第7話 入学式

 入学式当日の朝、マリーは、新品の制服に袖を通した。この制服には、いくつか魔法陣が刻印されており、その一つが自動調整と呼ばれる魔法陣だった。自動調整は布と糸で作られた服などに刻印する事で発動する。装着者の体格に合わせて、服の大きさなどが変わるという効果だ。

 マリーは、紺色の制服を着て、姿見の前でくるくる回る。回転に合わせて、スカートがふわっと膨らむ。


「この制服……可愛い!」


 マリーは、満面の笑みを浮かべる。そのまま一階にある食堂に向かう。


「お母さん! 見て見て!」


 マリーは、食堂でお茶を飲んでいるカーリーに制服を見せに向かう。


「似合っているじゃないか。可愛いよ」

「にひひひ」


 マリーはカーリーに褒められ笑みを深める。そんなことをしていると厨房からお盆を持った制服姿のコハクが出てきた。


「マリーにやけてないで、席に着いて。もうご飯にするよ」


 マリー達は、ローテーションでご飯を作っている。昨日はマリーで、今日はコハク、明日はカーリーの番となる。これは、カーリーの修行の一環で必要最低限の家事は出来るようにするというものだ。おかげで、普通の料理ならある程度作れるようになっている。

 三人でご飯を食べた後、揃って学院に向かった。保護者であるカーリーとは、入り口が違うので、途中で別れる事になった。案内板に従い、Sクラスの待機場所まで移動する。そこには、アルと他に四人の生徒がいた。


「アルくん、おはよう」

「アルさん、おはよう」

「マリー、コハク、おはよう」


 全員知らない人なので、取り敢えず、アルのいるところに向かう。


「これで全員なのかな? こうして見ると少ないね」

「ああ、名簿に書かれていた人数通りだからな。少ないと言うが、Sクラスに配属される者の希少性から考えて、ここにいる七人でも多い方だぞ」

「そうなんだ。でも、人数が少ないと、ちょっと寂しいね」

「確かに。他のクラスだと、何十人もいるわけだしね」


 そんなことを話しているうちに、入学式会場への案内人がやって来た。案内人について行くと、体育館のような場所まで来た。中に入るとたくさんの人で埋め尽くされている。席を埋めているのは、保護者とマリー達の先輩、そして先に入場した新入生のようだ。その皆の視線が、マリー達に向けられる。


『あれが、今年のSクラスか』

『去年よりも多いわね』

『やっぱり、騎士の家系はSクラスか』

『あの白髪の奴って、カストルに勝った奴か』

『八百長って噂もあるぞ』


 色々な声が、辺りから聞こえてきた。マリー達が自分たちの席に座るとその声も無くなった。

 それを確認した後、司会の先生がマイクを持って少し前に出て来る。このマイクは、カーリーが作ったもので、専用のスピーカーと組み合わせて発動する拡声器の役割を果たしている。


『これより、サリドニア王立学院の入学式を始めます。まず、はじめに、アルバナム・トル・サリドニア国王陛下のお言葉を賜わせて頂きます。陛下、よろしくお願いします』


 司会の先生が下がり、豪華な服を着た人が壇上に上がっていった。

 国王からの言葉と聞き、マリーの表情は動かないが、目付きだけが鋭くなる。


(あれが、国王……私を捨てた親か。直接見たら、何かしらの感情が湧き出ると思ったけど、何も感じないなぁ。どうでも良いって感じが強いや。まぁ、あの人のおかげでお母さんに会えたと考えたら、感謝の方が強くなりそうだけど)


 マリーは、国王に対して、全く悪感情を抱かなかった。そもそも自分を捨てた相手と言っても、その時の事を知っている訳では無い。悪感情を抱こうにも、マリーからすれば知らないおっさんとしか思えなかった。

 そんなマリーとは違い、周りの皆は、眼を輝かして見ている。ただ、コハクだけは、(この人が国王なんだ。初めて見た)としか思っていなかった。特に国王を尊敬する話を聞いた事がなければ、こんなものである。

