第82話 光の正体
翌日の早朝。マリーは、自然と目を覚ました。久しぶりによく寝たので、身体が固まっていた。
「う~ん……」
サイラ達を起こさない様に起き上がったマリーは、身体を伸ばしながら外に出ていく。
「……当ですか?」
「はい。先程、後方拠点から伝令が飛んできました」
外に出たマリーの耳に届いたのは、指揮官とカレナの会話だった。
「どうかしたんですか?」
マリーが話しかけると、二人はビクッと肩を揺らした。
「マリーさん、いつからそこに?」
「ついさっきですけど、聞いちゃ駄目な事でしたか?」
「そうでしたか。いえ、結局はマリーさんも知らないといけない事ですから。昨日の光を覚えていますか?」
「空に打ち上がったやつですよね? はい。覚えてます」
「あの光によって、国王陛下が崩御されました」
カレナの報告に、マリーは目を丸くする。だが、それだけで、それ以上に慌てるなどという事は無かった。
「さすがは、大賢者様のご息女ですね。凄い落ち着きです」
国王の崩御という知らせに、全く動じないマリーに、指揮官は感心する。指揮官が、この知らせを聞いた際には、何度も聞き直していた。だが、一向に変わる事のない報告にようやく事実を受け入れる事が出来た。
「いえ、それほどでも」
マリーは、内心かなり喜んでいた。これで、自分の命が狙われるという事がなくなったからだ。だが、それを表に出したら、確実に不審がられる。そうして表情に出さないようにした結果が、今のように落ち着いたような状態だった。
「でも、あの光でどうやって?」
「どうやら、王城の一画を吹き飛ばしたらしいです。ちょうど天辺辺りでしたので、国王陛下の居室もまとめて……」
「なるほど。それで、これからどうするんですか?」
国王が亡くなった事で、今後の戦闘に影響が出るとは思っていなかったが、万が一があるので、マリーも確認しておくべきだと判断した。
「変わりません。私達は、ここを死守します。国王陛下は亡くなられましたが、まだ国民は生きていますので」
「私は、あの光の発射地点に行きます」
「えっ!?」
カレナの言葉に、マリーは思わずカレナの袖を掴む。
「いくら先生でも危険なんじゃ!?」
「そうですね。ですが、あの位置から王城までを射程範囲に収めるような魔法です。ここも範囲内に入っています。魔力の溜めに時間が掛かるとはいえ、相手の切り札である事は間違いありませんから」
「でも……」
散々魔族の恐ろしさを味わったマリーは、その真っ只中に突っ込むと言うカレナを心配する。敬愛するカレナが亡くなるところなど見たくもなかった。
そんなマリーの頬を、カレナが両手で包む。
「大丈夫です。マリーさんも、私の強さはご存知でしょう。それに、私は、皆さんを守る義務がありますので。マリーさんの脚を守れなかった分、命は守りたいですから。大変になるかもしれませんが、この場は任せます。本当は、戻って欲しいですし、危険なのでやめて欲しいですが、コハクさん達にも手伝って貰ってください。大怪我はしないように」
「先生……凄い無茶言ってます……」
「生徒に出来ない事は言いませんよ。今のマリーさん達なら大丈夫です」
カレナは、最後にマリーの頭を撫でると、塹壕を出て行った。この行動は、指揮官も了承済みだった。寧ろ、ここでカレナを出さなければ、本当にここも標的になるかもしれないので、出さざるを得なかった。
「勇敢な先生ですね」
「頼もしいですけど、心配は心配です」
少し顔を伏せていたマリーだが、すぐに自分の両頬を叩いた。いきなりの事だったので、指揮官も驚いていた。
「先生がいない分、頑張らないとですね。色々とやりに行ってきます」
「あ、はい。お気を付けて」
マリーは、カレナの期待に応えるべく、魔族から剥ぎ取った鎧の元に向かった。
「あっ、ちゃんと洗ってくれてる」
血などが洗い流された鎧を金属部分と皮の部分で分けていく。金属部分の方は、丁寧に分解して、使い回せる部品は、そのまま残しておく。
(取り敢えず、いつでも作れるように準備はしておかないとね)
そんな事を考えながら作業をしていると、マリーの横にコハクが座った。
「おはよう」
「おはよう。手伝う?」
「良いの? ありがとう」
コハクもマリーの作業を手伝って、鎧の分解を始める。しばらく無言で作業を続ける。
「そうだ」
「どうしたの?」
「後で知らされるかもしれないけど、国王が亡くなったの」
「えっ!?」
マリーが出した話題に、コハクは目を剥く。
「さっき後方から報告があったみたいだよ。多分、補給部隊を止めていた命令も消えたんじゃないかな? 国王がいなくなったら、従う理由もないし」
「それだったら、援軍も来るんじゃない?」
マリーの話から、コハクはその可能性に気付いた。それを聞いて、マリーもその可能性があると気付く。
「ああ、確かに。色々な気持ちの変化で、気が付かなかった」
「まぁ、マリーからしたらね。そういえば、ソフィとか先生は? もう起きてそうなものだけど」
「ソフィは、森に近いところで、警戒中。先生は、あの光攻撃の元を断つために、向こうの陣地に向かっていったよ」
「えっ!? さすがに、先生とはいえ、危険じゃないの!?」
「私だってそう言ったけど、先生が大丈夫っていうんだから、信じるしかないじゃん? あっ、それと先生から、コハク達も戦場に出て良いって。大怪我しないなら」
カレナから言われた事を、コハクに伝えると、コハクは困惑したような表情になる。
「もの凄い無茶を言われた気がするんだけど……」
