第9話 リザルト


 フゥッ……フゥッ……。


 息を整える浅く短い呼吸がやけに大きく聞こえる。

 まだ戦闘開始から五分ほどしか経っていないが、思いの他体感時間が長く感じられる。

 それは信也がそれだけ集中していたという事を示唆しているだろう。


「なんとか……いけそうだな」


 そう呟く信也の周囲には三匹の蝙蝠がばっさばっさと飛び交っている。

 致命傷を負った蝙蝠はいないが、それぞれ小さな傷は随所に散見される。

 

 初め信也の前に現れたのは一匹の蝙蝠だけだったのだが、すぐにも後続の蝙蝠が追い付いてきて今では多対一を演じさせられている。

 信也は初戦闘で複数の敵に対して上手く立ち会えている自分自身に若干の違和感を感じながらも、時折少し離れた所で戦闘してる他のメンバーを気に掛ける余裕すらあった。


(中学の頃に柔道か剣道かの体育の授業の選択で剣道を選んではいたが……。これはそんな事は関係ないだろうな)


 信也は日本にいた頃は特にこれといったスポーツに打ち込んだという経験もなく、トレーニングなども時折ジムで汗を流す程度で、積極的にやっていた訳でもない。

 とてもではないが、一キロ以上の重量の剣を五分ほど振り回したというのに、軽い呼吸で済ませられるような身体能力は持ち合わせていなかった。

 そもそも最初に剣を持った時には、重さを特に認識もしていなかったし、剣を振り回した時にもそれ自体にさほど違和感を覚えなかった。


(これも全てスキル"剣術"のおかげなんだろうが……)


 などと思考しながらも体は飛び込んできた蝙蝠を袈裟斬りする。

 今まで大きなダメージを負う事のなかった蝙蝠であったが、この攻撃によって体を斜めに大きく切られ、ついには地面に墜落する。


 「残り二匹か」


 と信也が残りの蝙蝠に視線を向けると、丁度信也の後方から走りこんできた北条が、無造作に左前方にいる別の蝙蝠の、羽部分を掴んで引きずりおろす。

 と同時に、北条の右手が何度か赤く光ったかと思うと、あれだけ暴れていた蝙蝠が嘘のように沈黙して地面へと落ちる。


 ジジジッ……。


 更に右前方にいた蝙蝠にも、電気のような音を発しながら、飛んでいく紫電の矢が向かっており、避ける間もなく蝙蝠へと命中する。

 信也が先ほど斬りつけた蝙蝠に止めを刺している間に、北条と由里香もそれぞれ蝙蝠に止めを刺しており、これでどうやら敵は全滅したようだ。


「ふぅ……。なんとかなったか」


 蝙蝠が光の粒子となって消えていったのを、驚いた様子で見つめていた信也だったが、ようやく一息ついて改めて周囲を見渡す。

 すると、少し離れた所で何やらメアリーにお礼を述べている龍之介の姿が見えた。

 女子中学生コンビはさっきまで戦闘していたと思えないほど、きゃいきゃいとはしゃいでいる。

 北条は光の粒子となって消えた蝙蝠のいたところを回り、何やら回収をしているようだ。

 やがて作業を終えたのか信也の元に近寄ってくる北条に、


「何をしていたんだ?」


 と短く問いかけると、北条は魔法の袋からそれら回収したブツを取り出し、


「ドロップ品の回収だぁ。ゲーム的ではあるが、どうやらこの世界の魔物は倒すと光の粒子となって消えて、ドロップアイテムを落とすようだなぁ」


 北条が手にもっていたのは小石と何らかの肉の塊だ。

 ご丁寧に肉の塊は何らかの葉っぱによってくるまれている状態だ。

 こういう形で出てくるという事は、余り考えたくはないが、今倒した蝙蝠の肉という事であり、また食用にもなるかもしれないという事なのだろう。


「しかも見ての通りはじめっから葉っぱに包まれた状態で落ちてやがったぁ。それと後こいつは……。多分〈魔石〉とか、そんな感じの奴だろうなぁ」


「〈魔石〉……?」


 訝しむ信也の問いには答えず横目に通り過ぎながら、龍之介のいる方へと歩いていく北条。

 すでにそこには戦闘が終わった、と判断した戦闘不参加組も集まり始めていた。

 仕方なく信也も北条の後を追う。

 そして全員集まった所で先ほどの戦闘についての報告と話し合いがはじまった。



 戦闘自体が短時間だった事もあり、報告といっても多くはなかったが、

・蝙蝠は倒すと光の粒子となって消える。

・倒すと〈魔石〉を確実に落とす。

・魔石以外にも北条の拾った肉や、龍之介が倒した蝙蝠などは牙なんかも落としていた。

・味方がやられても一向に逃げ出す個体はいなかった。


 といった事が報告され、その後の話し合いでは信也を始めとしてこの手の知識に疎い者もいるようなので、大まかなファンタジー知識が共有された。


 まず、〈魔石〉と思われるこの小石は大抵魔道具などの燃料に使用される、地球でいう所の原油などに近い――固形なのでどちらかというと石炭が近いかもしれないが――ものではないか? という事。