 アルの方は、舞踏会などで会ったことがあるため、特に何も考えていなかった。


「皆、入学おめでとう。今年は、Sクラスが七人と例年と比べて多くなっている。しかし、今、Sクラスで無い生徒でも、昇級の可能性は十分にある。皆、研鑽を積む事を忘れず精進するといい。そして……」


 国王の言葉が不意に途切れた。その事で、会場中がわずかに響めいたが、すぐにまた話し始めたので、それも収まる。


「そして、皆の成りたいものを追いかけるのだ。騎士になりたければ騎士に、冒険者になりたければ冒険者に、職人になりたければ職人に、皆が成りたいものを追いかけ目指せ! この学院は、そのような皆の背を押すためにあるのだから!」


 国王は、それだけ言うと、壇上から降りた。その際、Sクラスの方を一瞥する。国王の言葉が途切れた理由。それは、Sクラスの席に、白髪赤眼のマリーを見つけたからだ。

 十四年前に捨てたとはいえ、マリーの白髪と赤眼は、特徴的な容姿だ。さらに、今年で十四歳という点でも同じなので、国王もマリーが、自分が捨てたマリーナリアだと気付いてしまった。森に捨てたはずの娘が、この学院にいる。そのことに動揺したのだ。


(何故、マリーナリアが、ここにいるのだ。森に捨てさせたはず……まさか、生き残ったのか!? あの後、確認に向かわせたものからは、赤い血と入っていた籠だけが置いてあったと聞いた。もしや、あれ自体が間違いだったのか!? ええい! マリーナリアの目的は何だ!? いや、まさか……!?)


 国王は深く考えていたが、マリーには、国王に何かしようという気はさらさらない。完全に、国王の杞憂だった。国王が去った事を確認した司会の先生が、式を進行する。


「素晴らしいお言葉に感謝致します。続いて、学院長の言葉です。ガルディア学院長、よろしくお願いします」


 無精ひげを生やした男が壇上に上がる。


「俺が、この学院の学院長のガルディア・サルバナムだ。よろしく頼む。今年は、優秀な生徒が何人か入ってきたらしい。この学院は、基本的に実力主義でやっている。上に上がりたくば、実力を示せ! それに足る力を見せれば、上に上がれるぞ。いま上位にいる奴は少しでも実力が足りなくなったら、即刻落とすからな! そのつもりでやれ! 以上だ」


 ガルディア学院長は、粗野な口調だったが、ほとんどの生徒の闘志を燃やしている。だが、マリー達には、そこまでの影響は無かった。基本的にのほほんとした性格のため、あのような発破は、あまり効果がない。


「学院長、ありがとうございました。続いて新入生の言葉。新入生代表リリアーニア・トル・サリドニア様。よろしくお願いします」


 新入生代表として名前を呼ばれたリリアーニア・トル・サリドニアが、Sクラスの席から立ち上がり壇上に向かった。


「てっきり、マリーが代表かと思っていたのだがな」


 マリーの隣にいたアルが小声で言う。


「確かに、私もそう思ってた」


 反対側の隣にいたコハクが小声で返した。


「結果発表の時に、何も言われてないんだから、私なわけないでしょ」


 とマリーも混ざる。そんなこと言っているうちに代表の言葉が始まる。


「皆様、ごきげんよう。わたくしは、リリアーニア・トル・サリドニアと申します。このたび、Sクラスに配属されました……」


 代表の言葉は、前の二人とほとんど同じだった。テンプレートが存在し、それ通りに読んでいるようだ。


「……以上で、私の言葉とさせて頂きます」


 会場から、割れんばかりの拍手が響いた。いきなり拍手が起こったので、マリーとコハクは驚いた


「皆、どうしたの?」

「国王の娘だからな。こうして、ポイント稼ぎをしているのだろう」

「ポイント?」

「玉の輿というやつだ。王族の一員になりたいんだよ」


 王族の一員。その言葉がマリーの心に刺さった。


(王族の一員か……そんなにいいものでもないよ)


