第44話 繁殖爆発 4

「ふーっ、やっと終わった」


 お父様が拡大貴族会から帰って居間で大きく伸びをしている。私と副長のランダスが拡大貴族会で報告をして帰ってきたのがもう夕方になっていた。そこから貴族だけで議論して何らかの結論が出たのだろう、お父様が帰ってきたのはもう真夜中に近かった。


「竜騎兵、警備隊の隊員、貴族の私兵、それに傭兵を根こそぎ動員することになった。全部で4000人くらいになるだろう。一番の戦力は竜騎兵だろうがな」


 ヤルガ近辺で飛びバッタの変異種が出たのは記録に依れば60年前だ。その時のことを覚えている人間はもう少ない。記録は残っているからどう対処したかは分かっている。とにかく最大戦力で群れを殲滅するしかない。殲滅できることを前提に、各貴族家が自家の手柄を目立つようにするための手練手管を駆使している。こんな単純な作戦を決めるのにこんな時間が掛かったのは陣取りでおいしいところを奪い合ったからだろう。


 竜騎兵が前に出て、飛びバッタに対処する。竜のブレスは地竜だろうが飛竜だろうが100尋以内にいるバッタを群れで吹き飛ばす事が出来る。傷ついたバッタに竜騎士の遠隔攻撃魔法でとどめを刺す。使う魔法は火弾か風斬、あるいは雷撃。火弾を高速で飛ばす魔法を、竜騎士なら持っている。変異種の飛びバッタでも当たれば頭を吹き飛ばせる。とはいえ火弾が届く距離は持っている魔力で規定される。一番射程距離の長い私でも300尋が限度だ。風斬も有効範囲は竜騎士の魔力に規定されるのは同じで、当たればバッタの胴を両断できるが射程距離は熱弾より短くて200尋がせいぜいだ。雷撃は高威力だが、到達距離がもっと短いため今回は使う機会が少ないだろう。竜騎士でも得意不得意があってどちらを使うかはこんな場合はそれぞれの竜騎士に任される。竜のブレスで吹き飛んだ飛びバッタにとどめを刺すのならどちらでも同じくらい効率的だ。だがこんな威力の強い遠隔攻撃魔法は射程距離が短い。半里ほど先を悠々と飛んでいるあの男に何の攻撃も出来なかったのはその所為だ。

 竜騎士以外でも遠隔攻撃魔法を持っている魔法使いは多い。街の治安維持が主目的の警備隊より、貴族のお抱えになっていることが多い。それも総動員する。


――このとき見逃されていたのは、60年前の変異種バッタの大量発生は精々数千匹だったということだ――


 これで出動は決まった。動員の詳細を詰めなければならない。飛竜と地竜の両騎士、それに警備隊は私の命令に従うだろう。しかし貴族の私兵とお抱え魔法使いは厄介だ。自家の私兵や魔法使いに目立つ働きをさせたいとどの貴族も思っている。どれくらい自家の私兵や魔法使いが働いたかによって、その後の発言権が違ってくると思っている。なにせ仲が悪いのは7家の間だけではない。言ってしまえば全ての貴族家が他の全ての貴族家に何らかの隔意を持っているのだ。そして利害得失によって離合集散を繰り返している。全く小娘では手に余る、その辺りはお父様に考えて貰おう。




――――――――――――――――――――――――――





 双眼鏡越しにヤルダの防衛軍が布陣しているのが見える。敵は変異種飛びバッタの大軍、攻撃魔法を持っているわけでもなく、人間に向かって飛びかかってくるわけでもなく、ただ粛々と接近してくる。だから人間の防衛陣地も、地竜を等距離を置いて並べて、その少し後ろに兵士達、上空に飛竜というきわめて簡単なものだ。地竜の間隔は約100m毎、40匹いるから4kmの長さになる。真ん中をやや後ろに引いた浅い半円形を形作っていた。地竜と同じ線まで出てきているのは魔法使いだ。俺は双眼鏡の視界を人間の防衛線からバッタの群れに移して最後尾まで追ってみた。飛竜騎士の高度が約200m、俺の高度が3000m、飛竜騎士の中に俺に気づいている者がいるだろうが、今は気にしている暇もない。


「余計な人間まで連れてきているぞ」


「そうだよね、竜騎士と遠隔攻撃魔法が使える兵だけで良いのに。一般兵なんて邪魔なだけなんだけどな」


 どういう積もりなんだ?槍や剣、それに弓で変異種バッタと戦わせるつもりなのか?1匹や2匹のバッタならそれでいいだろう。しかし今は数万匹のバッタを前にしている。そんな物で間に合うものか。


 バッタは目の前に人間達がそんな壁を作っていることを気にもせず、気ままに草や木を食べ、飛び上がり飛び降り、それでもジリジリと人間の陣に近づいていた。2万匹はいるだろう、陣にいる人間からは分厚いバッタの群れが見えるはずで、それはものすごい圧迫感を伴うに違いない。ときどき人間の陣から矢が飛ぶ。たいていの矢は手前で落ちる。恐怖に耐えきれずに放つ奴が弓の名手であるわけがない。ひょろひょろと群れまで到達してもそんな矢で倒れるバッタはいない。


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