第208話焦燥と安心
282日目
日が昇りだした頃、使者の役目を引き受けた捕虜の貴族とその従者に金と食料を渡し、ソパニチア王国に捕虜の件、今後の不可侵などが記載された書状を持たせ出発をさせます。
「なあ武内、あの貴族、裏切って、というよりそのまま自分の領地に戻って書状を届けないって事は無いよな?」
「まあその可能性は無くは無い、だけど自分の家臣も捕虜になってるし、他の貴族の家臣たちも捕虜になってるから、自領に戻って何事も無かった風には振舞わないだろう、再度こっちが使者を出したら逃げたのバレるし、そうなったら周りから冷たい目で見られるだろうしね」
「まあそうだな、じゃあ後は返事待ちって所か」
「そう、だから自分はプレモーネに戻るから、返事を持った使者が来たら呼んでくれ」
「おい! あとは丸投げかよ!」
「いや、だってソパニチア王国の首都まで急いでも1週間、って事は最低でも返事が来るのは2週間後だぞ? 日本への帰還とか色々と忙しいからここで2週間近く待機する暇は無いよ」
「まあそうだよな、最低でも2週間か…。 長いな」
「ていうか砦には3千程残して後はキャールに戻ればいいじゃん、一応ゴブリン千匹は残しておくから、合わせて4千もいれば十分だろ?」
「俺もキャールに戻って大丈夫か?」
「大丈夫だろ、なにかあれば通信魔道具で連絡が出来るし、下手に捕虜奪還の為に攻込んで来たら捕虜を人質にすればいいんだから、守るのは簡単でしょ」
「お前、意外とえぐいこと言うな…」
若干引き気味な土田ですが、キャールに戻って旧ウェース聖教国領の復興作業の指揮を執りたかったのでしょう、兵士を残してキャールに戻る手配を始めます。
砦に残すゴブリンは、ハンゾウを指揮官に千匹のゴブリン率いさせ、残りは二ホン砦に戻します。
転移魔法で二ホン砦にゲート開きゴブリン達を移動させ、その後、プレモーネにドグレニム領兵を送り届けます。
バイルエ王国兵は、一応ロ二ストさんにどうするか確認をしたところ、2千人だけ戻して残りの兵は暫く砦とキャールの町に駐屯させるとの事でしたので、負傷兵を中心に2千人をバイルエ王国へ送り届けた後、月山部長と共にプレモーネに戻ります。
プレモーネに着くと、月山部長と共に領主館に向かいグランバルさんに戦争の様子を報告します。
大規模な戦闘の割にはドグレニム領兵の死者は2百人弱という事もあり、報告を聞くグランバルさんも少しホッとしたような感じの印象ですが、やはり遺族へ支払う慶弔金など頭の痛い事が続くと愚痴っていました。
まあ2百人弱だったとはいえ、その遺族への対応やら兵の補充やらやる事多いですもんね。
とりあえず報告を済ませ、月山部長と別れ自宅に戻ると日本と繋げるゲートのサイズを広げる為の補助魔道具制作にあたります。
明日、月山部長と次の帰還をどうするか話し合いをして希望者を募らないといけないし、遺跡の調査もしに行きたいし、やる事が多すぎるな。
283日目
朝食を済ませ相談所に向かうと、そこには既に先客があり、どうやら日本への帰還を直談判しに来たような雰囲気です。
「おはようございま~す」
何も知らないふりをしながら相談所の入ると直談判をしていた人達が一斉にこちらを見たと思ったら今度は自分を囲んで日本へ帰すよう直談判を始めます。
「おい、次は俺を帰してくれ!」
「お願い、私を日本に帰らせて、夫が待ってるの」
20人ぐらいに囲まれ、口々に懇願をしてきますが、まずは日本の受け入れ態勢、それに最低1ヵ月以上の隔離を承諾しないと帰還出来ないんですが。
「と、とりあえず落ち着いてください。 まず日本に帰還するのはゲートを通れる体格の方に限られますし、日本に戻っても検疫の為、1ヵ月以上隔離ですが、それはご存じなんですよね?」
「ああ、そんな事は知っている。 私だってあのゲートの大きさならくぐれるし、検疫の為の隔離だって受け入れる」
