第23話 【  】

 この世に完璧な人間なんか居ない。もし居ても、僕らは一生出会うことは無い。

 僕は父さんについて、知らないことだらけだった。どんな人なのか。何をしているのか。

 何を、考えているのか。


「父さんが単身赴任で向こうに居る間に。母さんは男を作って、子供まで作った。……どう思う? シゲ」

「…………」


 なんでそんな言い方するんだろう。昼に続いて、母さんを責めるように。


「……放っておいた父さんも悪い」


 僕にそう言わせるために、言うんだろうか。


「その通りだ」


 父さんは頷いてから、母さんの方に向かって座り直して。


「!」


 両手と、額を、床に着けた。


「勝重さん……っ?」

「済まなかった。君の気持ちを蔑ろにした。なのにさらに君に、負担を強いるようなことをした」

「そんな……っ」


 母さんは目を丸くして口元を押さえた。まるでこんなこと、全く予想していなかったかのように。

 僕については、昼にお墓で謝ったけれど。悠太については。父さんは不倫をされた側だ。責任を感じるのは、どうしても母さんが大きいだろう。それは僕も分かる。だけど。

 父さんに非が無いとも思わない。僕だって母さんと同じで、『蔑ろにされた』側だから。急に帰ってきて父親風、夫風を吹かされても困る。


 この家族に。父親と母親、ふたりの間の子供は居ない。


 改めてそう聞かされて。僕の気持ちも考えて欲しい。今日1日でどれだけ、心が疲れたか。


「……悠太の父親は?」

「音信不通よ……。悠太を授かった時に。一度離婚について話したの」

「……」


 去年か。去年、もし離婚していたら。僕はどうなっていたんだろう。多分父さんに引き取られて。そうすると、真愛ちゃんや優愛には会えてない。彼女達はまだ、彼氏から暴力を受けていたかもしれない。


「…………それで父さんは、母さんと悠太を置いていこうとしたのか」

「ああ」

「!」


 ふたりは。

 愛し合って結婚したんじゃないのか。義務とか責任感とかで結婚しただけなんだろうか。


「……だけど勝重さんが、金銭的なことと、私の社会性を考えてくれて。単身赴任もまだ長いし、重明もまだ高校生だし。取り敢えず現状維持になったのよ」

「それでも、君に迷惑を掛けた」

「そんな……」


 今。

 ふたりは、何をしているんだろう。謝り合って。それを僕に見せて。

 何がしたいんだろう。


「……待って母さん。父さん」

「!」


 僕を今日、『この話』に同席させたのは。僕を『発言者』にしてくれるからだと思ってる。長い間。僕は家族に何も言わなかったから。


「まずさ。『勝重さん』『君』を止めてよ。父さんと母さんだ。他人みたいなそんな呼び方。ふたりは夫婦じゃないか」

「……!」


 言いたいこと。言いたかったこと。全部、言って良い筈だ。


「……お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、優しく迎えてくれた。なんで、もっと早くここに来なかったの?」

「…………そうだな。『こんな風(受け入れてくれる)』とは、思わなくてな」

「ええ。……歓迎はされないでしょうと。負い目もあって、来れなかったのよ」


 何でも言い合えないと、家族じゃないじゃないか。


「父さんは、僕の【父さん】だ」

「!」

「僕らは【家族】だろう? 母さんは【母さん】だよ。他の何でもない」

「でも……」

「産んでないと母親になれないなんて誰が決めたの? 僕の母さんは、ひとりだけだ。明里さん、なんて。今日初めて聞いた人を母親だなんて思えないよ」

「っ!」


 ふたりはどうしたいのか。別に別れたければ別れれば良い。母さんと悠太が残されても、この実家に来れば良い。その場合、僕は父さんに付いて行かないけど。


「悠太は、僕の【弟】だよ。間違いない。誰の子とか関係ない。僕は【兄】だ。僕が、【兄】で。父さん母さんの【子】だよ」

「……!」


 全く、子に興味関心の無い親じゃない。ここ数ヶ月で、それが分かった。僕は愛されてないんじゃなくて。親達が、愛し方を知らなかったんだ。

 馬鹿な話だ。もっと若い、真愛ちゃんだって娘の愛し方をちゃんと分かってるのに。


「…………今まで違ったなら。ここから、僕らは【家族】になりたい。……父さんともっと話したいし、母さんの手伝いもしたい」


 僕には必要なんだ。だってひとりじゃ生きていけないから。

 欲しいんだ。家族が。


「家族っていうのは。こう、一緒に居て安心するような。……上手く言葉で言えないけど。血の繋がりとか、何だとか。それはひとつの要素で、絶対じゃない。……違うかな。僕だけ、そう思ってるかな」


 最後に。

 やっぱり、ふたりがどう思っているかだ。気持ちがもう離婚に傾いていたら、僕には止められない。離婚しても関係が全部終わるわけでもないから。でも僕と、何より悠太にとっては。その選択は、リスクが高いと思うんだ。


「…………母さん」

「はい」


 父さんが、母さんと目を合わせた。母さんも逸らさない。


「もう一度、頑張ってみないか」

「…………はい。お願いします。お父さん」


 深く。座ったままだけど。

 お互いに頭を下げた。


 【家族】を。欲していたのは。

 僕だけじゃなかったんだ。


——


「俺の子を、産んでくれ」

「…………それは、重明の前では言わないで欲しかったわ」

「…………」


 ………………。

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