第184話 気持ちを伝えること

「俺は絶対に嫌だからな」


「私に言われても……」


 魔王軍との戦う士気を高める為、兵士達の前で演説をする事となってしまったその翌日。


 当然断ったのだが、聞き入ってもらえず「がんばって」とだけ言われてしまっていた。


「くそ……あの人中身ルシファーじゃねえだろうな」


「そうだとしたら随分セコい魔王ね」


 傲慢の魔王『ルシファー』に、一度取り憑かれた事のある『エルロス』が言うと実はまだ残留思念的なモノが残っているのではと、リンはそのような疑問を思ってしまう。


「良いじゃない少しぐらい 『頑張りましょう』って皆んなの前で言うだけでしょう?」


「……兵士達の合計人数は?」


「たしか十万ぐらいね」


「だからだよ」


 各地から兵力を集め、魔王軍に備えているのであれば、それだけの人数が集まってもおかしくはない。


「代わってくれシオン」


「私がやっても意味ないでしょ」


 何としてでも回避したいリンは、シオンの部屋へと赴いて、相談をして貰っていたのだった。


「何よ……急に来るからもっと大切なことって思ったじゃない」


「何だよ大切なことって?」


「……まあ良いわ リンとしては演説なんてしたくないと」


 シオンの気持ちは誤魔化されたが、実際今回の話題は演説をどうするかである。


 出ないという選択肢が剥奪されてしまったと言うのであれば、腹を括ってやるしかない。


「諦めなさい リンの言葉に勇気を貰える人がいるならやってあげれば良いのよ」


「貰えるものかねぇ……」


「少なくとも私は貰えたわよ」


「……そうか」


(照れてる)


 シオンから顔を逸らして、リンは顔を伏せるのだが、少しだけ赤みを帯びているのがわかった。


「リンは私達にとっての『切り札』よ 魔王と対決するのに貴方の存在は不可欠なの そんな貴方の言葉なら皆を勇気づけられる」


 この世界の英雄を継ぐ者。二代目聖剣使いとして、リンは充分に名を知らしめた。


 心に響く演説が出来れば、皆を後押しする言葉を貰えるのなら、誰もが戦う意志を強めるであろう。


「恥ずかしいし……」


(今まで見たことないぐらい女々しい)


