錨のない船


流矢アタル 様作


───恐らく5000文字の枠があっても語りつくせない、名作。


【物語は】

バーテンサイドから始まっており、ある客について語られてゆく。詳しく彼について知らないものの、バーテンはその彼が気になるのだろうなということが分かっていく。その後、客サイドに移って行くのだが、二人は境遇が違い考えて居ることも違う。この時点での共通点は、バーテンの働いているbarのみ。一体ここからどんな展開になるのか、予想もつかない。しかし、それこそ予想もしていなかった事態へとなっていくのだ。


【作風の良さだけでも1000文字超えそう】


まず、作品全体の見やすさ、読みやすさ、親しみやすさについて。

文句なしの五つ星。


登場人物の名前が覚えやすく、程よい行間があり、見やすく、読みやすい。視点切り替えのある作品は、混乱を避けるため三人称で書く方が読みやすく感じるものだが、この作品は、モノローグが多く、しっかりと心情や情景、今置かれている状況などが丁寧かつ、分かりやすく書かれている為、モノローグ部分が一人称でかかれているにも関わらず、とても読みやすい。一見、俺とオレで分けているから分かりやすい、と勘違いしそうになるが、そうでは無いのだ。章タイトルに至っては、単に外から見た時には、特徴を感じないように思えるが、作品を読んでみるとそのシンプルさが重要であると気づく。


役名で、パッと”ああ、こちら側だ”とスッと入ってくる。読み手は、名前よりも、役名のほうが印象に残りやすい。名前を覚えるまでの間の、補助的な役割もさりげなく果たしており、いかに物語を読みやすく、分かりやすくと、細部まで読み手の心理や環境などを考慮した表現は、読み手の心をぐっと掴んで離さないものである。面白い作品というものは、何処から読んでも起承転結になっているとは言うものの、書き方としては結、起承転とページを繋げていく方が、この先どうなるんだろうという”続きを読みたい”という心理を煽る。この作品には、そのような手法も使われていると感じる。それが計算されているのか、無意識にそうなのかはわからないが。


【モチーフの扱い方が秀逸】


ヤクザをモチーフにしたものには、実はトラウマがあるのだが、それらを一瞬にして取っ払ってくれた、正に名作。主役の一人には怪我の痕があり、確かに痛そうな描写があるものの、それはあくまでも必要な描写である。ヤクザ、クスリというモチーフを扱う作品は多いが”そちらの世界への偏見的なカッコ良よさ”などではなく、クスリの怖さや常習性、それによって大切な者を失った悲しみなどを通し、モチーフとして扱ってはいるが、決して手を出してはいけないものなんだと言う”メッセージ”も感じる。


【登場人物と物語】


両サイドで書かれている物語と言うのは、心情などに面白さを感じるものである。

互いがどう感じているのか、もっとも注目すべきところであり、見せ場…(魅せると表現したいが)…つまり魅力を感じるという事だ。

この物語では、単なる両サイドというものではなく、片や”恋”と呼べるだろう感情と向き合ったり背けたり、遠ざけたりと自分自身の翻弄されたり、相手の言動に一喜一憂するなど、仮に恋愛を中心点として広がりを見せる感情を持つ人物。

それに対し、彼や、自分を取り巻く環境に対し、いろんな事を考えり、心配をしたりと、方向性が違うと言うところに”人間”に対するリアリティというものを感じる。

人は皆、違う事を考えて生きている生き物であると言うリアリティ。そして、性格によっても考え方、受け取り方が違う。それが凄く自然に感じるので、どちらのサイドでも、とにかく続きが気になってしまうのだ。


余談だが、まだ11ページ目での感想である。

書きたいことは山ほどあるが、語りつくせない名作であることだけは間違いがない。


ヤクザというモチーフが使われていることで、痛そうなやつでしょ?と、避けてしまっていたそこの、あなた。

勿体ないです。もちろんハラハラすることもあるけれど、会話の中にはユーモアもあり、時にクスッとしたり、切なくて涙することもあります。

読まずに後悔することはあっても、読んで後悔することはありません。


是非、お手に取られてみてくださいね。

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