第26話『震天動地①-シンテンドウチ-』
『オープンキャンパス』では申請した部活・サークル・同好会は歩道に仮設テントを設置し、そこで部活の説明などもして良いらしい。
このイベントで歩道を広く使うために、学生自治会『サモエド管理中隊』は放置自転車の撤去に勤しんでいたのだろう。自転車が点在していれば、仮設テントの設営にも邪魔だ。
函南は受験生のためのイベントとして紹介していたが、実は今年の新入生に向けてのイベントでもあると、宮准教授は言っていた。四月の初めにしていた新入生歓迎の部活勧誘に乗り遅れた新入生を集めるのも目的らしい。だから当日は受験生以外にも在校生、主に一年生が集まるらしい。
外は主に部活などの集まりが盛り上がるが、教室棟では研究会などが自分達の研究の発表を展示したりするらしい。宮ゼミも研究発表しないのかと誘われたが、直前まで宮准教授は論文に追われていたこともあり断ったらしい。
当日は食堂やカフェテリアなども一般開放され、有名なパン屋やクレープ店、ドリンクのワゴン販売車もやってくるらしい。
何だかもうお祭り騒ぎだ。
まるで学園祭のような賑わいになるだろうイベントに晴臣は不満そうに宮准教授へ「今年からですか、こんな楽しそうなイベント始まったのって」とぼやくと、宮准教授は冷ややかに「もう何年も前からやってるよ。お前達が知らなかっただけ」と切り捨てる。
それを聞きながら、数時間前に函南から『どれだけ学校行事に関心がないの』と肩を落とされたのを思い出す。
確かに顕人も晴臣も、退屈している割に学校行事には欠片も興味がないのだ。
「姫はゴールデンウイークの『オープンキャンパス』に参加するのは今年で三回目だ。毎年学内色々回っては、早く大学生になりたいって言うんだ、可愛いだろ? 今年も無事始まって無事に終わらせてやりたいんだ」
そうぼやきながら宮准教授は、窓から歩道を行き来する学生を見る。
彼の言う『無事終わらせてやりたい』は恐らく室江と荒瀬川のことを指しているのだろう。
顕人は内心プレッシャーを感じる。
晴臣はそうではないらしく「茉莉花ちゃんがウチに入れば僕達の後輩ですね」と脳天気に笑っている。顕人としてもそれくらい緩く構えていたかった。
「そろそろ行くんだろ?」
宮准教授時計を見て二人に声をかける。
確かに下を見ても生徒が準備に続々と集まってる。恐らく『あんりちゃん』も来ているかもしれない。
顕人と晴臣は宮准教授の声に反応して部屋を出る準備をする。顕人としては気が重いが、それでもこのまま帰れるはずもない。
もし今回のことで、まだ通り魔に狙われる事態が続いているならそれも何とかしなくては夜道も歩けなくなってしまう。
「一応俺も今回の件に責任は感じてる。今日はお前達が帰るまでは此処にいてやる。知恵くらいしか出せるものはないけど、行き詰まったら来いよ。コーヒー飲んで一服していけ」
宮准教授はそう言いながら苦笑をこぼす。
その言葉は、顕人にとって心強く響く。そういう風に思ったのはこれで二回目だ。
とはいえ、今回は一回目のような展開だけはお断りだと顕人は心の中で強く願った。
***
顕人と晴臣が宮准教授の部屋を出てエレベーターで降りている時、不意に晴臣は思い出したように呟く。
「そういえばさ、さっきお昼ご飯買いに行ったときに文学部棟の前で真っ白な大きな犬がいたんだ」
「犬……、野犬か?」
「ううん、首輪していた。それにすっごく毛並みが良かったし、飼い犬だと思う」
「えっ、誰かが学内に犬連れ込んでるのか? いいのか、それ」
顕人は怪訝そうな顔で晴臣の言葉に耳を傾ける。
そもそも犬なんて連れ込んで良いのか。警備部に怒られないか。
そんなことを考えていると、晴臣は「あ」と声をあげる。
今度は何だ、と顕人が思っていると、晴臣は喜々として口を開く。
「そういえば学内七不思議に白い犬の話があったね」
「えっ、学内七不思議? この大学そんなものがあるのか? 大学なのに?」
