十一・潜入(一)

 無事、ムネモシュネ国内の手前まで来ると、ムネモシュネ国の厩舎(きゅうしゃ)に馬を預け、一旦は民の素振りをして城下町を見て回ることにした。姫は黄緑色の美しい髪を隠さないと確実に姫だとバレそうだたので、安物の布切れを頭に巻いて貰い、僕は結局眼鏡を外すことになった。今更だが、眼鏡無い方が意外と溶け込むな。これからも眼鏡を外して……と言いたいところだが、急に眼鏡から裸眼に変えると、「あ、コイツ、モテたくてコンタクトにしたな?」と思われそうなので却下。


 色々見て周った後、僕達は人気のない場所に移動した。あんなに楽しそうに見ていたと言うのに、最終的な姫の言葉はキツい。


「うーむ。なんか、つまらんかったのう」

「姫、他人の国へ来てソレは失礼ですよ」


つまらなかったとは、一体何を基準に言っているのか。布や石で作られたアクセサリーや衣服のハンドメイドは可愛らしくて綺麗だったし、時折道化も技を披露していたと言うのに。僕的には結構面白かったと思うけどな。


「これでは、ムネモシュネ王へのサプライズに欠ける。何か笑ってくれそうなプレゼントは無いかのう」

「……姫、本気で国守る気あります?」


目を細め、冷ややかな表情で姫を見る。姫は僕の顔を見ず、そこらの木や土に触れ始めた。


「何か無いかの~」

「姫、やっぱり帰りましょう」

「お、コイツは活きが良いのう!」


 姫が取りだしたのは、うにょうにょと動くミミズ。うわっ、嫌な予感しかしない。姫は摘んだソイツを持ってニヤりと笑った。


「手土産じゃ!!」

「いやいやいや。そんなことしたら僕の首が飛びますよ」

「ははは! まぁ、その時は首も体も私が世話してやるぞ」

「あの、デュラハンを信じてらっしゃる様ですが、恐らくあの手の存在は実在しないかと思われます」

「ん? じゃあ、モモロンが切れたらどうなるのだ。あ、もしかしてモモロンが二人になるのか?」


ならんならん。それじゃあミミズと一緒じゃないか。


「首が切れたらモモロンは死にますよ姫」

「ふーん」


 姫はさほど気にしていない様子でまた土をいじり始める。もう一匹ミミズを掴むとまた立ち上がった。


「じゃあ、ミミズを二匹持ってこう! そしたら私の首も飛ぶ!!」


 殴っても良いだろうか。ちょっと彼女に痛い目見てもらっても良いのだろうか。溢れそうな怒りを理性で沈下し、僕は力なく首を振る。


「やめて下さい……本当に……」


 姫が僕の制止を聞くはずもなく。意気揚々と城下町を歩く姫に、僕はついて行くことしか出来なかった。


 … … …


 一応城の前まで来てみたが、予想通り警備は厳しそうだ。クレイオス国の兵士だって王子が見ていないと気を抜いていたし、イリス国の兵士なんて普通に世間話して時間を潰しているのに。とは言え、王が王だからな。短気な王なら、気を抜いていたらぶん殴られるってこととかがあるのかもしれない。だとしたら、イリス国の兵士で良かったかもな。最悪、立ちながら居眠り出来る。


「此処からでは無理ですね」

「殴りこめば行けるぞ?」

「無理です」


 ミミズを持った姫を引きずり、僕は別のルートを探す。城の裏口を辿ってみたものの、流石にやはり門番がいるか。引き返す。


 どこもかしこも行けそうな所は調べつくしたが、城に通ずる特別なルートのようなものも見つからず。どうすべきか、僕は頭を痛めていた。


「行けそうな場所が無い、か」

「殴りこめば良いじゃろ」

「ちょっと黙って。他に城へ通ずる道になりそうな所は……」

「のうモモロン」

「静かに。もう一度目を凝らして一周するか」

「上から行けばどうなのだ?」

「姫! もっと真面目に考えて下さい!! 上からなんて行ったら……上?」


青い空を見上げる。上ってどう言うことだ? まさか、空を飛べとでも?


「モモロン、前私を抱いて飛んでおったじゃろう。あの上に」


 姫は屋根の上を指さした。ああ、あそこか。そう言えば以前、僕が他人の屋根の上を走り回っても何にも騒ぎが起きなかったな。仮に民が見逃してくれても、兵士が見逃しそうに無いのだが。今回もいけるだろうか?


