第21話 魔導車に乗って 2

 ひょろっとした、皮鎧の似合わない男だった。武器はナイフを腰に差しているだけで余り戦闘が得意そうではない。そう言えばさっきのチャンバラの場面でも見なかったな、俺はそう思った。


「ねえあんた。強いんだな」


「えっ?ああ、あの程度なら、何とか……」


 横からアリスが俺をつついた。


『ほら、アヤト、頑張って会話して。ボクの語彙を増やさなきゃ』


「あっという間に山賊を叩きのめしちまった。見ててすかっとしたよ」


「山賊……って多いのか?」


「ああ、最近はな、真面目に働くより他人の稼ぎを横取りしようって奴らが増えてるな。この商隊はファダで貴金属のインゴットをしこたま仕入れたから、狙われたんだろう」


「あいつらは、どうなる?」


 俺が車の後ろを振り返りながら訊くと、


「山賊が捕まったら、どんなに軽くても犯罪奴隷だ。ヤルガの町に着いたら傭兵協会へ引っ張っていって首実検だな。指名手配されているような奴がいたら役所へ突き出して、簡単な裁判のあと縛り首だし、小者だったら出入りの奴隷商に売り飛ばす。いずれにせよ報奨金が出るし、売り飛ばした代金も入る。あんた大儲けだぜ」


「あ、でも、一人でやったわけじゃ……」


「なに、あんた一人でやったも同然だぜ。カラズミド様がきちんと見てらしたからな。その辺りは公平なお方だぜ。ちゃんとあんたの取り分も寄越すさ」


 助手は気のいい男のようだが、俺の後ろで3人の傭兵が苦い顔をしていた。こいつらが苦戦していたのを俺が簡単にやっつけてしまったのは事実だ。それに応じて報酬をくれるってんなら遠慮はしない。


 その後のとりとめのない話の中で、俺は状況をある程度把握した。アリスならもっと深く分析しているだろうから後で聞かせて貰おう。


『アヤト、上手だね、上手く情報も引き出しているし、うん、ボクの語彙もまともな言葉の方が増えてきて嬉しいよ』


 その日の夜営のとき、アリスがそう言って俺を褒めた。


 俺が聞き出した所では、この世界――アルマディアスというらしい――は広すぎて、結構な数の人間がいるのに、あっちにぽつり、こっちにぽつりでかなり離れて暮らしているという。肥沃で農業に適したところがこの荒野にもあって、そこに街が作られて、食料を自給しながら暮らしている。ある程度の食糧自給が街ができる最低条件だ。なにしろ広すぎて他から新鮮な食料を持ってくるのが難しい。保存の利く穀物はともかく、野菜や果物、肉、魚といった食料は街の近くで手に入れなければならない。

 街はそのまま国家――都市国家と言うんだろう――で大きいところで百万くらい、小さいところだと数千の住民がいる。だからこの商隊が出発したファダも目的地であるヤルダも一つの国だ。人口はファダが二十万くらい、ヤルガが五十万くらいだろうという。ファダは鉱山を抱えており、鉄、鉛、金、銀、銅などを産出し、金属製品を作っている。ヤルガは交易都市だ。近隣の都市国家から産物を買い取り、他の都市国家に売る。丁度いくつかの街道が交わるところに位置しているせいでいつの間にかそうなったらしい。仲介ばかりではなく、買い取ったものを加工するなんてこともやっている。保存のきく穀物や油、香辛料なんかは仲介貿易の対象だが、ヤルガの製品として、ガラス細工、綿織物、宝石加工などが有名だという。ファダとヤルガはお隣さんだが、400kmも離れているせいで魔導車を使っても三日行程だという。


 俺の予想通り、アレン・カラズミドはこの商隊のオーナーで、ヤルガに本拠を置いており、ファダには武器と金属のインゴットを買いに行ったらしい。勿論行きには山ほど穀物や保存食を積んでいった。

 本当は今日のうちにヤルガへ着く予定だったが、山賊騒ぎで時間を取られ、野営した場所はヤルガから80kmほど離れていた。夜に魔導車を走らせるのは余りに危ないそうだ。魔法で灯りを作ることは出来るが道を遠くまで照らすほどの灯りを一晩中ともせるような魔法使いは希だという。道は凸凹だらけだし、夜行性の魔物も多い。そんな魔物と遭遇したら暗闇の中で戦うことになる。


俺は夜営中にアリスの得た知識を刷り込んだ。よし、これで明日はかなりスムーズに話が出来るぞ。それに久しぶりに装甲戦闘服をぬいで普通の服に着替えて寝ることができた。尤も脱いだ戦闘服は背嚢に納めたように見せかけなければならなかったし、

いつものように簡易寝台を出すことはできなかった。アリスのポケットのことを知られたくなかったからだ。商隊から毛布を借りて寝たが、寝台に比べて地面は寝心地が悪く、戦闘服を脱いでもいつもよりゆったり寝られたわけではない。

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