大人気ゲーム、その業界裏事情−3
韮山氏の会社『アーズテック』は、若手の有志プログラマーたちが大手ゲーム会社からスピンアウトして設立した新進気鋭の会社なのだそうだ。結果として、彼らの処女作ルーンは爆発的な売れ行きを見せ、彼らは充分に初期投資を回収し、回転資金を確保することが出来た。となると、次に彼らが求められるのは『次回作』である。過去、一発屋として消えていったゲーム会社やゲームデザイナーは数知れない。ゲームメーカーを『利益を生み出す会社』として評価した場合、『安定した良質な作品を、定期的に供給するメーカー』こそがもっとも優れているのである。そういった意味では、初回のルーン以上にこの『セカンドエディション』は外すわけにはいかない作品なのだ。
すでに新ルールは作成済。開発スケジュールによると、残るは追加カードとフィギュアの製作で、今週末の東京ゲームフェスにて量産試作をお目見えさせる予定だったのだそうだ。
「ただプレス発表するというだけではありません。これは我々が『スケジュールどおりにきちんと作品を供給できる会社である』ことの証明でもあります。スケジュールを守れるという事は、今後銀行からの融資を受けるための信用や流通への販路にも関わる、非常に重要なものなのです」
業界を席巻するメガヒットを送り出したと言っても、あくまでも創業間もないベンチャー企業。その経営状況は、まだまだ決して楽観出来る物ではないのだという。
「カードの方は問題なく完成しました。フィギュアはすでにデザインが上がっていたのですが、金型の作成に手間取りまして」
フィギュアというものを量産するには、溶けた樹脂を固めて成形するための金属の『型』が必要となる。この金型の出来不出来が、それによって作られるフィギュアの質を決定し、その製作には、今なお職人の技術とカンが欠かせないのだそうだ。しかも、金型一つを造るのに数十万円から、ものによっては数百万円の費用がかかる。品質面でも金銭面でも、絶対に失敗が許されない工程なのだ。
「最近は中国や韓国で直接金型を製作するメーカーも多いのですが、我々は原型師の精密な造詣をなるべく再現するため、すべて日本で型を製作しております。懇意にしている金型メーカーと何度もテストショットを繰り返して、ようやく満足の行くものを仕上げることが出来ました。あとはその型で正式に試作品を打ち出せば、フェスには充分間に合うはずだったのです。しかし……」
夜までかかった金型の調整を終え、やれやれと胸をなでおろして帰宅した韮山さん達アーズの面々は……翌朝、夜のうちに何者かによって金型が盗み出されたという、金型メーカーからの悲鳴混じりの電話で叩き起こされることとなったのだ。
韮山さん達は大慌てで警察に届け、また自分たちでも捜索を行った。しかしその行方は杳として知れず、ただただ時間ばかりが過ぎていった。そんな時。
「このままではいよいよフェスに間に合わなくなるという瀬戸際で、知り合いの社長から『本当にどうしようもないならダメもとでここに頼んでみろ』と紹介されたのが御社――フレイムアップさんだったのです」
韮山さんはそう言って、おさらいを締めくくり、深いため息をついた。
――そして、その依頼からさらに二日が経過した今日。まさに『金型を取り戻さないと本当にもう間に合わないデッドライン』になって、ろくな前情報も与えられずいきなり当事者として
「調査結果から報告しますと」
おれは手元の任務概要をみやる。この任務概要――おれ達は冗談半分に
「金型を盗み出したのは、高度に組織化された窃盗団です」
おれはワイドショーでも有名な、ある大陸系の窃盗団の名前を上げる。
「しかし、今回彼らは金型を盗んで売りさばく、というつもりではなかったようです」
「……と、いいますと?」
「彼らは報酬で雇われた。つまり計画犯は別にいる、ということです」
韮山氏は目を細めた。意外な回答ではなかったのだろう。では一体誰が、と力なく問う。
「我々の調査では、計画犯は大手総合アミューズメント企業『ザラス』。そして問題のフィギュアは『ザラス』日本法人本社の地下金庫に保管されている可能性が極めて高いのです」
おれは続ける。
「今回改めて事務所にお越しいただいた理由は一つです。韮山さん。現時点で取り得る手段は幾つもありません。我々がザラス本社地下金庫から金型を強制的に奪還することを、クライアントとして承認していただきたいのです」
それを聞いた韮山氏はしばし沈黙し、やがてまた深々とため息をついた。
「ザラス、ですか。彼らはまだ僕たちを許してくれないのか……」
おれは真凛にコーヒーのお代わりを持ってくるよう頼んだ。少し長い話になりそうだった。
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