第73話 シュラムニケの神 3
フィルファレインを見ていたクローフィリアの視線が、又俺を捕らえた。
「そなたの責任とは言わぬ。だがそなたが原因であることは間違いない。だから引き受けて欲しい。代わりにフィーネを貸そう。フィーネも懐いておるようだし、そなたが生きている間、フィーネを側に置いておくことを許すぞ」
アリスがぱっと顔を上げた。俺とクローフィリア女神を交互に見ている。この部屋に入ってから初めて見せた、すがるような表情だった。
「アヤト……」
ええい、もう!そんな声を出すな。もともと選択の余地などなかったのだ。
「分かった。あなたの言うとおりにいたしましょう。でもこの世界を回るのにアリスを連れて行っても良いのでしょうね」
ミッションが完了してからだなんて言われたら敵わない。
「ああ、妾の依頼した仕事に従事するのであれば構わぬぞ。それにエアリスフィーネの魔力を元のままのしておこうかのう。そなたに対するサービスじゃ」
クローフィリア神がニヤッと笑ったような気がした。神のこんな笑いは寿命に響く。
「お引き受けいたします」
わざとのように殊更に恭しく礼をする。それを見てクローフィリア神がわずかに口角を上げた。
「頼んだぞ」
そう言ったとたんに又、キルティラーナの雰囲気が変わって、人間に戻ったのがわかった。感じていたものすごい圧迫感がなくなった。思わず溜息が出たのはやはり息を詰めていたのだろう。
キルティラーナははっとしたように目を見開き、左右を見回して、
「クローフィリア様は?」
「お帰りになりました」
フィルファレインにそう言われて、息をついて肩を落とした。それでも気を取り直したように、
「アヤト殿、クローフィリア様の申されたとおり、この世界を回って欲しい。どこにあなたにお願いしたい悪夢の贄が出たかは神殿経由で報せる。またこの仕事に従事する間は神殿がそなたに宿と食を供する。贄を退治したときはそれなりの報酬も出す」
「それは助かります」
どの街にも神殿はある。そこを利用できるなら有り難い。いちいち宿を探さずに済む。神殿を宿にするということだが、寝るだけなら少々堅苦しくても構うまい。これから神殿からの知らせでこの世界を動くことになる。何処に行くかわからないし、一体どれだけの時間が掛かるかも分からない。
しかし、この世界へ来て俺がやらなければならない仕事などない。アリスのためもある。仕方のないことだろう。報酬も出るということだし。ということで何とか気持ちを納得させた。
「そなたの本拠を定めるか、あるいは旅をするなら、着いた街で神殿に報せて欲しい。
キルティラーナから渡されたのは幼児の握り拳ほどの大きさの紫色の水晶――信じられないくらい透明な――だった。
「それに全て書き込んである。神殿で見せればわかるように」
俺はしげしげと渡された水晶を見た。普通の水晶よりずっと重い。そして微かに魔力を感じる。
「ありがとうございます」
「気にすることはない。頼んだ仕事をしてもらうのだから。その水晶は事が終わっても返す必要はない、それなりに役に立つだろうから」
俺は出来るだけ丁寧な礼をして退室した。つまりヴォルバーザ社のロンダン課長の部屋を出るときのように、ということだ。
「それでは出口まで案内します」
確かに案内がなければ迷いそうなほど広い神殿だった。もっとも俺なら迷うことはない。一度通った道は忘れない。そうでなければ道しるべもない樹海の中を動き回れない。そんなことをわざわざ言う必要もないので俺は黙ってフィルファレインの後を付いていった。
その夜は神殿に部屋が用意された。同じく神殿で泊まることになった飛竜騎士達に、クローフィリア神から悪夢の贄を潰すことを依頼されたことを告げ、贄の発生をヤルガの神殿を通じて受けること、つまりヤルガにしばらく滞在することを告げた。それを聞いたアビゲイルの顔が少し柔らかくなったと思ったのは錯覚だろうか?
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