十一話 イメージ


 


「……着いたぞ、ミル。」

「……ここは、川……?」


 ウルスくんの質問の意味を考えながら、私はついて行ったその先にあったのは…………大きな川だった。

 

 森の中深くにあるその浅い川は、淡くとても綺麗な水を緩やかに流しており……その水に影響されているのか、近くに咲いている青い花たちは鮮やかに悠々と咲き誇っていた。

 

(………………ぁ……)




 …………しかし、その咲き誇っている青い花たちの中に1つだけ……枯れている花があった。

 その花は周りに咲いているものとは違い、完全に花びらを散らして顔を下に向けており…………とても、他人とは思えない何かを漂わせていた。




(………まるで……私………)


「…………ミル、どうした。大丈夫か?」

「……ううん、何でも……ない。」

「そうか……じゃあ話を進めるぞ。」


 1人勝手に俯いていた私だったが、ウルスくんに声をかけられてすぐにそんな考えを振り払う。そして、私がそう返事するとウルスくんは川の水をすくってその様子を何故か見せてきた。



「ミル、は何だ?」

「……………水?」

「そうだな、水だ。ミルも触ってみろ。」

「………う、うん……?」


 当たり前のことを聞かれて答えると、ウルスくんはそう言って手を招いて私をそう誘った。

 私は困惑しながらもウルスくんの隣に座り込み、川の水を両手で掬ってみた。


(…………冷たくて……気持ちいい……)


 乗せた水を覗いてみると……それは私の手を鮮明に映しながら、とてもキラキラと綺麗に輝いていた。また、この森の暖かい空気に当てられた体を程よく冷やし、何かを洗い流すかのように少しずつ手の皿から溢れていく。



「…………どうだ、ミル。今一度聞くが、『水』ってどういうものだ?」

「…………水は、液体で……掬っても溢れて…………












 …………?」



 ウルスくんのいに、私の口はそう零した。



「…………そうか。じゃあミル、水を魔法で出してみてくれ。」

「えっ……でも、またさっきみたいに…………」

「大丈夫、成功する……ほら、見せてくれ。」

「……! …………わ、分かった………」


 理由も分からない、根拠も教えてくれないウルスくんだったが…………その言葉にこもった『何か』が、私に再び魔法を使わせようとした。



(…………みず、は……水は…………!)

 




 …………こうだっ!!





「…………え、うわぁっ!?」

「……、水。」


 ウルスくんの言う通り、私の手に浮かんでいた青い光は途端……水を形成した。

 いきなりのことのにびっくりした私はその生成した水の操作を誤ってしまい、情けないことに自分の顔に被せてしまった。


「おいおい、大丈夫かミル?」

「ぷはぁっ……う、うん……で、でも何で急に、さっきまで全く……?」

「それは、……つまり、ミルにとっての水の『イメージ』が固まったからできたんだ。」

「い……めーじ?」


 聞 き 慣 れ な い 言 葉に首を傾げていると、ウルスは私と少し距離をとりながら語り始めた。



「……魔法には、2種類の発動方法がある。1つは魔法の名前を発言しながら放つ『詠唱』、もう1つは魔法の名前を言わずに放つ『無詠唱』……知ってるよな?」

「……うん、無詠唱の方が難しくて、できてもほとんどの人は威力が落ちちゃうって…………」

「じゃあ、なんで難しいかは知ってるか?」

「…………?」

(なんで……と言われても………)


 考えても全くといっていいほど思いつかず黙っていた私に、やがてウルスくんは答えを言ってくれた。


「それは、魔法の名前を唱えることで無意識に魔法のイメージ……からだ。」

「想、ぞう……」

「ああ…………だからミル、俺が今から詠唱と無詠唱の2パターンを見せる。その違いをあとで教えてくれ。」

「う……うん。」


 そう言ってウルスくんは森の中の木々目掛けて手を伸ばし、魔法を放とうとする。そして、空いている手で自身の口元と現れた魔法陣を指差し、『見てろ』と示唆しさしてきた。



「行くぞ、まずは詠唱だ…………『アクアアロー』」

(……確か、洋神流の初級魔法……だったような…………)


 そんなことをぼんやり思っていると、やがて青い魔法陣から5本の水の矢が生成され、それぞれ一本ずつ違う木へと飛んで大きな傷を付けていった。


(……すごい威力……とても初級魔法とは思えない……!)


