第186話 師匠でござる その参

「良かったでござるな〜リン殿の演説!」


「二度とやらん」


 魔王軍との戦い、準備出来るのは今日で最後となった。


 前日のリンの演説は評判は良かったようで、兵士達の士気を上げる事は出来たそうだが、リンからすればもう二度とやりたくなかった。


「まあそう言わず 初々しくて良かったでござるよ?」


「あの時シオンの紙と間違えなければ……」


「確か一緒に作ってたとか?」


「ついでにレイもな……まあ実質二人だったが」


 殆ど徹夜に近い形で、演説内容を作っいたリン。


 シオンとレイとの三人で作ったのだが、結局それが発表される事はなかった。


「どおりて青臭いと」


「……褒めてたよなぁ?」


「褒めてるでござる」


 リンの部屋のベッドの上で、勝手にゴロゴロと寝転んで寛ぐアヤカ。決戦の為英気を養っているのだが、今ここに居ない他の仲間は、それぞれ自分に関係した人達のところに行っていた。


「チビルはサンサイドでシオンはアクアガーデン……ムロウはカザネか」


「レイ殿と雷迅殿は?」


「雷迅は最後までトレーニングしてるとさ レイは……姉のところだよ」


 ここギアズエンパイアに集まってきているのは、国の兵士達だけではない。


 各地に存在する腕に自信のある者や、普段ギルドの募集を受けた者達もいる。


 その中にいたのが海賊『ナイトメア』であった。


「レイ殿の姉でござるか……さぞ騒々しいのでござろうな」


「いや全然 寧ろ騒々しいのはアンタ……」


「それ以上喋るとどうなるでござるかな?」


 言わずとも、どうなるかわかったリンはそれ以上言わない。


「アンタは良いのか?」


「拙者は別に 明日死ぬ予定は無いでござるから」


「大した自信だ」


 明日の戦いが最後になるのであれば、今のうちに悔いを残さぬように、皆で集まって話しをしたいのだろう。


「爺様がいれば会いに行ったかも知れぬでござるが……まあ来ていないものは仕方ない」


「だからって俺のところに来るのか?」


「一番別れたくないのはリン殿でござるからな」


「……死ぬ気無いんだろう?」


「関係ないでござるよ」


 アヤカがここに来た理由は皆と変わらない。


 最後の戦いになるのであれば、アヤカにとって一番一緒にいたいと思ったのが、リンであった。


「リン殿は誰と一番居たいでござるか?」


「俺は別に……」


「うん? 別に女性限定にした覚えは無いでござるよ?」


「……知ってたし」


 リンは強がってみた。


「『ユキ』殿でござるか?」


 アヤカは心を見透かしたかのように、考えを言い当てる。


 今は木の国『ド・ワーフ』にいるもう一人の異世界転移者である『白羽シラハ ユキ』の存在。


 元の世界における、リンの大切な人である。


 それは決して『異性として』ではないのだが、アヤカの言い方だと、それを疑っているように聞こえた。


「一応言っておくが別にユキとは……」


「拙者に言い訳する必要はないでござろう〜?」


「まあ……その通りだが」


「ユキ殿は大丈夫なのでござるか?」


「ああ 問題なさそうだ」


 リンはユキと魔力を繋げる事で、ユキの身に何かあれば直ぐにわかるようになっている。


 ユキを置いて来た不安はあるが、少しは落ち着けた。


「あ〜あ リン殿は拙者よりもユキ殿をとるでござるか〜」


「まあその通りだが」


「少しは遠慮するでござる」


 隠す事のない態度に、不満げにアヤカは言う。


「リン殿にはお仕置きでござる! 隣に座るでござるよ!」


「理不尽な……」


「そんなこと無いでござる」


 ベッドから起き上がって、自らの横に座るように指示するアヤカに、嫌々ながらもリンは付き合う。


「素直でよろしい!」


「素直じゃないと面倒だからだ」


「それは拙者に対してだけではないでござろう?」


「……そうだな」


 何もかも自分で背負うよりも、素直に仲間に頼る大切さに気づかされた。


 たったそれだけのことなのに、リンの心は楽になる。


「……せいっ!」


「アイタッ!?」


 横に座るリンの顔を、無理やり自分へ向けさせるアヤカ。


「……痛かったんですけど?」


「これがお仕置きという事で」


「左様ですか……」


「綺麗な『眼』に……なったでござるな」


 アヤカはリンの瞳を覗き込み、感想を述べる。


 今までずっと『濁っていた』リンのその眼は、今は真っ直ぐ輝いて見える。


「変われた……のかな」


「変わったというよりも『強くなった』のでござろう リン殿は濁りの原因と向き合ったからこそ皆も……何より『自分自身』も信じられるのでござる」