「本当にね。でも、先生は、私達に出来ない事は言わないってさ。先生も私達を信じてくれているんだから、頑張らないと」
「だから、張り切っているわけね。まぁ、気持ちは分かるけど」
「でしょ?」
そんな会話をしていると、アル達も部屋から出て、マリー達の元に合流した。そして、マリーは、コハクにもした話をアル達にする。この中で一番驚いていたのは、リリーだった。それも当然だろう、リリーにとっては、父が死んだと言われているのだから。
「そんな……」
リリーには、受け入れる時間が必要になる。例え、愛しい姉を殺そうとしている張本人と言っても、自分の親である事には変わりない。マリーのように、親子の縁など感じていなければ、話は別だっただろうが、リリーはそう割り切れなかった。
「リリー、おいで」
マリーは、作業を中断して、腕を広げる。その中にリリーは収まりながら声を殺して泣く。マリーは、その頭を撫で続けた。
「陛下の事もあるが、先生も心配だな。あれだけの強さとは言え、向かう場所は敵地のど真ん中だ。先生と言えど、怪我をする可能性はあるだろう」
「そうだね。それに、コハクさん達も戦力になれるとしても、先生の抜けた穴は、かなり大きいよ。この部分をどう対応するかが問題になると思う」
アルとリンは、国王の訃報よりも現状の心配をしていた。その方が現実を見ていると言える。
「それなら、色々と考えてる事があるよ」
マリーは、リリーを慰めながらそう言った。
「何だ?」
「私の短剣を量産する。魔力をある程度注いでおけば、自動制御で動くから、一時的に戦力を増やせると思うの。でも、動力炉を付けられないから、本当に一時的だけどね」
「どのくらい作れる?」
「今は、二百本ぐらい作ったかな。義肢とかの傍らだから、結構少ないけど」
マリーの言葉に、アルは呆れて声も出なかった。他の皆は、口をあんぐりと開けていた。
「それは、少なくないだろう」
「そう? ハンマーにも自動制御を付けたら、結構簡単だよ?」
「つまり、お前にしか出来ないって事だからな?」
「う~ん……まぁ、確かに……」
これには、マリーも思わず納得してしまった。自動制御は、剣舞、剣唄に並ぶマリーの自信作なので、そう簡単に真似されて欲しくはなかったからだ。
「それはともかく。ザリウス先輩からも、これは使えるってお墨付きを貰ってるし、結構良い案ではあると思うんだ。使い時の見極めが難しいけど」
「そうだな。一時的にという話だが、具体的にどの程度の時間なんだ?」
「大体十分かな。個体差があるから、全部一斉に落ちる事はないよ」
「そうか。なら、魔族がこれまで以上に攻勢に出た直後に使うのが良いだろうな。これまでの最大人数は?」
「う~ん……四百辺りだったかな」
「そうか。基準は、五百以上とした方が良いだろうな。少し指揮官と話してくる。このことは、きちんと話してはいるんだよな?」
「うん。資材を使う関係上ね」
「分かった」
指揮官の下に向かうアルの後を、リンも追った。騎士団の出という事で、自分も意見を出せる箇所があるかもしれなかったからだ。
「そういえば、私達も戦う事になるんだよね……?」
アイリは、少し声を震わせながらそう言う。これから始まるのは、これまでの魔物相手の戦闘や闘技場での模擬戦とは違う。人の形をした者との正真正銘の殺し合いだ。恐怖を感じないわけがない。
「そうだね。基本的に、アイリは後方から魔法で攻撃してもらうか、防御に徹して貰う事になるかな。闇魔法が得意だし。気を付けないといけないのは、コハクとセレナだからね。接近戦は特に危険なんだから。相手の動きは、これまでに相手したのとは全く違うからね」
「分かってる」
「正直、自信ないんだけど」
珍しくセレナから弱気な言葉出て来た。その理由は、マリーの脚にあった。あれだけの強さを誇ったマリーでさえも、ここまでの大怪我をしてしまう戦場と知り、臆してしまったのだ。
「セレナなら大丈夫でしょ。速いし」
「鼓舞するなら、もっとちゃんとして欲しいんだけど!?」
「手足なら、無くなっても作ってあげるよ?」
「それで安心すると思うの!?」
「仕方ないな。割引にしてあげよう」
「それは、どうも……って、はぁ……何かマリーの相手をしてたら、どうでもよくなってきたかも」
「えっ、それって良い意味? 悪い意味?」
マリーとしては、しっかりとフォローをしていたつもりだったが、思っていた反応と違ったので、少し心配になっていた。
「良い意味。緊張感とが薄れたって事。取り敢えず、自分の持てる力を尽くすよ」
「そっか。リリーは、お留守番かな……」
「私も行きますわ!」
リリーは、がっちりとマリーにしがみつきながら、そう返事をした。
「えぇ~……でも、こんな状態のリリーを連れていけないよ」
「私なら大丈夫ですわ! 正直、まだ悲しさはありますが、いずれは乗り越えねばならぬものです。それが早いか遅いかの違いですわ!」
涙を拭ったリリーは、マリーから離れて、毅然とした態度でそう言った。それを見たマリーは、満足げな顔で頷くと、リリーの頭を優しく撫でる。
「リリーは強いね。でも、一つだけ約束して。これは、コハク達も同じだけど、絶対に無理をしない事。私は、誰にも死んで欲しくないから」
マリーの言葉に、コハク達は黙って頷いた。多くの死を見てきたマリーの言葉だからこそ、コハク達にも響くものがあった。コハク達は、全員同じ考えを持つ。これ以上、マリーに悲しい思いをして欲しくないという考えを。
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