第六回作者人狼作品集
ふたつかみふみ
雪に徒花たゞ赤く
ある雪の降る道であった。
「よお、こんめぇはどうも世話んなったなあ。」
和装の男、木崎が歩いているとシルクハットを目深にかぶったロングコートの男が立ちはだかった。
「ん?わしゃあんたん世話なんぞした覚えはないのう。」
「そうけ、ほんなぁこん顔の傷見て同じことぁいえるんけ!」
そういって男は帽子をとる。その下から左目に、鼻に、唇に刀傷が、右頬に肉が埋まった痕がある顔が現れる
「俺らん組を襲わせたっちゅうんはあんたやろ、木崎ぃ?そんせいでえれぇ目におうた。どう落とし前つけてくれるんけ!」
それだけ傷のついた顔でありながら、木崎がこの男が誰なのかを理解できたのはコートに収まりきらない刺青のせいであった。
「ああ、あんだけの襲撃受けてよう生きとったのう宗田。いや、死にぞこないじゃのう”番犬”ちゃん。残念じゃったのお、自分とこの頭ぁ守れんで。」
木崎はくわえていた葉巻を深く吸って、吐き出した。
「わしんとこの若い衆にきつぅ言うとったんじゃがなあ、誰も生かして帰すなってぇのう。あとで仕置きせんとな。んで、今更なんじゃワレェ?まさかわしと盃交わそうってぇ魂胆ちゃうじゃろ?」
「あんたと盃交わすなんざ、草葉の陰で頭が泣くってぇもんやろうが!」
宗田はそういうと、左胸から匕首を取り、抜いて構える。
「あんたのタマとって頭の墓前に供えでもすりゃ、頭も少しは浮かばれるはずや!てぇことで死んでくれや!」
「威勢だきゃあええのう。ああ、わんわん吠えるんは得意じゃったか。」
「黙れ!」
そうして宗田は突撃してくる。木崎は葉巻を手に持つとその炎を宗田の額に押し当てた。宗田が額を押さえて転がる。
「熱ぃっ!」
「せや、番犬ちゃん。ええこと教えちゃろ。そん怯みこそがな、ワレが頭とられた原因じゃ。今も怯まなんだらぁ、わしの懐にワッパ届いとったはずじゃ。なんもかんも詰めが甘いのう。」
「うるせえ!俺ぁあんたのタマとらにゃ帰らねえって決めたんや!つべこべ言わず死なんけ!」
そういいながら宗田は立ち上がり、今度は匕首を振り回しながら近づいてくる。
「阿保ちゃうか、ワッパは突き刺してなんぼじゃて。」
木崎は宗田の腕を捉え、そのまま投げた。
「暴れるわんちゃんにゃ仕置きが必要じゃのう。指でもつめちゃろか。」
木崎はそう言って懐からシガーカッターを取り出すと、宗田の右小指にはめた。
「のう、どうするよ宗田?こんままワレの小指とおさらばするか?」
「俺ぁあんたのタマとるまで帰れんって言うたやんけ。小指ぐらい安いもんや。」
「そうか、ほんじゃ。」
木崎は宗田の小指を切り落とした。宗田は痛さをこらえきれずのたうち回っている。
「やっぱりええんは威勢だけじゃのう。んまあ、命乞い?小指乞い?せなんだことだけ褒めちゃるか。まあでも、どっちゃでも切っとったけんどなあ。」
そう言ってひとしきり笑った後、木崎は宗田に話しかける。
「のう、宗田。まだやるか?」
「クソッ、聞いてへんぞ木崎がこないなことできるなんて。年でよう立ち回れんから若い衆差し向けたんとちゃうんけ?」
「ああ、すまんすまん。それなあ偽情報なんじゃ。若い衆にはなんかあった時にゃあそう言うように言うとるからのう。」
新しい葉巻を慣れた手つきで切りながら木崎は続ける。
「でも、ワレそれ知ってもうたから生きて帰れんようなったのう。ああ、元から帰られへんかったなあ。」
木崎は葉巻に燐寸の炎をつけて深く吸う。そして笑いながら匕首を拾う。
「宗田、ワレなんで指詰めるいう文化ができたか知っとるか?」
「んなこた知っとる。落とし前付けるためちゃうんけ。」
「甘いのう、子犬ちゃん。」
煙を宗田の顔に吹きかけて続ける。
「いろいろ説ぁ聞いたことあるけんど、わしがこれやと思うとる説ぁワッパ握れんようにするためじゃあ。ワッパ握りこんだ時に小指のうたら力がよう伝わらんらしい。わしゃまだ指詰めとらんからわかれぇんけんど、そん説が一番しっくりきてのう。じゃけぇの、もうワレにゃ勝ち目ないんじゃ。チャカでももっとらん限りはのう。」
そう言って、木崎は匕首を宗田に手渡す。
「じゃけぇ今から選べ。ワレん頭んあと追って腹切るか、まだわしに楯突いて死ぬか、じゃのう。」
「俺ぁあんたのタマとりに来たんや。それ以外の道はあれへんわ!」
宗田はそう言うと同時に匕首を木崎に向かって突き出した。が
「!?」
宗田の手に匕首はもうなかった。
「阿呆、さっきの話聞いとらなんだな。」
匕首は木崎が持っていた。
「てぇわけじゃけぇ、あん世でワレん頭、六郎によろしゅうな。わしん名前でもだしゃあ許してくれるじゃろ。まあわしもそんうちそっちに行くけぇ待っちょれ。」
木崎はそう言って、匕首の刃を宗田の鳩尾に沈めた。
「ふうむ、宗田の奴、威勢はぴか一じゃったんじゃけぇ、あたぁいろいろ磨きゃあ大成したはずなんじゃがのう。惜しいのう。」
木崎はくしゃみをした。
「おお、刺客も怖いけんど、霜露の疾も怖いのう。」
木崎は宗田の死体に手を合わせて、そのあと夜の雪に消えていった。
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