「アンタの言った『とりあえず保留』だけじゃあ駄目だったよ」


「残念ながら万能魔法ではなかったでござるかな?」


 そう言って互いに微笑み合う二人。


 最初はどうなるかと思った師弟関係も、案外なんとかなったなとリンは思う。


「その言葉で俺は一度救われた……充分だよ」


「うんうん! 素直になったリン殿は可愛いでござるな!」


 顔に手を添えたままだった手が、今度はリンの頭をわしゃわしゃと無理やり撫でる。


「ええい離せ!」


「いやでござる」


「拒否るな!」


「これからリン殿と暫しの別れとなってしまうのでござるよ? 少しぐらい我儘に付き合っても良いでござろう?」


「それ言われると弱いんだよ……」


 この世界から帰るというのなら、この世界へと戻ってこれるのかわからない。


 ただでさえ元の世界には魔法が存在していないというのに、そもそも往復出来るようになるのかも怪しかった。


「ではお次はこれでござる!」


「どわっ!?」


 今度は無理やり倒され、アヤカに膝枕を強制されるリン。


「美少女に膝枕されるなど……幸せ者でござるな〜」


(自分で言うと半減だな)


「今失礼なこと考えたでござろう?」


(コイツまさか心……)


 当然のように心を読まれるリン。


「図星でござるな?」


「美少女に膝枕されて嬉しいです」


「いや〜! そう言われると照れるでござるな〜!」


「どの口が……」


「拙者の膝枕と普通の枕 どっちが寝やすいでござる?」


「そりゃ普通の……」


「ん?」


「……普通のよりシショウの膝枕ですハイ」


 強引に言わせられる。


 最早これは師弟関係を利用したパワハラなのではと思うが、これも口には出さなかった。


「……拙者は欲張りでござるな」


 膝枕しているリンを撫でながら、言葉を溢す。


「前にも言ったでござるが……寂しいのでござるよ」


 以前にも言われた、初めて見せたアヤカの弱音。


「それに嫉妬……こう見えて乙女でござるから存外リン殿が他の娘の話しとかしてるとこう……ムズムズするでござる」


 普段余裕そうに振る舞うアヤカだったが、実際には周りにいつもやきもちを焼いていた。


「この気持ちがどうにも止まないのでござるよ……リン殿と一緒にいる時は本当に楽しいのでござる……だからいつもちょっかいを出してしまう」


 初めて芽生えた感情だったからこそ、わからなかった。


「別にどう思うかなんて勝手だろ」


 起き上がり、リンはアヤカに言う。


「思うだけなら関係ない ようは思って『どうするか』だろ? 嫉妬したから傷つけるとか 傷つけられたから傷つけ返すとか……感情のままに従ってたら問題だが思うだけなら文句なんて誰も言わないさ」


 まるで自分の感情を悪く言っているアヤカに、リンの考えを述べる。


 アヤカは誰も傷つけてはいない。


 ただ、自分の中だけで思い悩んでいるだけだった。


「まあその……俺にそういう感情を向けるのはおすすめしないけどな」


 流石に言いたい気持ちが伝わったリンは、なるべくやめるべきだと言う。


「驚いた……レイ殿のアタックで慣れたものだと」


「アレは特殊だろ 普通ではない」


 いつも猛烈なアタックを受けているというのに、未だに抗体を持っていなかったリン。


「成る程……『どうするか』でござるか」


「俺よりもそういうのはアヤカが上手いだろ? だから自分で……うん?」


 立ち上がろうとした時、アヤカに裾を掴まれ阻まれる。


「どうし……おわ!?」


「うん……うん! 決めたでござる!」


 強引にベッドに押し倒され、アヤカが覆いかぶさった。


「……何を決めたのでしょう?」


 嫌な予感ががひしひしと伝わってくる。


 何やら良からぬ事を企んだのであろうと、リンは察した。


「リン殿は『既成事実』という言葉を知っているでござるか?」


「……いえさっぱり」


 完全にすっとぼけた。


「ふーん……? まあ知っていても知らなくても良いでござる 今から実演してみせるでござるから」


「拒否権は?」


「師匠でござるよ?」


 つまりそういう事である。


(クソッ! 相変わらずの馬鹿力!)


 離そうにも力負けしてしまうリン。


 リンにはこの状況を覆す事は出来なかった。


「アニキ〜! 姉ちゃん連れて来ました……よ?」


「久しぶりね……お邪魔ってかんじかい?」


「あ〜……鍵かけておけば良かったでござるな」


 それは助け舟か、それとも黄泉の国への船か。


 一難去ってまた一難。リンに逃げ道など無かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る