 冒険者と呼ばれる何でも屋が存在し、魔物を倒して得た〈魔石〉を売るというのは冒険者の収入源の一つだ、という事。

 魔物を倒せばレベルが上がって強くなったり、スキルを使い続ければスキルレベルが上がってそのスキルが強くなる、だのといった基本的な事。


 それらはあくまで既存のファンタジー作品のよくある設定というだけで、この世界がそうだとは限らないのだが、喜々として話している龍之介にその事を突っ込む人はいなかった。


「……まあ、大雑把には理解できた。結局"ステータス閲覧"とやらもできないようだし、後は実際に俺らが実地で慣れていくしかないな」


「ちなみに由里香ちゃんは魔法を使っていたけど、MP消費ってどんな感じ? だるさとか精神的に辛いとかってある?」


 先ほどの戦闘では具体的に何が出来るか把握できず、後衛の位置で戦闘を観察していた咲良の問いに、少し考えた様子の由里香は、


「ん~~、特につらいとかはないですねぇ。【雷の矢】ならあと十回位は問題なく使えそうだけど~、何十回も使える気はしないかな~?」


 その会話を聞いていた信也は、余り乗り気ではなかったが改めて各人の能力を確認してから探索を再開しようと意見を述べた。

 最初にスキルを明かさなかった者とは再び言い争いにはなったが、モンスターがいつ襲ってくるか分からない状態で能力を隠している余裕もないだろう、との信也の説得によって重い口を開いた。


 「俺は……。"闇魔法"というのを選んだ」


 ぼそぼそとした声で話す石田はそこで口を閉ざす。


「ん? それだけなのか? 各人スキルは二つずつではなかったか?」


 信也の問いかけに、陰気そうな顔を更に苦み走った表情にしながらも、再びぼそぼそと独り言のように話し出す。


「"闇魔法"だけでも戦闘には参加できる……。これ以上手札を明かすつもりは、ない……」


 相変わらず協力的ではないその態度に黒いものが信也の心中によぎるが、強引に押さえつける。


「……そうか。確かに俺の覚えた"光魔法"のスキルには【光弾】という攻撃系の魔法があるようだから、似たような感じの"闇魔法"にも同じように【闇弾】があってもおかしくはないな。では次からは後衛での援護を頼む」


「…………」


 返事も返さず後ろに引っ込む石田。

 続いて信也の向けた視線を受けて話し出したのは、一人宝箱から苦無が出ていた百地楓だ。


「あ、あの……、私のスキルは"影術"っていう奴です……。た、多分今の所直接攻撃はむ、無理そうです……。すいません……」


「いや……まあそれは別に仕方ないがもう一つのスキルはどうなんだ?」


「そ、その……。それはっ、すいませんっ!」


 楓のその返事を聞いた信也は、思わず眉間に指をあてて軽くトントンと叩く。


「ふぅ、わかった。とりあえず後で"影術"については検証しておこう。で、次はあんただが……」


 と長井へと発言をうながす信也。

 その信也の視線に一瞬表情が気色ばむが、すぐに表情を元に戻すと淡々と答え始める。


「私は悪いけれど、二つとも戦闘向けのスキルではないわ。まさかこんな事になるなんて思ってなかったからね。で、役立たずはこの場に置いていったりでもするのかしら?」


 強気な発言をしている長井であったが、その表情は微かに強張っている。

 しかし付き合いのある者ならともかく、見ず知らずの他人にソレ・・と分かるほどの変化ではなかった為、この場でその事に気づいた者はいなかった。


「いや……無論そんな事は言わないさ。とりあえず戦闘の際には、後衛の人と一緒に纏まって身を守ってくれ」


 そう信也は告げると、次に各人が持つスキルをこの場で検証しておこうと持ち掛けた。

 だが話し始めようとした矢先に割り込んできた者がいた。


「え、ちょっ! 俺のスキルは聞かないの!?」



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