 自分が捨てられた経緯は知らないが、捨てたと言う事実から、マリーの王族への印象は悪い。正直なところ、出来れば関わりたくないのだ。


「以上で、入学式を終ります。新入生退場」


 入学式が終わり、Sクラスから退場していった。マリーは、入場の際は見つけられなかったが、カーリーの姿を確認することが出来た。眼が合うと手を振ってくれたので、マリーも手を振り返した。退場後に案内されたのは待機室ではなく、教室だった。


「ここがSクラスの教室となる。後ほど、担任教師が来るので、そのまま待機していてくれ」


 そう言うと、案内の人は教室を出て行った。教室の黒板には、自分たちの席順が貼ってあった。運が良いことに、マリー、コハク、アルは近い席となっていた。


「改めて、よろしくね」

「うん。よろしく」

「ああ、よろしく」


 マリー達が、他愛のない話を始めていると、教室のドアが開いた。


「良かった。ちゃんと席に座っていますね」


 教室に入ってきたのは、おっとりとしている長い茶髪の女性だった。身体のメリハリがしっかりしており、一言で言えば超絶美人だった。


「はい。今日から六年間このクラスの担任を務めます。カレナ・ロスクットです。よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

「では、早速ですが、みなさんも自己紹介をお願いします」


 カレナが振ると、まず初めにリリアーニア・トル・サリドニアが自己紹介を始めた。リリアーニアは、金色の髪を翻す。


「入学式でも名乗りましたが改めまして、リリアーニア・トル・サリドニアと申します。気軽にリリーとお呼びください。話し方も砕けたもので構いませんわ。これから六年間よろしくお願い致します」


 リリーは、長めの金髪を縦ロールにしている。そして、名前にある通り王族なので、青い綺麗な瞳をしていた。

 リリーの自己紹介に、皆が拍手で応える。その後に、次々続いて行く。


「セレナ・クリストンです。よろしくお願いします」

「アイリ・クリストンです。セレナの双子の妹です。よろしくお願いします」


 セレナとアイリは、どちらも赤毛で赤い眼をしている。セレナは肩口までで、アイリは背中まである髪を後ろで一つにまとめていた。


「リンガル・ミル・バルバロットです。リンと呼んでください。よろしくお願いします」


 リンは、青い短髪と青い眼をしている。


「アルゲート・ディラ・カストルだ。アルと呼んでくれ。よろしく頼む」

「コハク・シュモクです。よろしくお願いします」

「マリー・ラプラスです。よろしくお願いします」


 マリーの自己紹介で少しざわめいた。それだけラプラスの名が有名で、カーリーに子供がいるという事実が衝撃的なのかが分かる。


「マリーさんは、カーリーさんと関わりがあるんですか?」


 カレナが、マリーに問いかける。


「はい、娘です」

「そうなの! だから、期間限定で引き受けてくれたのね!」

「?」


 カレナは、納得したように手を合わせ、よく分からないことを言った。


「どういうことですか?」


 マリーが聞き返すと、カレナは首を傾げる。


「聞いていないのですか? カーリーさんは、六年間の期間限定で、ここの教師を引き受けてくれたんです。今まで何回もお願いしていたらしいのですけど、今回、急に引き受けてくれたんですよ」


 マリーとコハクは、眼を合わせる。その反応から互いに知らなかった事が分かった。


「まさか、驚かそうとした?」

「師匠なら……あり得る」


 カーリーの性格上、こうしたサプライズはよくやる方なのだ。なので、二人とも驚きの次に呆れが来ていた。


「ふふ、カーリーさんもお茶目なんですね。はい、今日は顔合わせと自己紹介だけですので、これで解散です。明日からは、通常授業が始まりますので、筆記用具の準備をしっかりしてきてください。それでは、さよなら」