 孤児院の人たちにもアクアアローを見せてもらったことがあるけど……こんな威力は無かったはず。魔法は使う人によって威力も変わったりするのだろうか?


「…………次は無詠唱だ、いくぞ。」

「うん……」


 


 ウルスくんは私にそう言って再び同じ木々に向かい、手を構える。すると今度は魔法の名前を言うことなくあっさりとアクアアローを発動し…………あろうことか、高い威力で木々を打ち、初級魔法だけでそれらを薙ぎ倒してしまった。


(つ、強い……いや、それより……!)

「威力が……?」

「ああ、同じだな。」


 ウルスはそう言いながら、自身の頭を指差して説明し始める。



「人は、固有の言葉……例えば『水』って言われたら水を頭の中で無意識にイメージ、想像する。魔法もそれと同じで、『アクアアロー』と口にすれば頭の中でアクアアローの魔法をイメージするんだ。そして、魔法が成功するかしないかの最も重要な要素は『いかにその魔法を構築する力があるかどうか』なんだ。その構築する力に一番関係するのが、イメージ……魔法の名前を口にすれば、勝手に頭がそれをイメージする。だから詠唱をすれば、無詠唱よりも魔法が上手くなり易くなるんだ。」



「………えっ、と………???」


 ウルスくんの難しい解説に理解が追いつかず、私は頭をうんうん捻らせていた。そして少しずつ話を組んでいき……数秒後、やっと理解が追いついた。


「要、は…………詠唱をすればそのイメージ? っていうのがつくから……無詠唱よりも簡単になる、ってこと?」

「ああ、その通りだ。イメージが魔法の成功率を大きく左右させる……だから、イメージが完璧ならば詠唱だろうが無詠唱だろうが威力が変わることはない。」

「……そうだったんだ。」



 イメージ…………魔法を構築する、想像の力………

 


「イメージを作る方法はたくさんある。ひたすら頭の中でトレーニングしたり、反復練習で体に染み付かせたり………実際に、な。」

「…………! じ、じゃあさっきの、川の水に触ったのは……」

「そういうことだ。さっきまでミルが魔法を扱えなかった理由は、そのイメージが足りなかったからだ。だから俺はミルの水に対するイメージを高めるため、質問したり川の水に触れてもらった。」



 …………そういうことだったんだ。



「今のミルなら、アクアアローもできるはずだ。やってみな。」

「う、うん……『アクアアロー』!」


 ウルスくんに言われ、私は彼の真似をするように手を突き出して魔法の名前を唱えると……3本の水の矢が現れ、一直線に森の中へと飛んでいった。


(や、やった………!!)


 私は嬉しさのあまり、ウルスくんにその旨を余すことなく伝えた。


「で、できたよウルスくん! 私にも、魔法ができた!!」

「ああ、見てたよ。この調子なら他の魔法……炎や風とかもすぐにできるだろうな。」

「ほ、ほんとに……!?」



 私にも……私でも、魔法が…………!!!




(……! この、は…………)



「…………どうだ、ミル。」

「……? どうって?」


 突如浮かんできたに戸惑っていると、ウルスくんが不意にこちらに顔を向けて…………こう言った。








「魔法って、面白いだろ。」

「…………!!」




 薄い、その笑顔に………私の心は高鳴った。そして、その言葉に何の躊躇ちゅうちょもなく私は大きく頷いた。

 



「…………うんっ!」



「…………ふっ、そうか。」


 私の返事を聞いた途端、ウルスは何故かまた笑い始める。その笑いの意味が分からず、堪らず首を傾げてしまう。


「えっ、何かおかしかった……?」

「いや……やっとなって。」

「見れた……?」

「ああ…………










 



 …………初めて、『』。」




「……………!??」



 予想だにしていなかった言葉に、私の顔は急激に熱くなっていく。


「なっ、なっ……なにょっ………!?」

「……どうした、照れてるのか?」

「だ、だって……み、見ないでっ!」

「別に隠すことはないだろ……俺は好きだぞ、ミルの笑顔。」

「……っ!? だ、だからやめてってばっ!!?」


 

 私の反応を面白がっているのか、ウルスはそんな台詞を恥ずかしげもなく言ってくる。




 そんな言葉に私はてんてこ舞いになりながらも…………少しだけ…………






(……たの、しい………!)











 …………ほんの少しだけ、心が軽くなった。

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