第93話 教訓

「え〜いもう疲れたぞ! ちょっとは休ませろっての!」


「口が動かせるならまだ大丈夫だろ」


 大量の魔物をリンとムロウを斬り伏せながら、目的の神社を目指し、魔物をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返す。


 だが、やはりその数が多すぎた。


 町に現れた数がたった九匹だったというのに、目の前の魔物の数は百を軽く超えていた。


「どうするオッサン? 女の子にはカッコイイとこ魅せるんだろ?」


「今まだいないから大丈夫」


「少なくともその発言はアウトだな」


 この状況でも軽口を叩ける余裕は、まだお互いに残っている。シオン達がいる城から、この神社までの距離はそう遠くはない。


 だがアヤカは違う。


 鍛冶場からここまでは離れている訳では無いのだが、一度チビルが呼びに行くのが先になる事を考えると時間がかかる。


「全員集合には少し踏ん張んないとな 遅れるなよ二代目?」


「アンタこそ疲れたって言ってたんだ 足引っ張るなよ?」


「誰に向かって口聞いてんだよ」


 ムロウはニヤリと笑い、余裕である事をその戦いぶりで証明する。


 リンも伊達にアヤカの元で一ヶ月の修行をしていたのではない事を、改めてムロウに証明した。


(それにしても足場が悪い……階段だから当たり前といえばそうだがこの数だと尚更だ)


 神社へ続く長い階段。そこを陣取っている魔物達を相手にするというのは、やはり厳しい。


「このまま奴らが上から雪崩れてくると押しつぶされるな」


「そりゃあ勘弁願いたい」


「何か切り抜ける妙案は無いか?」


「とりあえず階段の半分まで行け・・・・・・ そうすりゃあ突破してやんよ」


 自信に満ちた表情と言葉でムロウはそう答える。この状況を打破する方法があると言うのだ。


「その言葉 信用して良いんだろうな?」


「こんな時にんな嘘つく訳ねえだろ? 良いから前に集中しな」


 リンとムロウは互いに背中を預けている。


 リンが前に進み、その後ろをムロウが守る。


 囲まれたとしても問題ない。目の前の魔物を、ただひたすら斬り伏せるだけだった。


「そういやお前さん……まだ聖剣を出せねえのか? 火の聖剣フレアディスペアならコイツら纏めて焼き払えるだろう」


「できるなら最初から出してるさ」


 結局カザネを出るまでに解決したかった問題である『賢者の石の力が使えない』問題は、未だに解決出来ていない。


 木の魔物を相手にするのなら、これ程までに相性の良い事もなかっただろう。


「まぁ無い物ねだりは見苦しいかぁ〜」


「そういう事だ わかったら黙って倒せ」


「可愛くねぇガキだこと」


 二人は再び敵を倒す事に集中する。作戦があるというのなら、リンはムロウに賭けた。


 少しずつだが疲労が溜まる。慣れない足場に苦戦しながら、刀を振るわれる。


「ギィ!?」


(コイツで……何匹目だ?)


 元々数えていた訳ではない。だが、たとえそうだとしても、これ程の数を倒していれば気になってしまう。


(どうする?たとえたどり着いたとしてもその頃には俺達の体力で何とかなるか……?)


 戦い続けていくうちに、その不安は増していく。


 もしもこの先にもっと大量の魔物がいたら? もしくは大元となる強力な魔物がいたら? 考えれば考える程、リンは策が見出せなくなっていく。


「刀に迷いあり……だなぁ?」


「何?」


 後ろを担当していたムロウの言葉が、今の悩むリンにそう言った。


「こんだけの数相手してりゃあそうなって当然だそれが普通だそれでも良い だがな……」


 風が吹き荒れる。


お前は駄目だ・・・・・・ お前はこの世界を救う為に戦ってる『聖剣使い様』なんだよ だったらこんなところで怖気づいてる場合じゃあ無いだろう?」


 風が更に強さを増す。


 吹き荒れる風が、魔物の動きを止める。


 リンが風の正体に気づき背後を見やると、ムロウの眼がリンの眼を真っ直ぐ捉えて離さない。


「今眼の前には誰がいる……? 敵だけか? それともお前の眼には誰もいないように映ってるのか?」


 少なくとも敵ではない。


 味方と言えるのかどうかは、まだ付き合いが短くてわからない。


 だがそれでも、今は背中を預けても大丈夫だと思える、信用しても良いと思える人物がそこにいる。


「最近のガキは甘え方も知らねえのな おじさん驚いちゃったぜ」


「……むずいんだよ」


「バーカ 慣れてねぇだけさ 自分を見せるのが怖いんだ」


 そのムロウの見透かされたような言い方をリンは否定したかった。


 だが、リンにはできない。


「半分までちと遠いが……ここで使わせてもらうぜ」


 ムロウの準備は整っていた。


 刀を握る手をより強く、自身の魔法で刀纏わせた風はより一層吹き荒れさせる。


 今この場で起きている強風は、ムロウの起こしているものだ。


「ちょいと伏せてな二代目! 『巌流がんりゅう 刃魔一体じんまいったい』……ッ!」


 ムロウの魔力量はそれ程を多くはない。だからこそ、いざという時にまで取っておく。


 ムロウにとって、今がその時だった。


「疾風怒濤っ! 『大天狗』!」


 風ではなく『嵐』だと、そう表現する方が適した風が、ムロウを中心とした技で魔物を一掃する。


「これが……アンタの言っていた妙案か」


 凄まじい大技を見せられ、リンは呆気にとられる。


「どうよこの破壊力……これで道は切り開いてやったぜ」


 だがこの技、もう一度放てと言われても暫くは発動できない。


「後はお前さんに任せるぜ……まったく歳には勝てないな」


「今ので魔力は使い切ったんだろ? もう少し温存できただろうに何で使った」


 本来のムロウの計画としては、もう少し先で使うはずだった。何故、今このタイミングで使ったのか。


「ガキはな……甘えてた方が可愛げがあって良いんだよ だからお前さんはもっと人を……仲間を頼れ・・・・・ それがおれからの教訓さ」


 ただそれをムロウは言いたかった。だからこそ無茶をしてでもそれを行動で示したのだ。


 一人で抱えて、勝手に終わらせるのではなく、仲間を頼れと。


「さっさと行った方が良いぜ また沸き始めたら今度はお手上げさ」


「アンタは?」


「おりゃあここで待機さね まだ嬢ちゃん達も来てないしその間ココを死守しとかねぇとな」


「なら……そうさせて貰う」


 リンは神社へと駆け上がって行く。


 ムロウはそれを見送り、煙管をふかせて一息ついた。


「あ〜あ 柄にもなく説教たれちまった」


 少々おせっかいが過ぎたかと心配するが、後悔はしていない。ここで折れてしまっては困るからだ。


 何故ならリンはこの世界の命運を握る、人類の切り札なのだから。


「にしても……」


 階段に腰掛け、思うことは一つ。


「……腰痛った!」


 大技は腰にくる。今日ムロウが学んだ教訓だ。

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