のことを知っている生徒は青褪めた顔で彼を見る。白い目を向けて顔をしかめる。何も知らない生徒も、この異様な空気にひそひそと何かを話す。
そんな異様な光景に、流石の晴臣も顔を青くして唇を噛む。
顕人はそんな晴臣の背中を二回ほど叩く。
そして、今日の晴臣の服装はパーカーだったのだが、そのフードを掴み晴臣の頭に被せると設営準備をしているバスケ部の生徒に近づく。
「すみません、此処に『あんり』って名前の人いますか?」
「えっ、何?」
「そういう名前の人がバスケ部にいるって」
「いや、ウチにはいないかな……」
「じゃあそちらはどうですか?」
「えっ……ウチもいないな」
「そうですか、ありがとうございます」
顕人は取り敢えずそれだけ確認すると、両団体に会釈する。そして晴臣の背中を押しながら「行くぞ」と声をかけて足早にその場を離れた。
***
二人は正門の方からカフェテリアの近くまで逃げるようにやってきた。
此処まで来る間、顕人も晴臣も、何も言葉を発しなかった。
カフェテリア周辺は、設営準備を進められている場所に比べて人の通りは少なかった。
顕人は晴臣をベンチに座らせると、近くの自動販売機から缶のコーヒーとオレンジジュースを買ってオレンジジュースを晴臣に渡して彼の隣りに座る。
顕人は先にコーヒーのフタを開けて飲み始めると、晴臣も同じようにフタを開けて飲み始める。
晴臣は二口三口、オレンジジュースを飲んで息を長く吐く。
それを見てから顕人は「ハルはもっとガサツに生きてるんだと思ってた」と呟く。
その言葉に晴臣は苦笑する。
「実は僕も」
「その割に真っ青じゃなかったか?」
「多分、それはアキがいたからかな」
「俺?」
顕人は心外だと言いたい気分だった。
「昨日も似たような雰囲気があったけど平気だったんだ。でも今日はさ、アキにもあの人たちと同じ風に見られたのが怖かった、かな」
そう気不味そうに呟く晴臣に、顕人はやっぱり心外だと思った。
「俺は別にどうでも良い。俺がハルとの付き合いが始まったのはもう色々終わった後だったけど、この一年、別段ハルに精神的に折られたことないし」
「……そもそもアキって僕が去年何やらかしたか知ってたっけ?」
「一応」
「そうなんだ」
晴臣はそう言いながら、オレンジジュースを飲む。そして「『あの時』僕に何が起こったんだろう」と零した。
それは顕人も知りたいことだった。
顕人が晴臣を昏倒させ病院に担ぎこんでから、晴臣の記憶はひどく曖昧だった。
夢見心地のようなふわふわとした記憶。
「もう終わったことだって思う他ないんじゃないか?」
「そうだけど、僕は当事者のはずなのに、何処か遠くから『あの時』を見ている感じがして凄く嫌なんだ。……『あの日』僕は誰に会ったんだろ」
「知るか」
顕人がそう突き放すように言いながらコーヒーを飲み干すと、晴臣は「冷たいなあ」と笑いながら同じようにオレンジジュースを飲み干した。
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