小学校中学校高等学校ならそういうものが存在するのもわかるが、大学にもなって七不思議というのはどうなのか。
顕人は呆れながら「そもそも犬の話って何だよ、どういう『不思議』だよ」と漏らす。
「学内を徘徊する白い犬がいて、突然生徒たちがその犬に敬礼するんだってさ」
「なんだそれ」
理由がわからん。
顕人は何の脈絡もない子供の悪戯のような話に肩をすくめた。
そんな話をしていると、エレベーターは一階に到着する。
授業を受ける生徒はほぼほぼいないせいか、最上階の七階から途中で止まることなくエレベーターは下までやってきた。扉が開いても誰かがエレベーターを待っている様子もなく、玄関ホールも静かなものだ。
今日は運動部を始め、外で仮設テントの準備を行う。
それ以外の研究会も準備に来ているだろうが、主な展示場所は教室棟だから、各学部棟は当日殆ど使われないと宮准教授に聞いている。今日此処にいる学生はかなり稀なのだろう。
誰もいない静けさに少し違和感を覚えつつ玄関ホールを歩く二人だったが、不意に「ワン」とまるで息を吐くような犬の鳴き声に思わず足を止めた。
驚いて顕人はその鳴き声の方を見ると、どういうわけか、玄関ホールの端に真っ白い犬がぺたりと腹を床に着けて座っていた。
ふわふわの体毛の大きな犬だが、首輪が体毛に埋もれているのがわかる。
その犬を見て、晴臣は「これ! さっき見た犬!」と目を輝かせながら犬に近づき、座ったままの犬をわしゃわしゃと撫でる。
犬は特に抵抗する様子もなく黙って撫でられている。
その様子に人馴れしているのは明らかで、首輪のこともあり、誰かの飼い犬であるのだと確信する。
しかしながら、顕人は複雑な表情で犬を見る。
「サモエド……」
その呟きに晴臣は不思議そうな顔をする。
「何、学生自治会の犬なの?」
「違う違う。この犬がサモエドなんだ」
「サモエドってだから学生自治会?」
「サモエドってのは犬種一つだ。プードルとかチワワとか」
「えっ、じゃあサモエド管理中隊のサモエドってこいつのことなの?」
「それは知らんけど」
「へえ、こいつなんて名前なんだろ」
晴臣はわしゃわしゃと犬を撫で回すと、犬は気持ちよさそうに目を細める。
大きいのに大人しいし、愛嬌あるな。顕人も恐る恐る近づきそばで見ていると、文学棟に数人の紺色のツナギの生徒が入ってくる。
学生自治会『サモエド管理中隊』に所属する生徒なのだろう。
予備の電工ドラムがどうとか、工具がどうとか話している声が聞こえてくる。
恐らく中央広場のステージ設営を手伝っている生徒なのかもしれない。
函南もそうだが、彼らは本当に学校のために働く。
その様子に顕人は頭が下がる気持ちになるが、不意に彼らの一人がこちらを見る。
するとその一人は慌てて、他の学生を呼び止めて顕人たちを指差す。
それに気が付いて、これはまずい、と顕人は察する。
いくら生徒の少ない土曜日だからと言って犬が学内の、しかも学部棟にいるのは駄目なんじゃないか。
顕人たちの犬ではないにしろ、今隣りで晴臣が犬を撫で続けている。
この犬のことを追及されるのではないかと顕人は内心焦るが、紺色のツナギの生徒達はこちらへやってくる。
何と言えば良いのか。
顕人が思わず晴臣に声をかけようとすると、犬はやってきた紺色のツナギの集団を見て突如立ち上がる。そして犬は「ワン」と甲高くひと鳴きすると、何故か『サモエド管理中隊』の生徒達はその犬に敬礼する。
そして彼らの数人は嬉々とした表情で晴臣と同じように犬を撫でると、仕事に戻っていった。
「何だったの?」
「さあ。でも七不思議は体験できたな」
顕人がそう言うと、晴臣は「今のがそうだったの?」と思わず犬を見る。
犬は首を傾げながら「ワン」と鳴いて、また床にぺたりと腹をつける座り方になった。
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