第121話 再雷

「アクアガーデン以来じゃあねえか 元気してたかお前ら?」


 アクアガーデンの王妃に、出没した電気泥棒を捕まえてくれと頼まれ、現れたその泥棒の名は『雷迅らいじん』。


 その強さは本物で、特別な強さでは無く『純粋な強さ』で、当時のリン達を苦しませた魔王軍の一人だった。


「おいおい揃いも揃って辛気臭い面しやがって もうちょい歓迎ムードってもん出して欲しいぜ」


「このヤロウ……何でここにいやがんだよ」


「もしかして王妃はコイツをここに収容してたのかしら?」


「……手を出すなよ」


「アニキ!?」


 誰であろうと、魔王軍であるのならリンには関係ない。


 たとえ一度倒した相手でも容赦無く殺す、今のリンにとってはそれだけの事であった。


「知り合いなんだろ? 話し合いで解決した方が良いんじゃないのか?」


「必要無い」


「まあそう言うのなら観戦させて貰うでござるよ 聞く耳持たぬのであろう?」


 否定派が多数を占めている中、アヤカのみ傍観に徹する事を決めた。


 確かに今のリンは魔王軍を倒す事にしか頭ない以上、止めても無駄である。


(良い機会でござる……今のリン殿の根底にあるものを見極めるには)


「ちょっとアヤカ!?」


「おっ? なんだよヤル気充分ってか? 良いぜこいよ」


「ここで何があったか吐いて貰うぞ そして死ね」


「ハッ! デカイ口は相変わらずかぁ? どんだけ強くなったのか見せてみろよユウヅキ リン!」


 電撃を纏った拳を地面に叩きつける。

稲妻が地面を走る。稲妻はリン目掛けて一直接に放たれた。


 リンはその一撃を難なく躱すと、雷迅へと距離を詰める。


 リンの右手は鋭利な刃状と化した、氷を纏う。


「お噂の氷の力か! その程度が通用すると思うなよぉ!」


 雷迅は片手で氷の刃を受け流し、その勢いのまま拳を叩き込む。


「……だろうな」


「へぇ……やるねぇ」


 腹部へと放たれた拳は届かない。リンの左手に捕まれ、阻まれたからだ。


「反応速度が上がったな 動きの無駄も改善されてるじゃあねえか」


「お前ら相手に散々叩きのめされたからな 嫌でも強くなるさ」


「んで? 今のお前ならこの後どうするよ?」


「そうだな……お噂の氷の力を使わせて貰うとするか?」


 掴まれた拳が、徐々に氷が侵食してゆく。


 氷の賢者の石を手に入れてから、この力で幾人もの魔王軍を屠ってきた凍結の力だ。


「おう!?」


「恨むなら魔王軍に入った自分を恨むんだな」


「……勝った気になるには早すぎるぜ?」


 雷迅は凍る身体に魔力を流す。電撃の力がリンの魔力を押し除け、氷を砕く。


「何だと!?」


「伊達に電気使って生きてきてんじゃねえんだよぉ!」


 雷迅は改めて拳を叩き込む。動揺したリンに防ぐ手立ては無く、そのまま吹き飛ばされた。


「ゴホッゴホッ……ッ!」


「舐めんじゃねえぞ? この程度の事なら前のお前もやってたろが」


「……記憶に無い」


「そうかい! んじゃあまあ思い出せよなぁ!」


 以前にも増して膨大な電気を放電する雷迅は、不敵な笑みを浮かべて拳を構える。


「チョイと痺れるが……悪く思うなよ?」


「やなこった」


 リンも拳を構える。雷迅を見据え、過去に相対した敵を、もう一度倒す為に。


「黙ってお縄についてれば良かったんだよ」


「楽しもうじゃあねえかユウヅキィ! 久々に暴れさせろぉ!」


 互いに全力をぶつけ合う。純粋な力に純粋な力で、真っ向から挑み、叩きのめす。


 それが相手に最も敗北感を味合わせる方法だと、二人は理解しているからだ。


「テメェ『土の賢者の石ガイアペイン』はどうしたぁ!? 前みたいに硬化しねぇのか!?」


「使って欲しいなら力づくで使わせてみな」


「いちいちムカつくなテメェ! 火も土も氷も……全部使わせてやるから覚悟しなぁ!」


 二人の戦いは攻撃を防ぐよりも、殴り殴れのノーガードの殴り合いだ。


 もはやどちらが先に倒れるかの我慢比べ、どちらが根を上げるかのチキンレースと化していた。


「ホラよぉ! フラフラしてるぜぇ!」


「お前が目眩起こしてるだけだろうが!」


 当然そのまま続ければ限界も早い。そんな二人を止めるべきだと、シオンは言う。


「ねぇあの二人本当にあれで良いの!?」


「あ〜……ありゃあスイッチ入ってんな どっちも」


「止めるって……力づくで止める気かい?」


 目の前で行われている熾烈な戦い。止めるとなるとそう簡単にはいかないだろう。


 下手をすれば、止める方にも被害が出てしまう。


「う〜……とりあえずアニキを応援するしか……」


「そろそろ決着も着きそうでござるよ」


 黙って二人の戦いを観戦していたアヤカには、体力がどちらも尽き始めたのがわかる。


 ほんの僅か、ただ一瞬リンが隙を見せる。

それを雷迅は逃すはずも無かった。


「もらっ……アタタタタタァ!?」


「……何だ?」


 隙を見せたリンに渾身の一撃を叩き込む筈だった雷迅が、首を押さえて痛みを訴える。


「く……首が締まるぅ……!」


《戯けぇ! 誰が二代目を倒せと命令したか!》


(この声……確かどこかで?)