「そうよ、検疫の為の隔離なんか構わないわ、それよりもここに居たら、戦争に巻き込まれる可能性が高いじゃない、だったら戦争になる前に日本に帰して」
そう言って、直談判をしに来た人達は戦争になる前にと言いながら詰め寄ってきます。
皆さん、どうやら先日の戦争が終結したのを知らずに、戦争になる前に日本へ帰りたいと言った所のようです。
「あの、とりあえず、情報がまだプレモーネに行き渡ってないようなのですが、戦争は侵攻してきたソパニチア王国軍が大敗して数万の死傷者と捕虜を残して自国に逃げ戻りましたよ?」
詰め寄っていた人達の顔が一瞬フリーズし、その後、自分の伝えた情報を頭の中で咀嚼して理解をしたのか、自分を囲む人達の圧力が弱まり、そして、安堵したような表情になります。
「攻め込んで来た6万5千人ほどのうち、2万5千人近くの死者が出てますし捕虜も1万5千人程居ますんで、攻め込んで来た兵の半数以上失った状態ですし、今は捕虜の引き渡しの交渉をしている所で、捕虜の返還にあたっても金銭を要求するんで、人的にも金銭的にも再侵攻はありませんよ」
そう自分が言う、一同が確認の為か月山部長を一斉に見て、月山部長が頷き肯定すると、
「なんだ、じゃあ急ぐ必要はないんだな…」
などと口々に話しながら、皆さん相談所を後にしようとします。
「いや、日本の帰還ですが、日本政府に確認して受け入れ態勢整えてもらったらすぐにでも実施しますけど…」
「いや、戦争が終わったなら、わざわざ隔離されてまで日本に戻らなくてもな~」
「そうね~、日本には戻りたいけど、今戻っていつまで続くか分からない隔離生活送るより、落ち着くまでこっちに居た方がね~」
なんか先程まで日本に帰らせろと殺気だった皆さんは、戦争の脅威がなくなったと知った瞬間にもう暫くプレモーネにとどまる気になったようです。
気持ちは分かるんですがね、それにしても態度変わり過ぎじゃない?
まああの完全防護服で出迎えられる姿を見たら少し様子を見ようって感じなのかもしれませんが。
そんな感じで続々と相談所を後にしていく人達ですが6人程が相談所に残り、日本への帰還を希望します。
「それじゃあ、残った6人の帰還に向けた受け入れ準備の依頼をしますんで、夕方にでも再度相談所に来てください、その時にいつ帰還をするか政府と話しをしておきますので」
そう伝えると、帰還希望者は頷き相談所を後にしていきます。
「武内君、朝から騒ぎに巻き込んでしまってすまないね」
二人だけになった相談所で、コーヒーを淹れつつ月山部長が苦笑いを浮かべながら声をかけてきます。
「まあ戦争になるとの噂が広まって皆さん巻き込まれるぐらいならと言った感じだったのでしょう。 仕方ないですよ」
「確かにそうだな、日本に帰れる目途が立ったのに戦争だなんて言ったらすぐにでも安全な日本に戻りたいと思うのは当然か…」
淹れたてのコーヒーをテーブルに置いてソファーに腰掛ける月山部長ですが、やはり日本政府の反応が気になるようで幾つか質問をしてきます。
主に日本政府としては帰還者が増える事は望んでい居る事なのか? と言う疑問ですが、その辺は分からないという事で納得して貰います。
実際日本政府も、いざ異世界に転移させられた人が戻ったとなっても、マスコミやSNS、そして諸外国などへの対応があるので本音の所は分からないの一言になってしまいます。
とは言え政治家なんかは、異世界からの帰還を道具にして支持を得ようと企むかもしれませんが、そうなると官僚の人達は政治家に振り回される形になるでしょうから、そう意見はまとまらないでしょう。
とりあえず暫く雑談をした後、日本にゲートを開き、帰還者の話を進める為に、補助魔道具を用意し、ゲートを開きます。
うん、実は昨日改造したから多少はゲート広くなったんだよ。
大体55センチ四方に…。
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