「今の所それらしい道もありませんし、上がってみますか」

「良いぞいけいけー!!」


 姫を抱え、人気のない場所から、人様の家の屋根へと飛び移る。一応人目を忍びながら、ゆっくりと、姿勢を低くして屋根から屋根へと飛び移る。こうして見ると、案外皆、自分のことしか見ていないものだな。それとも、此方がそれ程空気が無いと言うことか? 願ったり叶ったりだな。


 早くも、城に一番近い民家の屋根の上へと移動していた。そっと下を見てみる。下には兵がざっと二十人近くはいる。場所はまばらだが、きっと城の中にはこの何百倍と言う兵がいるだろう。見つかったら一巻の終わりだ。なるべく多くの兵がよそ見をする一瞬に賭けよう。


 左方。十七人の見回り兵は、大概民と話をしたり、壁に寄りかかって休んでいる。偶然此方を見ない限りは安心出来るだろう。問題は、城の前にいる二人の兵。そして、あと一人のじっと空を見つめている兵。姫のようなバカっぽい顔をしているが、上を見つめられている以上、偶然視界に入るだけでもヤバい。アイツが目を逸らせばな……。


 僕の願いが通じたのか、城の方から交代の兵が二人やって来た。今まで堅い表情をしていた二人の門番は、表情を緩め、後方へと下がった。


 今だ、今しかない! だが、あの空を見ている兵はその姿勢をずっと変えない。アイツ仕事しろよ!! リスクはあるが、このタイミングを逃せば次は無いだろう。姫を抱え、力強く飛翔。城の屋根に飛び移り、サッと下の方を見る。幸い、民も兵も気付いてはいないらしい。それにしてもあの男はずっと空を見ているな。あの男の目には一体何が見えているのだろう。


 屋根に飛び移れたのは良かったが、問題は此処から。城には幾つもの窓がある。それに、ベランダだってある。何処で誰と目が合うか分からない。此処からは、あまり慎重に行くより素早く裏道を見つけた方が早いだろう。


「姫、どこから入ります?」

「そうだなぁ。兵に見つかったら怒られそうじゃから、普通に王の部屋のベランダから入ろう!」


 普通と言うのは、泥棒から見ての普通だろうか。仕方ない。どちらにせよ、この場所まで来た以上は王と話さないと意味が無い。王の部屋へ行くのが無難だな。あの天蓋付きのベッドが見える部屋が、王の部屋と見て良いだろう。色合いも赤と金が多く、いかにもそれらしい。覚悟を決めると、屋根を蹴りあげて目先のベランダへと駆け込んだ。


 ベランダで待機していたのは、メイドだけのようだ。僕達に気付いたメイドの一人が悲鳴を上げたが、姫がベランダの窓に顔をくっつけ、「イリスじゃ!!」と言うと、メイドも窓へと顔を近づける。いやぁ、幾ら姫だと分かってくれたとしても、そうやすやすと窓を開けてくれるとは……。


「ムネモシュネ王へご用ですか?」


 僕の予想を簡単に裏切り、メイドはベランダの窓を開けて話しかけてきた。解せぬ。


「ああ。王にサプライズをしたく、屋根の上から参上したのだ。ちょいとこっそり侵入させてくれぬか?」

「そうだったのですか。どうぞお入り下さい。きっとお喜びになります」


 そんなことを、メイド一人が断言しても良いのだろうか。


「感謝する! お、そうだそうだ。このまま王と会おうと思ったが、この格好じゃあちと目立つよなぁ」


姫は自身の服を摘んで言った。何だよ、目立つって分かってたんじゃないか。姫はわざとらしく、チラチラとメイドを見る。メイドは愛想笑いをした後、「此方で待ってて下さい」とカーテンの中へ手を差し伸べる。僕達がカーテンの中に隠れると、メイドはそそくさとその場を去っていった。数分後、黒と白のシックな燕尾服を持って戻ってくる。


「サイズ、合えば良いのですが……」

「合わんくても構わんよ。ベルトで何とかする! のう?」

「え、ええ……申し訳御座いません、急に色々と」


僕が頭を下げると、メイドは微笑んで手を振った。


「それじゃあ、私はこれで」


 メイドがその場を後にして、残された僕達は、急いで服を着替える。姫は流石に髪型が疑われそうだったので、せめてもの抵抗で髪を一つ結んだ。こうすると若干エロス様の風格もあり、見ようによっては青年に見えないこともない。さて、着替えた服はどうしようか……。


「モモロン、何を迷っておる。脱いだ服はちゃんとタンスに戻すのだ!」

「え? いやでも、この服は姫の……」


姫は僕から服を奪うと、部屋の中に置いてあったタンスを開け、それをたたみもせずにぎゅうぎゅうと押しこむ。あ~あ、折角まるめてしまってあった他の洋服がぐしゃぐしゃになっている。これがバレたら殺されるな。知らん顔しとこ。


 やりきった! と言わんばかりのドヤ顔で手をパンパン払う姫。


「楽しくなってきたな! それじゃあ早速ゴーじゃ!!」


 姫は、片手を強く突き上げて僕をガン見した。……いや、しないから。突き上げていた手首を引き、僕は姫を引きずって城内を歩き始めた。

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