魔法が使えないのは主人公じゃない
墓石の文字をよく見ようとかがんでいたこともあり、浮かぶベイクを見上げてバランスを崩し尻餅をつく。
幽霊、なら死んでる、ならこれはベイク・リルレットの墓、なら彼は本物。
この墓は本物のリルレットの墓で、見えているのは死んだリルレット。
「おやおや、驚かせすぎてしまいましたな。手を。」
ベイクはにやにやしながらゆっくり降りてきて、俺に左手を差し伸べる。きれい好きなのか、白い手袋をしている。俺は小さく会釈をし引っ張り上げてもらおうと手を取る。…ゴム手袋?
「ここまで警戒心の無いものが、よくぞ生き延びてこられたものだな。」
優しい口調から一転、俺の手を強く握ったかと思うと、俺の体を寄せるように引っ張り左胸を軽く殴られる。攻撃というより、突き飛ばされたので再び尻餅をつく。
「やはりそうか、貴様は死なないようだな。」
なんのことかと小突かれた胸に手を当てるが、当てることができない。おかしいと胸を見ると、ぽっかりと大きな穴が開いていた。貫通した穴からあばらや何かしらの臓器が顔をのぞかせ垂れている。
あれ、これすごく痛いやつでは?突然のことに感覚がついてきていなかったが、ようやく痛みを感じ始める。が、束の間ベイクが寄ってきて、俺の胸に左手を当てる。
「確定だな。最も強力な不死。貴様は魂の不死だ。」
ベイクがどや顔でそう告げると、二つに割れた墓のうち倒れずに直立している方に腰を掛ける。そして考え込むように頬杖をつき俺を睨む。
俺の胸はというと、穴はふさがり、穴があったと証明できるものはなくなった。ワンにシャツを貸していたことが良かったのか悪かったのか…。背後にあった血だまりもなくなっている。
「しかしなんだ、完全じゃない。混ざっているのやら…いや、絡まっているのか?余分な干渉を受けているようにも見えるな…。」
見えるといいながら既に目を閉じて左手で目頭を押さえている。それから何やらぶつぶつと悩んでいるようだが、その表情は晴れやかであり、楽しそうであった。
現状を一言でまとめるならば情報過多。面倒臭いの一言に尽きる。何やら物知りのようだが、俺のわかる範囲での内容は、俺が強力な不死である断定、でも完全じゃないことだ。
「…。」
やはり最も強力ということは、最強ということであって…。いや、過度な期待は厳禁。とりあえずクールにいこう。
十分な情報を得たと考え何か声をかけてから立ち去ろうとするが、邪魔しては悪いかなと口を閉じる。静かにこの場から離れよう。俺は音を立てないようにと癖で魔法を使おうとしたが、魔法を使わず四つん這いで退散しようと試みる。しかし1mも進まずにベイクが忘れていた、と声をかけてくる。
「もう行ってしまうのかね?今は気分がいい。貴様なら何でも教えてやるがね?」
逃げると言わずに行ってしまうと言う。自分は警戒されていないと思っているのだろうか。この態度を見ると余計に胸に穴をあけられたことが嘘のように思えてくる。
まあ目の前の墓の惨状を見れば疑う余地はないのだが。生前から暇つぶしにでも人を殺していたんじゃないか?いっそそのことを聞こうか?いや、興味ない。好きな色を聞くレベルには中身がない質問だ。
聞きたいことなど山ほどあると思うが、言われると出てこないものだな。願い事も同じで叶えられるとなった時パッと思いつかないものだ。狸の皮算用とあまり笑えないな。
「…そういえば、いつからかわからないのですが、魔法が使えなくなったみたいなんです。なぜだがわかりますか?」
俺は四つん這い状態から、ベイクに向き直り座る。明確に分かったのは少し前、ルベルに掘り返された後だ。声を変えようとして変わらなかった。あの後別の魔法も試したが、魔法陣に関係なく魔法が発動しなくなっていた。
「魔法が使えなくなった?魔力放出はどうかね?」
ベイクは考える様子もなく質問を返してくる。個人的には、答えが見つからない質問をしたつもりなので、少し動揺を隠せない。なんでも教えてやるというやつに、それはわからないと言わせたいのは誰でも思うことではないだろうか。
「?試していないです。」
試していないが、できないと思う。魔力放出とは、いわばクッキー生地であり、魔法陣はそれに意味を与える型抜きのようなイメージだ。そこから出来上がったクッキーこそが魔法。つまり、『クッキーが作れない』に対して、生地はあるか聞かれているようなもの。生地がないからクッキーが作れないのではないのか?
「え、出ます。」
問題がないほどに普通に出る。魔法陣に問題があったということか?
「なるほど。使えなくなったのならば…。もしかして、何度か死んだあとからではないかね?」
やはり死がきっかけだったのだろうか?魔力放出のこともあり、大げさに頷いてしまう。が、これに関しては何も知らないやつでも予想はできるか。
「…最もふさわしい言い方をするならば、不死の代償。今まで使えていたことがむしろ興味深い。もしや死への対応がより属性の強化に…」
ベイクは再びぶつぶつと言い出した。ぶつぶつと独り言を言うのは正直気持ち悪いが、考え事の場合は口に出して考えた方が無言で考えているよりも考えの整理がつくと研究から知っているので敢えては触れない。
よく聞く話で例えるならば、人に悩みを相談して解決したという話だ。人に相談したことが解決できた理由である人もいるだろうが、本当にそうだといえるかは怪しいと思う。自分で言葉にするため考えを整理したから、解決につながったり、スッキリしたと表現した方がしっくりくるのではないだろうか。
したがってもし悩んでいるのならば壁に話しかけることを勧める。
「…しかし、不死ならば応戦する必要もないか?」
聞き流しながら別のことを考えていたが、話しやすい問題が出されたので口を出す。
「応戦しなければ捕縛されませんか?」
「生け捕りか。なるほど、殺すことではなく不死自体が目的ということかね?見落としていた。」
俺が会話に入ってきたことにご満悦のベイク。どうやら、見落としていたわけではなさそうだ。
「では応戦ではなく逃げろと言っておく。さて、無駄話はこれぐらいに…。質問の代価として…いや、貴様に対してはそんな回りくどい言い方ではなく頼み事として言えばよいかね。」
ベイクはにやりと笑うと、墓からふわりと落ちそのまま地面に消えていく。俺はベイクの姿を追うように、その場から立ち上がる。ベイクの消えたリルレットの墓を見ながら、ワンについても聞けないかと考えるが、すぐにそれどころではなくなる。
ベイクがいなくなった途端、今までの気にならなかった墓地独特の雰囲気を感じる。これほどまでに悪寒を感じる空間であっただろうか?鳥肌が立ち、縮こまったいると、突然、耳元におぞましい声が聞こえてきた。
「憎き男を殺せ。リルレットの名を葬り去った男を。我を殺した男を!」
声はベイクのものとは思えなかったが、ベイクの…いや、リルレットの声であった。幾重にも重なって聞こえ、その重みは計り知れなかった。体が硬直し、とても振り向くことができない。
というか、童話に出てくるリルレットを殺した男など、そんな男いるわけないし、化け物ではないか?不死の俺なら殺せると?
自分が恨まれているわけではないと思うが、名前を聞いていないため憎悪が自分に向けられていないかと気が気じゃない。心臓を握られている気分だ。
「忌々しいブライを殺せ。」
思わず振り返り、ブライ?と聞き返すと、びっくりしたベイクは静かに頷いた。
ブライか…。
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