非実在ライトノベルをレビューする会

井守千尋

第1話

○2020年9月11日 00:15 福井県・自宅

「きたきたぁ!」

 二十五時過ぎのことだ。わたしはいつものようにパソコンで作業をしていると、ぴこん、と一通メールを受信したことを知らせる音がする。件名は、「そのライトノベルがすげぇ2021一般協力者内定のお知らせ」だ。思わず声が上がる。

「井守千尋さま、この度はそのライトノベルがすげぇ2021一般協力者にご応募いただき、ありがとうございます。厳重な先行の結果、井守さまから送付いただいた「ムジカ・レトリックの園」の感想に、編集部一同いたく感動をいたしました。つきましては、一般協力者としての記事執筆の依頼とともに、ムジカレのレビューについても一〇〇〇〇文字から二〇〇〇〇文字程度で書いていただくことはできますでしょうか。今回「そのラノ」の特集として、ゼロ年代を熱く彩ったセカイ系ライトノベルの復権を入れていこうと考えております」

 二〇二〇年九月一一日。日付が代わり、わたしは二九歳になった。誕生日を迎えてすぐに送られてきたラノベ読みとしては感無量な一通のメール。しかし、わたしは素直には、いや、まったく喜べはしなかった。

「ムジカ・レ……って何?」

 ムジカ・レトリックの園。

 わたしの前に突如として現れた、わたしの人生を大きく狂わせた一六冊のライトノベル。ゼロ年代だとか、セカイ系だとか、ラノベ好きが見ればついつい記事を開いてしまいそうなワードの中に違和感の塊として投下された、ひとつの伝説的なシリーズとわたしの、奇妙な縁について。

 これは、そのラノ一般協力者の記事原稿締め切りである、十月五日まで、およそ一月におよぶ「レビュー」である。


 自己紹介はこのあたりですることにしよう。

 わたしは、井守千尋。小説家。嘘、ワナビ。

 高校一年生でライトノベルに出会い、いや、大きな出会いとともにライトノベルとも出会い、のめり込み、書こうとして、書けなくて、ただ読む側として三五〇〇冊を積み上げ、再び書こうとして、書いて、書いて、それでも読むのが大好きな。

 ライトノベルにたくさんの物語を運んでもらった、「ラノベ主人公」とからかわれるOLである。好きなラノベ? ハルヒ! フルメタ! とらドラ! ゼロの使い魔! 人類は衰退しました! りゅうおうのおしごと! 文学少女! クロックワーク・プラネット! ……各社への忖度はこれくらいでいいかな? 一番なんて、決められない。部屋の巨大な本棚に並ぶたくさんのシリーズにはそれぞれ思い出や、出会いのきっかけが残っているのだから。

 そして、ムジカ・レトリックの園。

 教育書の老舗、芙育出版が中高生の読書人口拡大を狙って二〇〇九年に立ち上げ、二〇一四年に新刊の刊行を止めた「FE文庫(Fuiku Educational文庫)」唯一のベストセラー。レーベルのローンチタイトルとして、各文庫で書いているアニメ化経験の作家が集った中、たった一人新人の書いた作品だ。「とある~」や、「変態~」、「デート~」に「神様~」の作者の名前が並ぶ中、辺見ユウ・著、ぽつねん・イラストという、他社の他作品ではまったく見ないタッグが世に送り出した、紫地に金文字、マット加工の文庫本。総売上は九百万部を突破し、二度のアニメ化で完結まで持っていった、どう見ても幸せで、井守が見逃すはずのない作品なのに。

「わたし、知らねえ……ぞこれ」

 そのライトノベルがすげぇ2010、作品部門第一位。当時は新作部門と続刊を含めた部門が別れていなかったため、ダブル受賞といってもいい。ほとんどのラノベ読者は、この受賞で知ったという無名の作品だったのだから仕方ない。しかし、二〇二〇年現在も一〇年以上にわたりラノベブログを続けてるような熱心なラノベ読みは全員が、そう、全員が。ムジカ・レトリックの園を作品部門、男性キャラクター部門、女性キャラクター部門、そしてイラストレーター部門にムジカレを推した伝説を持っている。

 以上、フリー百科事典からの知識を並べてみた。わたしは知らないのに。

 そもそも、一般協力者には応募はしたが、感想文なんて書いて送った記憶は無いのだ。一般協力者になりたくて、その手段として感想文を書くとしたら。わたしは迷わず「とらドラ!」を選ぶだろうし。瀟洒な文章、生き生きとしたキャラクター、泥臭くて少しリアルな、でも眩しくて手の届かない一二〇点満点の青春が描かれているザ・ライトノベルだ。自分が送ったとしても、虚構であったとしても、絶対的な青春がそこにあったのだから。

 ちなみにわたしはとらドラ!にあこがれて、まあ変なことばかりやっていた気がする。高須棒(割り箸にガーゼを巻きつけて輪ゴムで止めたお掃除道具)なんて序の口。口の悪さや性格的には川嶋亜美ちゃんになりたかったわたし。そういった口調を真似て、でも心のどこかでは逢坂大河になりたくて。実乃梨ちゃんのように、内面と外面を切り離すのが上手になって。

 確かにフルメタも人退も好きだ。でも、肉が焦げるように熱い思いを文字にのせるなら、とらドラ!。それを超える感情を、低血圧がちな酒飲みOLに抱かせるラノベなんて知らないぞ。

 もしかしたら、なにかの夢かもしれない。わたしは長い髪をシュシュでまとめて、ベッドに入った。眠ったら、すべて夢だったというオチかもしれないから。


 結局、眠りにつく前にラノベを一冊読んでしまったが。面白かったです。

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