六:承認(二)
しばらく広い図書室内を見て周ったが、僕の目ではそれらしきものは見つけられなかった。そりゃあそうだよなぁ。大概城にある文献と言えば歴史モノだ。演芸に関しての本となれば、もっと栄えていて大きな国の図書館へ行かないと見つけられないか。
「お困りだねモモロン君」
横を見ると、クロノ王子が桃色の髪を揺らし、僕に幾つかの本を差し出す。おや、これは手品の本か。初心者向けのモノから、かなり難しそうなお堅い本まである。
「クレイオス国の本ですか?」
「クレイオスにこんなくだらない本は無いよ。ガイア国の大図書館から借りてきたのさ」
それは、この本とこの本を置いているガイア国をディスっている気がするのだが、聞き流して良いのだろうか。
「此処に来る辺り、必要だったんでしょ? 前の貸しがある。嫌でもそれを見て特技を身につけてもらうよ」
前の貸し、な。やはりあのボコり事件のことを覚えていたみたいだ。あの後メイド達に優しくしてもらったであろうことを想像すると、以前のことは結構後悔しているって所か。
「有難う御座います」
本を受け取り、小さく礼をした。ヤケに素直な僕に困惑したのか、顔を上げるとクロノ王子は納得がいかなそうに頬を掻いていた。
「是非、その分厚くて文字だらけの難解高度な手品の方をやって欲しいものだね。そっちの初心者向けは簡単だろうけど、その分他の参加者と被る確率がある。ソイツは結構肌寒いよ?」
「そうですね。出来そうな範囲で頑張ります」
「出来そうな範囲って、気の小さい奴。まぁ、特技を習得するまでは茶々は入れないでおくよ。精々頑張りたまえ」
クロノ王子は手を振り、静かに去って行った。うむ。以前に比べて落ちつきがあって、小さな背中も大きく見える。多少の変化はあったらしい。それにしても……特技を習得するまでは、な。その後はまた茶々を入れるつもりか。よし、仮に早く習得出来ても、ギリギリまで練習を繰り返しておこう。僕も部屋へと帰ろうとすると、途中、城の玄関で歌を披露する男がいた。歌はそこそこ上手かったが、結構声が大きいし、見たところ彼も大会に出ようと思ってきたんだよな。こんなところで既に披露して大丈夫か?
城の者達は皆手を叩いた。男は満足げに嬉しそうな顔をしていた。しかし、城の者達もずっと男の歌を聞いてられる程暇じゃ無い。一曲聞き終えると、姫に見つかる前に皆早々に去ってしまった。
「あ……ちょっと、感想は……」
ポツンと一人残された男の姿は切なすぎる。かと言って僕も男に何も言わないが。
「そうだ、此処で歌をうたったから駄目だったんだ。今度は城下町で歌おう」
男は城を出て、今度は城下町へと移動した。言っちゃ悪いが、多分ほぼ同じような結果になると思うがね。面倒事には関わりたくない。僕は早々に部屋へと戻り、手品の練習をし始めた。
… … …
僕が手品を練習し始めてから早六日。もう手品は充分すぎる出来だ。
始めは初心者用に毛が生えた程度のネタにしておこうと思ったのだが、それではクロノ王子の言う通り被る確率が高いと考えた。被ってスベるよりかは、更に高度な技を目指した方が良い。そう思った僕は、あれから三日後にシフトチェンジし、今に至る。今なら人を瞬間移動させる手品も容易に出来る。で、瞬間移動させるのは客にやってもらうとして……とも思ったのだが、まずは関係者を一人呼ばないと駄目か。
一発目からだと、僕の腕を心配する民がなかなか手を上げないかもしれない。エロス様は他国の王子だから人目に就くのは厳禁だし、茶々を入れられたくないからイリス姫やクロノ王子も無し。兵士達だって忙しいだろうし、もしかしたら彼等も特技を習得しろと言われているかもしれない。となると、弱ったな。誰にすべきか。僕は窓の方へと移動した。
すると、城下町では、少し前に歌を披露していた男が城の前の大木を殴っていた。さしずめ僕の予想通り、あまり相手にされなかったと言ったところか。……まぁ丁度良い。他国の人間みたいだし、他に頼めるような人間もいない。アイツに手伝ってもらうとするか。階段を下りていくと面倒な上に、その間に男がいなくなる確率がある。以前ガケメロンを習得した時や、クロノ王子の城から飛び降りた時も足を壊さなかった。今回も多分いけるだろう。窓を開けると、僕はその場から飛び降り、ヒールを使って着地した。男が僕の方を呆然と見ると、思わず、「おぉ……」と掠れた声を漏らし、拍手をした。
「……かっ、ね、ぁ……」
うわ、なんかゾンビみたいな声。全然言葉になってない。結構全力で歌って喉壊したパターンだな。見るに堪えないぞ。
「あの、もしお時間あれば、僕の手品を手伝って欲しいのですが」
僕の誘いに、男は泣き始めてしまった。何か面倒な奴と関わってしまった気がする。
「いいです、いいです! 違う人誘いますので!!」
踵を返すと、背後から強力な力で引き寄せられた。恐る恐る振り返ると、悪魔に取り憑かれたような顔をした男が僕のマントを引っ張っていた。
「……にん、き、ものっ……」
枯れ枯れの声から、何とか変換してみた。それにしても恐るべし、承認欲求。
… … …
五回も練習すれば、瞬間移動の手品は容易に出来た。声の枯れ具合が尋常じゃ無い。こりゃあハチミツレモンでも食わせないと治らないな。あまり他人に感謝されるようなことはしたくないのだが、姫に頼むとするか。男の腕を引っ張り、姫の元へと連れて行った。
事情を話すと、姫は腰から曲げて、激しく首を縦に振った。何故此処でヘッドバンギング?
