World.6 そして世界を記憶する─コードホルダー─
1
ウルザ政府宮殿、二十階。
広大なフロアを生温い気流が
暗色がかった波動。
……あんだけ大法術を連発した上でリンネとも戦って。
……まだこれだけの法力を
だが、それも覚悟の内。あらゆる悪魔を
「これで最後だ
「来い」
まったく同時にカイが剣を振りかぶり、冥帝ヴァネッサが片手を上げる。
──互いに理解したのだ。
カイは、
「貴様に何ができるとも思えんが、
悪魔の英雄・冥帝ヴァネッサの
「
空に渦巻く悪魔の法術
そこから召喚されたのは隕石。
……政府宮殿を巻き添えに!?
……俺とリンネ、それに
視界を埋めつくす巨大な落星。
絶対なる死をもたらすであろうその星を見上げ──
「ああ、証明してやる」
預言者シドに代わって。
大戦に
「だから応えろ、
「はっ! 余の法術をこうも断ちきるか!」
歯がみしながらも、
先の法術から
「
何百何千という火が浮かびあがった。
先の落星を
「法術を斬る剣であったとしても、これだけの数は砕けまい」
勝利の確信。
「散れ──」
「落とせ!」
ヴツンッ、と何かが途切れる音。
そして、政府宮殿に通じる電気の供給が停止した。すべての照明が消え、フロア全域が無明の闇に包まれる。
「……なにっ!?」
「最高のタイミング。完璧だサキ、アシュラン」
カイが取りだしていたのは通信機。
通話先は十七階の電気室、そこで待機しているサキとアシュランだ。
〝
〝ああ。俺から合図する〟
カイの指示によって、二人がビル全体の照明を消したのだ。
「最初は撤退用のつもりだったけどな」
「……そういうことか!」
なぜ闇を選んだか──
五種族の中で人間だけは法力を持たない。ゆえに人間の挙動は目で見るしかない。闇に隠れてしまえばカイの位置は
ではカイ側は?
「貴様だけが余の姿を一方的に認識できる。闇に乗じての奇襲か」
法力の爆炎で闇をはらう?
だがそれも遅い。今から実行してもカイの剣が先に
「…………惜しいな」
闇に混じる悪魔の冷笑。
光の軌跡が、カイの走る居場所をそのまま示しているのだ。
「そこにいるのだろう。終わりだ」
巨大な火柱が上がる。そして、そこに照らされた者の姿を
──リンネの姿を。
「まさか!?」
「何が終わりだって?」
……すべて承知の上だ。
……こんな暗い中じゃ
ゆえにカイは、闇に乗じて
リンネならば
「ようやくここまで来たぜ」
拳の届く至近距離。
ここで
「……
「見事だ」
今までの冷笑とは違う。
悪魔の英雄が初めて贈る、人間という種族への心からの賞賛だった。
「暗中の機転。この
「────」
「賞賛に値する。我が
人間には知恵がある。
政府宮殿という地の利を生かし、闇を作った。
さらに
「それでどうする」
眼前に迫ったカイを見つめ、悪魔の英雄は問いかけた。
「貴様は剣を捨てた。その諸手に何かを
法力に守られた
至近距離からの
「──って思うよな」
「なに!?」
「
最後の踏みこみ。
冥帝ヴァネッサの懐へと飛びこむや、歩幅を広めて
「十年。この為だけに
──力の一点爆破。
カイの捨て身の
「…………ッッ!?」
法力に守られた
だがその衝撃は
「……そ……ん、な…………?」
最大の誤算。
まさか──
まさか悪魔の英雄に、素手で
「……貴様の……奥の手は、その剣では……なかったというのか!」
「ああ。英雄の剣に頼りきるつもりなんて毛頭ない」
剣も銃もなければ取るに足らない存在であると見下しきっていた。
それが悪魔の英雄の、敗因。
「決着だ、
リンネの投げた
美しいほどに
「────余の
そして。
陽光色の
剣の手応え。
法力の障壁を
……倒した、のか?
……手応えだけなら確実に決まってた。
確信に
それでもカイとリンネが身構え続けたのは、
「──────」
だが様子がおかしい。
「ね、ねえカイ。なんかアイツおかしいよ?」
「……ああ」
身の毛のよだつ殺気が消えたことから、
だが今までと様子が違う。いったい何を──
「……シド」
「…………シド……そうだ。シド、預言者。余としたことが何というザマか」
全身を小刻みに
「世界輪廻……世界は書き換えられる…………そうだ。思いだした。シドめ、あの男が言っていたのはコレか」
「
ピシリ、と何かが砕ける音が響きわたる。
それは
「聞け、人間」
悪魔が目を見ひらいた。
「世界が創り変えられる。シドはこの事象を『世界
「シドがこれを知っていた? それに世界の改竄って、そんなことが……?」
「
黒のマニキュアが塗られた
「シドは、余に、その剣を預けたのだ。来るべきこの事態にそなえ、余はその剣を隠しぬいてきた。世界の改竄を正す唯一の
「この剣を!?」
手に
それが、悪魔の墓所にシドの剣が突きささっていた理由?
しかし謎は残っている。
「どうして……お前と預言者シドは敵じゃなかったのか? 大戦で戦ったって記録はどうなってるんだ!」
「そう。余は、
崩れていく身体。
歯を食いしばってその場に立ち続ける悪魔の英雄が、絶え絶えに息をつく。
「お前の知らない過去がある。お前の知る世界に隠された禁断の『
「っ」
ぞくっ、と恐怖にも似た心地にカイは息を
運命の
「……
砕けていく
「だが、これは貴様の勝利。見事だ人間──」
小さく息を吸って、吐く。そして。
「────────あぁん。もう、すっごい悔しいっ」
一体の美しき
悪魔の英雄という
「私の負け。大負けよ。言い訳する気もおきないわ」
「ヴァネッサ?」
「覚悟なさい。次があれば……今度は
くすっ、と微笑。
「……次は……もっと…………楽しみましょう……」
消滅する肉体。
それが、悪魔の英雄が発した最後の言葉だった。
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