 普段とはまるで違う弱々しいさ。


 何の言い訳もない、ただ、『恥ずかしい』の一言で、演説を断りたいのだと悩んでいる。


「……なんかリン変わったね」


「そうか?」


「絶対変わったよ いつもだったら『人前に出るメリットが無いからな 俺の言葉に耳を貸す物好きなんてそういないだろう』……って感じのこと言いそうじゃない?」


「まて 今の俺の真似か?」


 低品質な物真似に文句を言うが、事実ではあった。


 嫌なのであればあれこれ理由をつけて、絶対にそんな事しないといった態度を示していただろう。


「実際色々代案を出して断ったんだがな……」


「やってはいたのね」


「それも断られた……まあ何十分も話せとは言われてないからな 出来る限り短くまとめて終わらせようと」


「考え方がセコいわね」


「俺は全力なんだよ!」


「変なところで全力使わないでよ!」


 これでもかと言うほどやりたがらないリン。


 しかし、シオンが変わったと思ったのはそこでは無い。


「……リンはたとえ仲間でも……少し距離を置いてると思ってた だから自分の気持ちを素直に言わない」


 人から必ず一歩下がったところにいる。


 側に寄ろうとすると、リンはまた離れていく。決して自分から積極的に何かをせず、周りと馴染もうとしない。


「私が見てきた最初のリンはそんな感じ リンはいつも遠くを見てて……なんだか危なっかしかったわ」


「……そうかもしれないな」


 心当たりは山ほどある。だからリンは否定できない。


「でも優しかった 私が落ち込んでる時励ましてくれた……私の隠しごとを許してくれた」


 口は悪いのに、隠しきれない人の良さ。


 自分からはしたがらないくせに、誰かが困っていると自ら首を突っ込んで、結局関わりを持ってしまう。


「頼ってくれる時は嬉しかった……助けられた時は嬉しかった……こうして素直に話してくれるのも私嬉しい」


 リンの顔を覗き込むシオン。


「皮肉屋のリンも好きだけど……素直なリンも私は好きよ?」


「ほめ殺しはやめてくれ……」


 勘弁してくれと言いたげな表情。


 お構いなしにシオンは続けた。


「ダーメ! だってリン……『帰っちゃう』から」


 言わなければ伝わらない。


 どれだけ互いに信じられる仲間であっても、声無き叫びを聞く事は出来ない。


「だからこうしたら話しておきたいの リンが素直になってくれたのならね?」


 リンは過去を受け入れた。かつて、受け入れられなかった現実と向き合った。


「言いにくかったことも『言えるようになった』じゃない? だったら大勢の前でちょっと言うぐらいわけないわよ!」


 助けられたのなら、自分も助けたい。励まされたのなら、自分も励ましたい。


 それが『仲間』というものであった。


「……ありがとう」


「ふふん! まあお姉さんにかかればこんなものよね!」


 素直なお礼に満足するシオン。


「それで? このこと誰かに相談したの? その時こうしたら良いんじゃないってのは無かったの?」


「いや 相談してるのはシオンだけだ 今のところ他には相談してない」


(……これは一歩リードね)


 心の中でガッツポーズをとるシオン。そんなシオンの心をリンは知らない。


「まあ頑張ってはみるさ 期待はしないでくれよ」


「言う内容決まって無いのよね? だったら今考えましょ!」


「随分やる気だな……やっぱり変わってくれても……」


「それじゃあ意味ないでしょ」


 押しつけようとするリンを、シオンは厳しく突き放す。何度も言われているが、リンでなくては意味が無い。


「その演説っていつやるの?」


「明日の朝」


「はや!?」


 猶予は殆ど無かった。


「どうするの!? 今もう夜なんだけど!?」


 リンがシオンの部屋へと相談にやってきたのは、日付が変わろうとする五分前。


 つまり『明日』というよりは殆ど『今日』である。


「何でもっと早く相談に来ないの!?」


「いや……こういうのは自分で考えた方が良いかと」


「急に怒りづらくなった!」


 リンはリンなりに考えて、考えた末にシオンを頼ろうと決めたのだった。


(でも待って……これはチャンスよ)


 猶予は僅かといっても、短い内容で有れば直ぐに済み、たとえ長いものを考えたとしても、今夜は寝らずに二人で頑張りさえすれば内容は出来るだろう。


 そう、二人っきりで。


「……それじゃあ早速ゆっくり始めましょうか」


「どっちだよ」


 満面の笑みで、なるべく時間をかけて演説内容を作ろうとするシオン。


「作るからには真面目に作るわよ 『頑張りましょう』だけだなんて許さないから」


「最初の方と言ってること違うじゃねえか」


「安心して 私がいるからにはちゃんとした内容に仕上げて見せるわ……二人っきりで頑張りましょ」


「話しは聞かせてもらったぜ?」


「レイ!?」


 取り掛かろうとしたその時、突如として部屋へと入ってきたのはリンの妹分であるレイだった。


「聞いてたって……いつから!?」


「ふん……『二人っきりで頑張りましょ』のところからな」


「今さっきじゃねえか」


「いや〜! 開けるつもりは無かったんですけど部屋間違っちゃて!」


「そうね レイの部屋は隣よ」


「まあアニキの声もしたし! こっちの部屋じゃ無い気はしたけど開けちゃいました!」


 どちらかと言えばこっちが本音である。


 シオンだけなら入らなかっただろうが、リンがいるのであれば、開けない選択肢など無かったのだ。


「はあ……まあ良いわ 手伝うって言うなら手伝って」


「へへっ! このレイ様が来たからにはサクッと終わらせちまうからまあ見てなってシオン!」


 自信満々に言うレイ。


 これだけ自信があるのであれば、レイに頼ってみる事にした二人。


「……で? 二人で何やってたんすか?」


「そりゃ何も聞いてないならそうだろうな!」


 全く頼れない助っ人の参入。


(……ちょっと待って!? 私さっきリンに好きって言ってる!?)


 リンがレイに事情を伝えている中、シオンは今更になって自分の発言に気づいてしまった。


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