 どこからとも無く声が聞こえる。

その声は雷迅から、雷迅が首に付けていた首輪が発していると、リンは気づくのに多少時間がかかった。


《アーアー ……聴こえておるか聖剣使い? 久しいなぁ》


「その声……アンタもしかしてアクアガーデンの」


「ピヴワ王妃!?」


《おー! シオンもおるな 元気そうで何より》


「どうして雷迅から声が聴こえるのですか王妃!?」


《此奴につけた発信器付きの首輪からな メッセンジャー・・・・・・・として雷迅を寄越したのだ》


「そのメッセンジャー死にそうだが」


「お喋りはこの拷問器具解除してからにしろや……」


 意識を保つのに限界がきたとクレームを受けて、ピヴワは締め付けをやめた。


《改めて自己紹介をしよう 妾は『ピヴワ』 アクアガーデンを治める麗しき王妃である! ほれ! 平伏して称えろ称えろ!》


 事情を話す為、矛を収めさせたピヴワ。


 まずは知らない者の為に名乗りを上げた。


「間違いねぇ本物だぁ……」


「オッス王妃! 相変わらずウザいな!」


《お主らどこで判断てしておるぅ!?》


 アクアガーデンを統べる王妃『ピヴワ』と、その国で暴れた不届き者の『雷迅』。


 なんともミスマッチな組み合わせに知っている者は疑問に思ったが、とりあえず話を進める。


「こちらも名乗らせて頂くでござる 拙者はアヤカ 『ムラマサノ アヤカ』でござる」


「おりゃあムロウ 『ガンリュウノ ムロウ』 よろしくな王妃様」


《ムラマサにガンリュウ……あのジジィ共・・・・・・の孫と倅か 中々濃ゆいな》


「……雷迅をメッセンジャーにしたと言ったな つまり緊急の要件・・・・・って事だな?」


《そうだ……雷迅! 壁に向かって首輪の右横のスイッチを押せ!》


「ヘーイ……ってせめてチョーカーって言ってくれよ 首輪だと犬じゃあねえか」


 文句を言いながらも指示通りにする雷迅。


 すると照らされた光が、壁にピヴワの顔を映し出した。


《どうだ? 久方ぶりの妾の美貌を拝めて光栄であろう?》


「ほ〜? これはまた随分小さな王妃様でござるなあ?」


「おじさん流石にここまで幼いと守備範囲外かなって……」


《お主らも失礼だな! こう見えてもお主らもよりも歳上だしぃ! 何故かフラれたみたいになっておるしぃ!?》


「さっさと話を進めてくれ」


 緊張感の無い会話に苛立ちを覚え、リンは早く内容を知りたかった。


《扱いが雑ぅ……お主らも知っておるだろうが最近魔王軍の動きが活発になっておる》


 これまで襲われた場所三ヶ所を除けば、魔王軍の動きというのはハッキリ言ってそれ程多くは無かった。


 が、現在では各地で魔王軍による被害が増大しつつある。


 物流ルートを押さえられ、小さな村や集落が襲われるといった事が頻繁にみられるようになってきていた。


《領土を奪い 物資を奪って水や食料といった必需品が手に入り辛くなっておる》


「本格的に魔王軍の侵攻が始まったって事ですね……」


《今はその前の段階に入ったという事だろうな だから我々も決戦の準備を始めようと思っておる》


「随分呑気なものだな……今から始めようだと・・・・・・・?」


 前々から国の危機感の無さを、街などで集めた情報から感じていたリン。


 あれ程時間があったというのに、未だに準備ができない事に不満を覚えていた。


《そう噛みつくな聖剣使い それには此方にも理由があってなぁ……》


「……で? 具体的にどう準備するつもりなんだ?」


《お主らには秩序機関『ギアズエンパイア』に向かってもらいたい そこには『魔王軍討伐作戦本部基地』を設置しておるからな》


「まだ残りの賢者の石を集めきれてないぞ」


《無論まずは賢者の石の回収を優先するが良い 残りは『ド・ワーフ』と『ライトゲート』であろう? なんらかの時には改めて連絡する その為のメッセンジャーなのだからな》


「嫌々ながら この雷迅様がお前らのお供に加わってやろう ありがたくおもいな!」


「この魔族って信用できるのかい? 寝てる間に首の骨折られたりしないかね?」


 ムロウの当然の疑問、見ず知らずの魔王軍だというのなら信用出来る訳がない。


《その点は安心せい 此奴の首につけた首輪はな さっきみたいに勝手な事をすれば締め付けられる仕組みになっておる その気になれば捻じ切る事もな》


「え? 初耳何だけど?」


《今言ったからな》


「このロリババァ!」


《健闘を祈るぞ お主らが我らが切り札なのだからな》


 切り札と言う。けれどこの施設や村一つ守れなかった自分に、そんな大それた事が出来るのかと、リンは疑問に思う。


《……辛かったであろうな 救えたかも知れぬ命を救えなかった事は》


 今思っていた事を、見透かされていたかのようにピヴワは言う。


《忘れるな……今一番救わなくてはいけないのはお主自身・・・・だということを》


 その通信を最後にピヴワは通信を切った。


 リンはその言葉の意味を考えていたが、雷迅は構わず歩き出す。


「どこに行くでござる?」


「決まってんだろ?『洞窟』だ」


 雷迅は場所を知っていた。


「情報が確かならそこにいる筈だぜ……『魔王』がな」


 兵士が最期に言い残した洞窟を。

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