待遇が主人公じゃない
「おとなしくしていろよ。」
俺はびしょ濡れのまま牢屋に入れられる。虫の時よりいい牢屋だな。文明レベルの違いを感じる。
俺が服を脱いで砂をはたいていると、ざまあみろと言わんばかりの笑い声が聞こえてくる。悪いことをしたと考えていたのが馬鹿らしくなるな。
「女装、した変態が捕まった例はほかにあるのかな?」
「…。」
ふわふわと飛び回る俺と同じ服を着ている霊を見て頭を抱える。女装していただけだぞ?
「女装癖、のある変態としてこれから生きていくなんて、さっそく面白いことになったね。」
やたら女装を強調してくる霊。
「一応釘を刺しておくが、女装の件に関しては一切心配はしていない。そんなことより、なぜ捕まったかが問題だ。」
女装をして歩いていたとして、投獄するほどのことだろうか?ほかに理由がありそうだが、全くと言っていいほど心当たりが…。宙に浮く霊を見て一つ思いつく。
「…そんなの海のほうから来たからに決まってるじゃん。」
なぜ断言できる。そういえばここはこいつの実家なんだっけ。
「海に何がある?」
俺の質問に答えたのは、驚いたことに霊ではなく男の声だった。
「あたしが知るわけないわ。」
濡れた服にそでを通していると、既視感しか覚えない男が牢屋の奥から歩いてきた。
「なによ、文句あるの?」
なぜこれほどまでにおかまに縁があるのだろうか。面を食らったおかげで話す前に考えを整理する時間を得られた。いろいろと引っかかる点はあるが、向こうに合わせるとしよう。
「別に。」
このタイプの威圧的なのはかかわらないに限る。そっけないのは初対面なのだから失礼ではないはず。霊は俺から興味を失ったのか牢屋中を飛び回っている。
俺はおかまから距離をとりつつ、部屋の隅に腰を掛ける。
「もう、そんな冷たくしないで。仲良くしましょう?」
石畳の床も冷たいが、しばらく座っていれば体温が移るのはわかるだろう?それと同じだ。もっと時間をおいて話しかけるんだな。
「そうだな。」
その後何やら話しかけられていたが適当に返し、この街の食事を心待ちにするのだった。
食事は想像以上に質素なものだった。よく考えたらうっきーの時はペット、虫の時は生贄として大事に扱われていたのだ。今回は正真正銘の囚人として牢屋に入れられている。前者二つより待遇が悪くて当たり前なのだ。
かたいパンと味の薄いスープをすすりながら、メニューは変わるのか、日に何度食事が与えられるのか、労働などがあるのかをぼんやりと考える。
「あたしはブライ。あなたの名前は?」
名前?こいつも俺に名前を聞くのか?名前に何の意味があるのだろうか。今現在、二人称を『あなた』といい、一人称を『あたし』というブライに、聞いてやりたいものだ。
「…。」
三人称でも代用は効く…。『あいつ』、『あの男』、『彼』、『彼女』。
『父』、『母』。
『どっちが君の父親だ?』
『男の方です。』
『どっちだと聞いている。』
『やめてママ!先生が死んじゃ…先生!カイルという男の方です!』
…。
「僕は…ソーン。」
「ソーン…というのね。いい名前だわ。本当に。」
近くに浮いている霊が、誇らしげな表情をしている。
「僕はそうは思わないね。」
霊はむっと膨れるが、嬉しそうにニコニコしていた。
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