無視されるのは主人公じゃない
「ここから先へ進むため、お前たちの力を借りたい。」
ゴリラは依然マントの話を聞くことなく、それどころかマントの目の前で作戦会議を始めた。先に進む、ねえ。
今問題となっている見えない壁。ブライを思い出させる衝撃をゴリラが与えたが、全く意味がなかった壁。その先にある扉が問題だ。ビーク監獄の周りは海で囲われていて、通れない壁の先にあるこの扉こそ、ビーク監獄唯一の出入り口。
控えめに言って詰み。話し合いをするべきだと思うが…。
というか今のゴリラの攻撃は何だ?魔法には見えなかった。魔法陣はもちろん詠唱もしていなかったから、魔法ではないのはわかっているが…。レイのような無詠唱無方陣の魔法か?このゴリラもとんでもない実力者なのか?
それにこの壁だ。どういう原理だ?俺が疑問に思ったので再びレイの反応を見る。
「みた?手が生えてくるなんてね。」
…手が生えたって?
「どこから?」
やば、とにやにやするレイが、俺を二度見してくる。
「…今の見てなかったの?」
発言からゴリラか?いや、マントの可能性も…。
「やったろうじゃねえか!」
「こんな壁ぶっ壊してやるぜ!」
「うおおおお!」
俺が戸惑っていると、ゴリラの話を聞いていた囚人たちが歓声を上げる。なんだ?
「まずは壁の範囲の確認だ。」
ゴリラの指示を聞いて囚人が我先にと動き出す。先ほどまでの統率の取れなかった有象無象が、それぞれ何かできないかと暴れ始めた。
「どうなってるの?」
レイも驚いて目を疑っている。あれだけやる気のなかった囚人たちにこの短い時間で何を伝えたんだ?俺も気になって囚人に声をかけようとするが、全く取り合ってもらえない。
全く動いていない後方支援部隊もいるが、彼らに話を聞いてまともな話を聞けるとは思えないし…。俺はレイを見ると、つまらなそうにこの灼熱を作り出している太陽を見上げていた。
他に暇そうなのは…うん、物は試しだ。俺は後方支援部隊の如く全く動いていない、しかし現状を最も近くで見ていたであろう人物に歩み寄る。
「さすが。」
レイが嬉しそうに笑いながら俺を称賛する。何が流石なのやら。俺は笑みが零れないように咳払いをしながら、マントに話しかける。
「すいません、ちょっといいですか?」
俺が話しかければ驚いて反応ぐらいすると思ったのだが、全くと言っていいほど反応しない。反射的にこちらに顔を向けてもいいと思うが…。あ、話しかけられていると思っていないのか。
「あは、無視されてやんの。」
うるさいな、俺の言い方が悪かっただけだっての。俺は気を取り直して、声をかける。
「そこの、マントを羽織った方。」
しかし、全く反応しない。胡坐をかいて扉に寄り掛かったままだ。マントのせいでどこを見ていてるかわからないが、正面に立っている俺を見ていないのだとしたらいったい何を見ているというんだ?まさかこの短時間で眠りについたわけでもあるまいし…。
「ガン無視じゃん。」
流石にレイの笑いも覚めてきて、冷たい視線をマントに送っていた。ここまで来てやっぱり話しかけるのをやめるというのは少し違う気がするので、今度は声の大きさを上げる。
「あの!扉の前で座っているあなたです!」
無視されてる?ゴリラが無視したせいで、すねちゃったのか?
「…妙じゃない?」
「妙?」
まあ確かに?ゴリラが壁を壊そうとしたときはあれほど挑発してきていたのに、今は全く動かない。壁の線を引きに多くの囚人が散り散りになっていったとはいえ、話を聞かなかった囚人数名が未だに壁を殴り続けている。
結界を攻撃している囚人をなぜ無視している?なぜゴリラだけ?他に理由があるのだろうか?いや、まてまて。これは勘違いの可能性が高い。また一人で勝手に思い込んでいるかもしれないし、一旦マントの注意を引くことを考えよう。
そう思いマントにもう一度声を掛けようとしたとき、妙に感じた。なんか…さっきから全く…。
「何してんだよメンヘラ!」
俺が違和感を感じたところで、後ろから叩かれる。お前は兄貴を救う気のない腰抜け!自分の置かれている状況だけでなく、空気も読めないようだ。
「黒服の中で一番まともなお前がさぼってんじゃねえよ!」
「人のこと言えないでしょこいつ。なんか隠しているみたいだけど、後方支援部隊だし。」
そう、こいつは意識が高い癖に支援部隊に…え!こいつも後方支援部隊だったの!?矛盾男の服装を思わず確認してしまう。そんな俺の様子を見ながら、耐えきれなくなってゲハゲハと下品な笑いをこらえながら続けるレイ。
「…黒服来てれば失敗も許されるから、着ることを推奨されてるだけみたいだったからね。着用は任意。後方支援部隊でも普通は黒服着ないよね。」
わかってて黙ってたよな?おかしいと思ったんだ。なんで後方支援部隊がこんなに少ないのかって。くそ、こんなメンヘラ礼装着る必要なかったじゃないか!
やっと合点がいった。他の黒服に比べて俺がやけに注目されていた理由が。仕事を比較的にまじめにやるのに黒服を着ていたからだ。
「…ところで何を聞いてたんだ?」
俺がその場に崩れ落ちていると、土下座したと思ったのかうんうんと頷きながら矛盾男が兄貴面してきた。うるさいな、今知らぬが仏ということわざを体感しているところなんだ。
「ほら落ち込んでないで目的忘れてない?」
そうだった。目的を忘れかけていたが、ゴリラが指揮を上げた理由を聞くことだった。
「…なんで囚人たちがやる気になったんだ?ゴリラは何て言ったんだ?」
「いや…まあいいや。」
レイは違うでしょ…とため息をついたが、ゴリラがなんて言ったかも気になったようで矛盾男の言葉に耳を傾ける。なんだ、他になんかあったか?あ、もしかしてこんなことしてないでさっさと戦闘支援部隊の話をゴリラにして来いって言いたかったのか?
「聞いてなかったのか?」
俺が頷くとマントの方をちらっと確認する。俺もマントの方を向こうとすると、慌てた様子で俺の手を引てきた。本日二回目。レイ、変な声を出すな。
「来い。」
「恋!?」
違うから。なんで手を引きながら恋っていうんだよ。
「…濃い。」
「え?」
しまった、勢いやキャラの濃度、語呂の良さに耐えきれず口に出してしまった。
「いや、何でもない。」
俺は引かれるがままに歩き出すが、先ほどの違和感が払拭しきれずにマントへと視線を送る。やはりそうだ。さっきから彼は、微動だにしていなかった。
しているはずの呼吸すらしているかわからないほど。
ただただ動かない。
マントからは全く生命を感じ取れなかった。
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