連絡係は主人公じゃない
「連絡係です。情報の提供と名前をお願いします。」
ゴリラの元へ向かう道中、壁についての情報を収集するため多くの囚人に話しかけた。ただ話しかけても無視してきた囚人たちだが、自分の手柄を報告できるとわかるといろいろ話してくれた。
命令や脅迫ではなく自分の意志で動いているのは本当のようだ。『超越』に釣られていると聞けて良かった。
「殴っても壊れないし、魔法は当たらない。」
「壁は円になっていると思ったが、球だった。」
「光が若干屈折しているから、空気とは屈折率の異なる薄い物理的な何かだと思う。」
「魔法にしては範囲が広すぎるし、壁には魔法で干渉できないから魔法じゃないと思う。」
結界についての情報で有力なのはこの程度。後は似たり寄ったり、関係ないことも多かった。そのような役に立ちそうな壁の報告をした連中は、俺が立ち去ろうとすると引き留めてきた。多分覚えてもらうためだろう。
「勇者が現れた話はきいたか?」
ヴァルクーレのことだろうか?
「山で化け物が出てたって話聞いたことあるか?それが討伐されたんだとよ。」
化け物?ブライがやられたとは思えないから…あ、そういえばご主人の家でそんなようなのにエンカウントしていたな。丁度山の中だ。
「伝説の治癒術師。俺はそいつと会ったことがあるんだ。」
姿を見せないらしいから、本当はいないんじゃないかと言われていたりする。会ったことがあるなんて、いくらでも嘘つけるからなあ…。証拠がないようだし噓つきに見えてしまう。
「ブルムのスパイがこの中にいるらしいです。注意して下さい。」
それが本当ならまずいんじゃないか?『亡霊』の動きが筒抜けになっていたということだ。
「スパイは気にしなくていいと思う。この場にいたとしても、あの男でしょ。」
レイがマントに魔法を放つ。片手間に攻撃しているが、気軽に放っていい威力ではないことをレイは自覚した方がいいような気がする。火の玉が空気を割きながら燃える音を聞くとゾッとする。当然周りから注目されたが、マントは動かず火の玉が直撃前に爆発する。
「よし。」
拳を握るレイ。そうか、直前で爆発させることで逃げ道を制限しているのか。恐ろしい破裂音。土埃が舞いどうなったのかよく見えなかったが、すぐに何事もなかったように服をはたいている姿を確認できた。
「もう一回…。」
避けたのだろうか?効いていないだけ?なぜ平気なのか気になるが、魔法が壁を通過することを確認できたから良しとしよう。
「待て待て。」
張り切るレイを落ち着かせる。これ以上目立つのはまずい。囚人の中には魔法に詳しい人もいたし、俺が無詠唱無方陣で魔法を放っていることに疑問を持たれかねない。
それの何がまずいかって?説明が面倒だろうが。そもそも聞かれても知らないし。
「い、今の魔法は?」
いつの間にか傍にいた矛盾男が取り乱す。レイが見えていない者からしたら突然現れた魔法だし、威力が威力だから驚いて当然だろう。とりあえず俺の魔法ということにして、さっさとゴリラのもとへ逃げる。
「…ねえ、気づいたんだけど、もう『亡霊』は戦争は仕掛けてるよね?」
レイが自分の放った魔法を見ながら下唇を噛む。既に戦闘部隊は招集も終わって出陣しているはずだ。レイが教えてくれたことだし、ゴリラに確認を取るまでもないと思う。
「私先行っていい?」
「先って…。」
壁に阻まれて出られないからここに居るんじゃないのか?俺は頭ではそう考えつつも、面倒になり適当に頷く。
「日没までに来なかったら睡眠薬燃やすから。」
おお、こわ。今後寝れなくなるのは辛いな。まあ先に行けないだろうけど。俺が欠伸をすると、レイは普通に結界の外へと飛んで行ってしまった。
「…え?」
あ、そうか。幽霊は完全に魔法的存在だ。物理的実体を持たないレイならばこの結界に縛られることなく通過できるのか。魔法が通過した時点で俺を置いていくことは確
定していたんだろうな…。
ていうか、俺から離れても存在できるの?今まで消えちゃうから俺に憑りついていたのかと思っていたが…。だから日没か。日没までに俺のもとへ戻ってこれれば、魔力の波動で消滅することはない。
「…?」
まだ上ったばかりの太陽を横目にレイを見送っていると、レイが外にいる男の方を見てから軽く周囲を見渡していた。何かを探している?よくわからないが、すぐに正面に向き直って今度こそ飛んで行ってしまった。
「行かねえんすか?」
先ほどの魔法が俺のだと話してから少し敬語になった矛盾男。態度を一新するのは流石にプライドが許さないようで、言葉遣い以外は前と変わらない。実際は魔法は使えないが、使えると思わせていた方が楽かもしれないな。
俺は肉体を持ってるし、ゴリラとともに壁を触ってるからワンチャンもないからと思ったが、こいつにはレイとのやり取りが見えているはずがなかったわ。
「行こう。」
俺はレイの後ろ姿が見えなくなるのを確認して歩き出す。さっさと戦闘支援部隊に所属して合流…。
しなくてもいいのでは?これで晴れて独り身となった。まあ一人
これでようやく…ようやくなんだ?あれ、なんで俺は一人になりたかったんだ?なぜか心の中で執拗に一人になるタイミングを探していた。
「あの~。」
再び立ち止まった俺に矛盾男が、言葉とは裏腹にガンを飛ばしてくる。そうだ、落ち着け。考え込むなんて柄じゃない。いつも思っていたじゃないか。問題は時間が解決してくれる。俺はそれを待つ人間じゃないか。
それにだ。
1人で行動する。ブルムへ向かう。ワン、リーブを探す。名を知らぬ女を探す。
何にしても今すべきはここからの脱出だ。まずは目の前のやるべきことを片付けよう。俺は深呼吸をして歩き出す。
(やっと…。)
途中何か聞こえたような気がしたが、また立ち止まると矛盾男がうるさそうだったので先を急ぐのだった。
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