「姫、ヘッドバンギングでは答えが分かりません」
僕のツッコミに、姫は頭を左右に揺らしながら笑っていた。激しく頭なんて振るから……。クラクラしたんだろうな。
「ああ。つまりはその男を羽交い絞めにしろって話だな!」
「全然違います」
姫は未だ首を左右に揺らして笑っている。その様があまりにも恐ろしく、僕の後ろにいる男は声にならぬ声を漏らして震えていた。彼女自体が壊れた人形みたいなものだからな。そりゃあ怖いさ。僕は揺れる姫の頭を両手でガッと掴んだ。笑っていた姫は、その瞬間に無表情になった。
「おお、私は一体何を」
「姫、もう一生ヘッドバンギングはなさらないで下さい」
「よく分からないが、分かった。で、何の話だ? その男を羽交い絞めにするのか?」
「もういっそのことしても良いですけど」
僕の返答に男は即座に反応し、泣きながら僕の背中を何度も叩いた。彼女につられ、つい僕も適当なことを言ってしまった。そうだな、他人を甚振るようなボケはいかんな。
「彼、自慢の喉を壊してしまいましてね。ハチミツレモンを差し上げて欲しいのです」
「何だ、そんなことか。良いぞ、メイドに頼んでおこう。三人前で」
三人前? そうか。三人前作らせてそれをポットかなんかにでも移しておいてくれるのだな? 良く考えている。
食事の間へと移動し、メイドからハチミツレモンを受け取る。それを姫自ら受け取ると、男へとティーカップに注いだ。見知らぬ旅人にもこうしてふるまえるとは。やはり出来る人だな。男はゆっくりと口を付ける。味を確かめると、それを一気に流し込んだ。口を開いて何か言いたげだ。美味しいか、もっとくれと言っているのだろう。姫はそんな男を見ず、今度は自分のティーカップに注いで飲んだ。
「美味いのう。これで喉が良くなるのならば、もっと皆に振るまいたいものだ。モモロン、今城下町で風邪を引いている者はおらんのか?」
「僕はこの世の全てのことを知っているわけじゃありませんから。ですが、うちの地域はハチミツもレモンも比較的安価に売っているわけですし、城下町の掲示板にレシピとして貼ってみては如何でしょうか?」
姫は僕にティーカップに注いだハチミツレモンを手渡してきた。いや、隣の男がめっちゃ欲しそうな目してくるんで……。僕も今特別飲みたい気分でも無かったので、受け取ったティーカップをそのまま隣へとずらした。男が嬉しそうにティーカップを受け取り、一気に飲み干す。姫はきょとんとした顔で、「おやまぁ」と男の様子を見ていた。
「全然声が出ないのだなぁ。ちと惨めだな」
姫に、男は涙目で訴える。姫は腕を組んで、「う~ん」と考え込んだが、また何時もの笑顔に戻った。
「まぁ、自業自得だな! 沢山歌えて楽しかったろ!!」
男は口からハチミツレモンを吐き出した。そりゃあな。姫は男の反応に涙を流しながら大爆笑する。ドSか。男が必死に首を振ると、姫が首を傾げた。
「何だ、まだ歌いたいのか? 大丈夫、そのうち治るだろうて。その感じなら一週間くらいには」
男は更に首を振った。一週間後じゃ意味無いんだもんなぁ。
「彼は明日までに歌いたいみたいですよ。何せ、明日が特技大会ですから」
「ふぅーん。大会前日に喉壊すような奴、たかが知れていると思うけどな。逆に良かったんじゃないか? 当日ブーイング受けなくて」
心のナイフが男に刺さった。彼の為に敢えて直接は言わないが、確かにたかが知れた歌唱力だった。素人に毛が生えたくらいの。
「~っ!!!」
声にならない怒りをあらわにし、男は食事の間から出て行った。やれやれ。やるせないこの面倒さ。首を回し、ポキポキと音を鳴らす。
「姫、大会を開いたのは貴方なのです。発言には注意して下さい」
「うむ? 何か変なこと言ってたか?」
目を見て言われたので、改めて姫の言葉を思い返した。う~ん。……言って無かった、かな?
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