第2話 立ち位置

『明日、空いてる?(^-^)』


 ピコン、と音がすれば。大抵相原さんからのメッセージだ。明日は土曜日。部活もやってない僕に予定は無い。


『空いてますよ』


 そう返す。すると一瞬で既読が付いて、返信が帰ってくる。


『わたしも休みでさ。ご飯いこーよ!(^3^)/

 おごったげる!(^-^)v』


 僕は神藤重明。16歳だ。

 この人は相原真愛さん。24歳だ。それに相原さんは、綺麗なんだ。

 少なからず、僕のテンションは上がって良いと思うんだ。

 僕が、上がるだけだけど。


——


——


「やっ。待った?」

「いえ、全然」

「おにいちゃん!」

「あはは。優愛ったら」


 待ち合わせ場所で。優愛は僕を見付けるととたとたと走ってきて飛び込んできた。汗でべたべただ。この子は気にしない。

 なんというか、これが凄く嬉しいんだ。言葉で伝えるのは難しいけど、優愛に懐かれているのが。


「いやー。今日も暑いね。こっちこっち。おいしー洋食屋さんがあるんだけど、量が多くてさ。半分食べてよ」

「……了、解」


 そのまま優愛を抱っこして、相原さんに付いていく。5歳って重いんだよな。それでいて抱っこ大好きなんだ。優愛は特に。


——


「デミグラスオムライスひとつ。あとトマトスパゲティと……。神藤くんは?」

「半分こなら、そのふたつで充分、す」

「あははばかな。育ち盛りでしょーが。ハンバーグ定食もお願いしまーす」

「あらら」

「ねえゆあこれ食べたい」

「はいはーい。カルボナーラね。じゃお母さんと半分こね。あっ。おにいちゃんとさん分こね」


 正直、僕も健全な高校生だ。

 これはデートなのだろうかと。一晩中考えていた。


「ね? おいしーでしょ?」

「……っす。うまいっす」

「ほれほれ~」


 相原さんはなんというか、テンションが高い。僕は余り対応できてないけど、楽しいんだ。シングルマザーで大変だけど、その明るさでなんとか乗り越えているのかもしれない。


「はいっ」

「?」


 確かに量は多かった。半分といいつつ7割くらいは僕に回ってきた。それも大半食べたという所で、相原さんが右手を挙げた。


「はいっ。当ててよ」

「えーっと。相原さん」

「はーい。問題提起します!」

「へ?」


 相原さんはいつになく真剣な表情だった。


「『呼び方と話し方』変えたいです!」

「……??」


 僕は首を傾げる。


「まずさ。敬語っぽいのやめよーよ」

「……え」


 そういうことか……。

 僕は、相原さんに対してどう接するのが適切なのか、未だに測りかねていた。タメ口はなんか失礼だと思うし、かといってガチガチに敬語ってのもなんか違う。優愛には普通に接せれるんだけどな……ってそれは当然か。


「完全タメ口! プラス、わたしは重明くんて呼ぶから。重明くんも真愛さんって呼んでよ」

「…………え」

「今日ね。これが話したかったことなの。今の仕事初めてからずっとお世話になってるしさ。そろそろ、よそよそしいの嫌なんだけど」

「……えっ、と」

「ほら。真愛さんって。ま、い、さん」


 僕にとっては。危機と言って良い。クラスの女子にだって、下の名前で呼んだこと無いのに。いや、そっちの方がハードル高いのかな? もう分からん。

 でも、本人が呼んで欲しいと言ってるんだから良い筈だ。

 いやだけど。めっちゃ恥ずかしい。なんだこの気持ち。ていう、重明くん、って呼ばれた! それも恥ずかしい!


「しーげあーきくん。ほらほら」

「ぅ。……まい、さん」

「うわーい。やたー」

「おかあさんうるさい」

「あーごめんごめんごめん」


 呼んでしまった。

 めっちゃ恥ずかしい。

 大人の女の人を。下の名前で呼ぶなんて。


「ま。これからもお世話になるしさ。……ごめん。良いかな」

「や。それはまあ。僕も放課後暇だし」

「ありがとうね。なんかあったら言ってね。無理矢理、当日だけ預けられる場所もあるからさ」

「……っす」

「『っす』じゃないってー。しーげあーきくんっ」

「…………うん。……分かった」

「うんうん。だってもうさ。優愛にとっては完全に『おにいちゃん』だし。わたしも重明くんみたいな『弟』欲しかったし。ま、お姉ちゃんでも良いけどねー」

「…………」


 そう。

 当然だけど。

 相原……いや。真愛さんからしたら。僕は『弟』なんだ。それが、事実。


「じゃごめんちょっとお手洗い行って来るね」

「……うん」

「おっけー!」


 バッグを持って席を立った真愛さん。残された僕と優愛。優愛は子供用のプラスチックのフォークで、カルボナーラと格闘している。


「『こーちゃん』もおにいちゃんみたいだったらな」

「…………」


 優愛がぼそりと呟いた。そう。この子が、僕にここまで懐くのには理由がある。

 真愛さんには、彼氏が居る。それがどうにも、優愛と合わないらしいのだ。


「……優愛」

「はーい」

「カルボナーラのソース、めっちゃ口に付いてる」

「んむむむー」


 べとべとの口周りを紙布巾で拭いてあげる。優愛は抵抗しない。


「ほら綺麗になった」

「あいがとごさーます!」

「えらいえらい」


 僕の立ち位置は。優愛の『おにいちゃん』で、真愛さんの『弟』が。

 望まれてるらしい。

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