 そう言うと、カレナは教室を出て行った。


「マリー、筆記用具まだある?」

「失礼な。きちんと一昨日買った奴が残ってるよ」

「マリーは、魔道具の図面引いてすぐに切らすじゃん」


 マリーは、コハクの指摘にぐぅの音もでない。


「ははは、コハクの言うことに反論できないとはな」

「むぅ、笑うこと無いでしょ」


 マリー達が話していると、そこに、リリーが近寄ってきた。


「ちょっと、よろしいかしら?」

「……うん、いいよ」


 マリーは、一瞬だけリリーを警戒したが、すぐに平然を装って返事をした。だが、リリーは、その一瞬の詰まりよりも気になる事があったようで、驚いていた。


「どうしたの? リリー?」


 リリーが何も言わないことを疑問に思ったマリーが、呼び掛けると、リリーは、また驚く。


「あの……私、これでも、この国の姫なんですのよ? 普通、そんな風に喋ることが出来ます?」

「え? でも、自己紹介の時に砕けた口調で良いって言ってたでしょ?」

「それはそうですが……ってそんなことはいいですわ。それよりも、マリーさん、あなた大賢者様の娘って本当なんですの!?」

「私達も聞きたい!」


 そう言って、セレナとアイリが寄ってきた。


「僕も聞かせて貰って良いかな」


 リンも同じように話を聞きに来る。


「うん、そうだよ。カーリー・ラプラスが、私のお母さん」

「あの大賢者様に、ご息女がいらっしゃるなんて初耳ですわ!」

「周りに言い触らさない限り、そんなに広まらないと思うけど」


 マリーは、皆の剣幕に押されて少し苦笑いになる。そうしていると、


「マリー、コハク、そろそろ帰るさね」


 教室の入り口にカーリーが立っていた。皆は驚きのあまり固まっている。


「わかった。ちょっと待って。じゃあ、皆、また明日ね」

「またね」


 マリーとコハクは、皆に手を振ってカーリーの元へ向かう。突然カーリーが現れた衝撃が抜けきらないリリー達は、そのまま見送ることしか出来ない。


「友達になれたかい?」

「どうだろう? でも、ちゃんと話す事は出来たよ」

「う~ん、あれはちゃんと話せたのかな?」


 そんなことを話しながら、廊下を歩いていると、


「マリーナリア」


 と言う声が聞こえた。マリーは、それが自分の名前だと知らないので、そのままカーリー達と歩いていく。すると、いきなり肩を掴まれた。


「痛っ」

「なぜ無視する!」


 マリーを掴んでいたのは、この国の王アルバナム・トル・サリドニアだった。マリーが固まると、横から手が出てきて国王の手を払った。


「いきなりなんさね」


 払ったのはカーリーだった。そして、さりげなくマリーを後ろにかばう。


「む、カーリー殿こそ、何のつもりだ。なにゆえ、私の娘をかばう」


 その言葉に顔を強張らせるマリー。そして、驚きのあまり口元を押さえるコハク。


「この子は私の娘さね。あんたの娘は、教室にいるリリアーニアだろ?」

「そうだ。だが、それも私の娘だ。マリーナリア、こちらへ来い」


 マリーは、カーリーの服を掴んで後ろに隠れる。


「親の言うことがきけんのか!」


 国王の怒声が響く。マリーは、カーリーの後ろでゆっくりと深呼吸をする。一度、心臓を落ち着ける。


「国王陛下は、勘違いされています。私は、マリー・ラプラス。カーリー・ラプラスの娘です」


 マリーは、カーリーの後ろから出て、毅然としながらそう言った。マリーの言葉を聞いた国王は、苦々しい顔をした。


「そんなことはない。お前は、私の娘だ」

「いえ、それはありえません」


 マリーは、昨日もらった身分証を出す。


「ここにある通り、私の名前はマリーです。マリーナリアという名前ではございません」


 国王は、さっきよりも顔を歪ませた。


「ちっ! 一体、何をしにこの王都に来たのだ!? 貴様を捨てた我々に、復讐でもする気か!」


 国王は声を張り上げる。その声を聞きつけた人が、遠巻きにマリー達の方を見て、何も見ていないという風に逃げていく。


「私は、学院に通う必要があったため来ただけです。そのようなことをすることはありませんし、考えた事もありません。それでは、失礼させて頂きます」


 マリーは、それだけ言うとすたすたと去って行った。カーリーやコハクもそれに続く。


「そんな馬鹿な……嘘に決まっておる。邪魔をされる前に、始末しなければ……」


 国王は、小声でそう呟いた。その声を聞く者は、誰もいなかった。

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