第60話 悪夢の贄 6

  アリスが俺の耳元でそうささやいて、フヨフヨと青虫の方へ飛んでいく。


「おい、アリス。何をするつもりだ?」


「ん、ちょっと」


 アリスが両手で印を結んだ。両手の人差し指と親指を伸ばして合わせ、残りの3本の指を曲げて両掌をつけた。合わせた人差し指を青虫に向ける。とたんに指先から細い水流が高速で迸った。青虫の体の真ん中付近に当たった水流はあっという間に青虫の体を貫いた。青虫が体をくねらせる。そのままアリスは指を上下左右に動かした。青虫が大小幾つもの塊に切断された。切断された塊が中空を舞うように飛び跳ねる。空中を飛んでいる塊をまたアリスの高速水流が切断する。


「余り硬くないから簡単に切断できるけど、まだ生きてる」


 小さくなった塊は蠢いて変形し、それぞれが元の青虫の形を取った。地面いっぱいに広がった青虫が勝手な方向に動き始めている。


「切り刻むだけじゃ死なないみたいだな」


「ん。面倒くさそう」


 俺の腕時計がアラームを鳴らした。4人の竜騎士の使っているボンベの残量が1/6になったという合図だった。あと30分で空になる。


「こいつは一旦引き上げだな」


 俺が合図して竜騎士達は洞窟の入り口に向かって引き返し始めた。後ろでは大小何十匹に増えた青虫がうねうねと蠢いていた。



「何なんだ、あいつ?」


 外へ出てから俺がアビゲイルに訊いた。なにしろ俺はこちらへ来てから間がない。向こうでは見たことのない魔物がいても驚かない。


「知らん、あんな魔物聞いたこともない」


 眉根を寄せて不機嫌そうな顔でアビゲイルが答えた。


「だが厄介だな、あれだけ切り刻まれて死なないなんて」


 横からランダスが口を出した。切り刻まれた1匹1匹が独立して生きているようだった。再び合体して巨大になるのか、そのまま独立して生きていくのか分からなかったが。


「魔結晶はどうなってるんだ?魔物だから魔結晶無しでは生きていられないだろう」


 俺の疑問に、


「体の中を小さな魔結晶がたくさん漂っていたみたいだよ。多分魔結晶が1個も入らないように切り刻めば死ぬと思うんだけど」


 アリスが答えた。


「あの体の中できらきら光って動き回っていた奴か?」


「うん、あれ魔結晶だったよ」


「だがそうだとするとうんと小さく刻まなければならないし、どれほど小さく刻んでも魔結晶を持った欠片は生きている訳ね」


 アビゲイルがうんざりしたように付け加えた。


「きゃーっ」


 いきなり悲鳴が上がった。アビゲイルが振り向いた。つられて振り向いた俺の目の前でもう一人の女性飛竜騎士のオーヴェリアが肩から小さな青虫を払い落とすところだった。


「このっ、このっ」


 オーヴェリアは真っ青な顔をして、何度も振り落とした青虫を踏みつけた。足下にべちょっと潰れた青虫の体があり、流れ出た体液の中に青虫の体から放り出された魔結晶が転がっていた。


「ほら、もういいだろう。そいつは死んでる」


 アビゲイルがオーヴェリアを止めた。やっと踏みつけるのを止めたオーヴェリアが肩をふるわせていた。


 「こ、こいつが鎧の背中にくっついていて、登ってきて首に食いつこうとしたの」


 「俺が気がついたんで教えてやったのさ」


 アンディが得意そうに付け加えた。


「でもあんなヒステリーを起こすなんて思わなかったな」


「何言ってんの!もう少しで食いつかれるところだったんだよ」


「もういいでしょう?こいつはもう死んでるんだから」


 まだ震えが止まらないオーヴェリアをアビゲイルがなだめた。

その言葉が俺に引っかかった。


「死んでる?」


 ぐしゃぐしゃに踏みつぶされた青虫の側にしゃがみ込んだ。魔結晶は見つからなかった。代わりに六角形――魔結晶と同じ形――の小さな石が2個見つかった。


「そうか」


 通常宙域あちらから来たお客さんが通常兵器を使って魔物狩りをしても魔結晶は手に入らなかった。普通の石塊に、形は六角形で綺麗だし、きらきら輝いて宝石として扱われるが、魔力とは関係のない石塊に、変わってしまうのだ。


――つまり、


「魔力を使わずに退治すれば良いんだ」


 アビゲイルがきょとんとした。


「何を言っている?」


「何とかなりそうだ。魔力抜きで殺せば魔結晶が駄目になるから退治できる」


「魔力を使わずに?いったいどうやって」


「今オーヴェリアがやって見せただろう。純粋に物理的な力だけでこいつを潰したら生き返ってない」


「だからどうやって殺せば良いのだ?あんな大きな魔物を、魔力無しで」


「こいつを使う」


 俺の持っている武器で何とかなる。ボンボン達が輸送機で持ち込んだ武器だ。





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