二:争い(ニ)
十人全員気絶させるまで、かかった時間は三分半。少々遅い。
僕は遅れた時間を取り戻そうと剣をしまって姫の元へと駆け寄った。だが、なんと彼女はゴツゴツとした装飾の付いた橙色のドレスを脱ぎ、そのやわ肌を露わにしていたのだ。
「姫、一体何を」
「折角ここで兵士を全殴り出来たのだ。ここで一度身内に化けておいた方が良いだろう」
成程、考えている。エロス様と彼女が兄妹と言うのが、少しだけ実感出来た。……だが、一国を従える王ならば、肌色のブラジャーは止めておいた方が良かったのでは。品格を問われる。地肌の上から兵士の頼りない甲冑を着ると、十人の中の親玉の被っていた甲冑を被った。甲冑の隙間から肌が見えている。狙われないように気を配らないとならないな。僕も甲冑を急いで着ると改めて馬に乗り、姫の合図で馬はまた走り出した。
… … …
馬で、イリス国とは対照的に活気のある城下町を駆け抜ける。門番が怪しげに見るので、僕達は馬から降りた。姫が話すと怪しいだろう。代わりに僕が話しかける。
「さ、先程、此方の方へと姫が向かってくるのを見かけました!!」
「本当か! 早く行け、王にお伝えするのだ!!」
門番は僕達を信じ込み、城への扉を開いた。僕達は馬を預けて走っていく。馬を辺に外で待たせておけば、何時敵に狙われるかわからない。森を隠すならば森の中。馬を隠すならば馬のなかである。廊下を駆け抜け、王室の前の門番にも同じことを伝えた。ここの室内には兵士は八人か。最悪の場合は……。
「そうか。御苦労。私が伝えておこう」
やっぱりそう来るか。けど、それじゃあ困るんだ。剣を抜き、背を向けた門番へと剣の持ち手の先を勢い良く突く。その瞬間相手の甲冑が僅かに浮くと、それを掴んで投げ飛ばし、頭に一発拳を入れる。門番の男は白目を向いて倒れた。
「き、奇襲だー!!」
もう一人の門番が、叫んだ。その瞬間、王室の扉が開き、王室から沢山の兵士達が現れた。こっちこんなにいたのか。数にしてみれば、恐らく五十以上はいる。もう無理かもしれないが、悪あがきはしておこう。姫の前に立ち、剣を振った。
一、二、三人と倒していったが、一気に五人の攻撃を避けた直後、隙を突かれて兵士が数人がかりで僕を捕まえた。同様に、イリス姫も二人の兵士に腕を掴まれている。それぞれの首の前に、兵士が剣を向ける。今思えば、どうして二人だけで乗りこんでしまったのだろう。幾ら向こうの国が危ういとは言え、もう数人は連れて来ても良かったかもしれない。途方に暮れていると、隣で拘束されているイリス姫が声を出した。
「……ウラノス殿、もうこのような争いは止めにしてくれないか」
王座に足を組んで偉そうに座っているのは、壮年の白髪交じりのおじさんだ。アレがウラノスか、少し弱そうだ。兵士の数で助けられているが、直接戦ったら多分姫でも勝てるのでは無いだろうか。
「悪いな。アンタに罪は無いが、勝つ為なんだ。少しでも場所と人が欲しい。投降してくれるかね?」
「投降と言う選択肢があるのならば、初めから民を狙わないで頂きたい。それにな、本当に勝ちたいと言うのならば、こんな多くの人々を利用せず、自分の力で戦え。そうは思わないか?」
姫の言葉に、ウラノスは言葉を返さない。王室に、張り詰めた空気が居座っていた。
「……もう止めてくれないかね。そのかわり、そなたの好きなガケメロンをたーんとやるからっ!!!」
最悪だ。張り詰めていた空気が凍った。数秒後、兵士達はカチャリと音を立てて姿勢を整え、僕や姫の首周りに、四方八方から剣を伸ばした。だが、ウラノスは片手を伸ばすと、「止めなさい」と冷静に言い放った。兵士達はどよめきながらも、ゆっくりと剣を下ろす。ウラノスはそのままイリス姫の元へと歩み寄っていくと、その顎を指先で掴んで持ち上げる。イリス姫はニヤッと笑って見せた。ウラノスも同様にニヤリと笑う。持ち上げていた手を突き離し、イリス姫は後ろに尻もちをついて倒れ込んだ。その様を見て、ウラノスは大声で笑った。
「馬鹿馬鹿しい! ……だが、そこまで言うのならば条件をのんでやろう」
始め、予想だにしていなかった言葉で驚いた。しかし、ウラノスは発言した直後に、部下へと、「戦は止めだと伝えてこい!!」と命令したのを見て、これは本当の出来ごとなのだと理解した。姫は立ち上がり、僕を抱きしめて喜んだ。
「やったぞ!」
ああ、良かった。確かに良かった。
だが、この先まだ、僕達には役目が残っているのだ。辛く、苦しい役目が。
… … …
馬を返してもらい、二人で城下町へと急いだ。その道中、泣き崩れる女性を見つけた。きっと、立ち向かった兵士の妻だったのだろう。姫の表情が暗くなった。女性が姫の存在に気付くと、姫へと歩み寄って姫を殴った。僕は驚きながらも、女性の手首を握って動けないようにした。それでも、女性は僕の肩から顔を出し、姫へと声を荒げる。
「貴方の所為よ! 貴方が何も考えずに遊んでいる所為で、旦那は死んだのよ!!」
髪を振り乱して、女性は叫んだ。涙を流しながら。それに加わる様に、民は姫へと不満をぶつけだした。彼女は何も悪く無いのに。今ならば、エロス様の気持ちが少しだけ分かる。姫の方へと視線を向けると、姫は俯いていた顔を上げ、厳しい顔つきで言った。
「恨みたければ恨むがいい。しかし、それでは前になど進めぬぞ。辛くても笑え。笑って、前を向いて生きていくしかないのだ。己等(おのら)が愛する人の為にも」
イリス姫はそう言うと、深く頭を下げて城へと戻って行った。不器用な、彼女なりの懺悔の気持ちだったのだろう。彼女は、兄同様にちゃんと考える人間なのだ。考えて、考えすぎてしまう程の。だから、本当は気付いていたはずだ。彼女に怒りをぶつける彼等が、やり場のない苦しみを彼女にぶつけているだけのことも。彼女は、真相を伝えずに、敢えて彼等の怒りの矛先となったのだ。僕には到底出来ないだろう。僕は女性から手を離し、姫同様に頭を下げた。そして、彼女を追って城内へと駆けて行った。何の言い訳もしなかったイリス姫を、いなくなってからも野次を言う人間は誰もいなかった。
… … …
幾ら小さな国と言えど、噂は広まるのが早い。それも、終戦の話なのだから余計にだ。城下町の掲示板を見た民が、噂に噂を広げた。その所為か、今日は何やら手紙が多い。
「何だこの手紙は。パーティーの誘いなら断るぞ」
姫は嫌々ながらも手紙を開いた。始めは眉間にしわを寄せていたイリス姫であったが、徐々にその表情が変化していく。強張っていた顔が、弱々しくなっていった。気になってしまったので、悪いと思いながらも隣から手紙を覗く。
手紙には、何の皮肉も無い、ただ純粋なお礼と、謝りの文章が書かれていた。そうか、彼女達もあの掲示板の話を聞いたのか。姫と僕は手紙の入った箱ごと持って寝室へと移動し、一枚一枚ゆっくりと文章に目を通して引き出しの中へと詰め込んで行った。読み終えた頃には、引き出しの中はパンパンだ。気持ちの整理がつかないのか、姫は椅子にもたれかかると、しばらくぼぅっと天井の照明を見つめていた。
「姫、大丈夫ですよ。皆、前へ向いて進もうとしているのです」
「モモロン……」
しばしの沈黙の後、姫は片手を天井へ向けて突き上げ、ベッドから立ち上がって僕を見る。
「それじゃあ行くぞモモロン!」
「行くって、城下町ですか?」
ってんなわけ無いか。彼女はわざわざ称えられに行くような人間ではない。案の定、姫は首を横に振った。でも、じゃあ何処へ?
「条件があっただろう。ガケメロンを差し出すと言う!」
「はい。でも、それは普通に取り寄せれば……」
「そなた、もしやガケメロンを知らぬのか!?」
姫は愕然として僕を見る。ガケメロン? 崖に生えているメロンだと言うことと、とても甘くて美味だと言うことは知っているが……。それの他に何があると言うのだろうか。姫を見る。
「ガケメロンはな、取り寄せ不可なのだぞ? だから、アイツは部下に取りに行かせるのだ」
「取り寄せ不可? でしたら、弓矢を使えば」
「そんなの無理じゃ! アイツは俊敏な動きに強い。矢など放てば、絶対に避けられる!!」
え、攻撃を避ける果物って何? そんなメロン、食べられるのか? 考える僕をよそに、イリス姫は僕の手を掴んだ。
「行くぞモモロン! 我等でたくさんのガケメロンを採りに行くのだ!!」
僕は意気込む彼女に何の返答もしなかったが、そんなことを気にする彼女ではない。答えない僕を勝手に行くものと認識すると、僕の手を引いて城内を駆け抜けた。
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