第85話 修行その壱『構え』


「先ずはちょっと見ていて欲しいでござる」


 そう言ってアヤカはリンに向けて木刀を構える。


「正眼『水の構え』でござる この構えが基本中の基本の構えでござるな」


 そしてそのまま、アヤカは上に高く構えて見せた。


「上段『火の構え』これは水の構えの振り上げる動作を省いてより速く振り下ろすことの出来る謂わば攻撃に特化した構えでござる」


(どっちも元の世界で見たことある構えだな)


 見せられた二つの構えは、どちらも元の世界での剣道でよく見る構えと同じものだった。


 それに加えた三つを含めての『五方の構え』と呼ばれるものである。


「逆に下に構えるこの構えは下段『土の構え』でござる 下から上への斬り上げ 足元への攻撃による牽制 最初の二つと比べて腕への負担が少ない構えでどちらかと言えば守りでござるかな?」


「確かにその構え方だと攻めるのには向いてないな」


 足元へ構えてしまう都合上、どうしても前進する時に邪魔になる。


 相手の動きに対して斬り上げか、足元を斬りつけるかを選び、近づかせない事を意識した構えである。そう考えると守りの構えというのに、リンは納得できた。


「火の構えに近いこの構えを八双『陰の構え』でござる」


 火の構えと違い、右側の顔へと木刀を寄せて構える。


「この構えの利点は水や火より疲れず それでいて土よりも格段に攻め込みやすい 距離を縮めたい時には走って詰め寄ることもできるより実戦向きの構えでござるよ」


 先程までの説明をされた構えに共通していること。それは相手と『一対一』での構えとして適しているという事だ。


 最初の三つの構えは、縦への攻撃は優れているものの、横への斬りつけや背後への対処といったものには些か不安がある。


 それに比べてこの構えは機動力のおかげで攻めは勿論、避ける事に関しても優れていると言えるだろう。


「当たり前でござるがどっしりと構えられる先程の三つの構えと比べれば少々斬り込む勢いによっては威力が落ちてしまうのが欠点でござるな」


 乱戦であれば周りへの視野が広く、かつ斬りやすさが優先されるであろう。


 一撃の重さに拘らずとも、当てさえすれば刃が相手を斬り裂いてくれるからだ。


「そしてこれが脇構え『陽の構え』 狭い空間でも構えやすく相手に刃を見せないことで間合いを測らせにくくすることが出来るでござる」


 相手に左半身を晒し、刀身を死角にする。間合いを測らせないことで敵への恐怖心を煽る。


 一瞬の判断が自らの生死を分ける。得物を見せない事で、情報戦に有利に立てる構えだろう。


「この構えは身体を真正面に見せないでござる そうすることで相手の攻撃先をある程度縛れることも長所でござるな」


 左半身を向けて死角にするのは得物を隠すだけでなく、あえて晒す事で誘導させやすくする効果もある。


 どこが攻められるかが予測出来る事のメリットは、非常に大きい。


「まあ機動性に関しては最初の三つとどっこいどっこいでござるかな? 反撃には適しているでござるが斬り込みには向かないでござるよ」


「って事は俺が使うのはその中だと『八相』か? 汎用性の面で一番無難だと思うが」


「まあそうでござるな でも今回の説明した五つは今回は後回しでござる」


「は?」


 長々と説明しておいて今回は違うと言う。 その疑問と不満が、リンのその一言に込められていた。


「まあまあまあ 基本の構えを知ってもらいたかったのでござる 自分だけでなく相手が使ってきたときの対処の仕方も変わるでござろう?」


 そう言って五行の構えとは違う別の構え、リンに覚えて貰いたい本題の構えの形をとる。


 木刀の位置としては八相の構えよりもやや横に、腰を少し下ろす。


 脇構えと同じように身体の正面は相手に向けず、そしてきっさきを相手に向けた構えだった。


「『かすみの構え』…… これをリン殿の基礎にして欲しいのでござる」


(映画とかで見た事ある構えだ……)


 刀を使ったアクション映画などでよく見るアレだと、リンの中で思い出す。


 だがその構えは格好付けてるだけの構えか何かだと、リンは勝手に思っていた。


「その構えのメリットは何だ? 覚えるからには聞いておきたい」


「この構えの考え方としては八相に近いでござるよ 位置的にもあまり変わらないでござろう?」


「だったら八相でもいいんじゃないか?」


「この構えは相手の動きをよく見て攻撃してきた瞬間を狙う……腰を下ろして構えて身体のひねりを加える事で踏み込まずとも一撃に力を込めやすいのでござる」


 つまりこの構えはカウンターを狙う反撃の構え・・・・・と言える、守り寄りの構えという事だった。


「それだけじゃあないでござるよ? 脇構えと同じく正面を向けていないでござろう? それに鋒を相手に向けてるから刀身を立ててる時より刃が見難い ねじ込むように突けるのもこの構えの利点でござる」


「成る程な」


「そしてここからが大切でござる 何よりもこの構えは……」


 アヤカは先程よりも真剣な表情となり、この構えの重要な事をリンに告げる。

これから覚える霞の構えの重要事項をリンは心に刻む。


「この構えは……見栄えが良いでござる」


「どうでもいいわ」


 刻む必要はまったく無かった。


「長々と説明したでござるが リン殿はいつ襲われるかわからぬでござるからな 乱戦時にも対応しやすい構えを覚えて貰いたい」


「霞の次は八相って事で良いのか?」


「出来ればでござるがな 本当は一ヶ月と言わず最低でも半年は欲しいのでござるが」


「それは困るな」


「だから敢えて今回は迎え討つのに適した『霞の構え』を教えるのでござるよ」


 ふざけた態度も多いが、アヤカは真面目にリンの事を考えて修行の内容を作ってくれていた。


 そして、アヤカはリンに語る。


「拙者が教えるのは『剣の道』ではなく 『剣の術』でござる」


 その声には優しさと、冷たさを感じさせた。まるで悟りを開いた人のようにリン感じさせる。


「道は刀を振るう事に意味を見出し『得る』もの 辿り着く場所を見据え『極める』為の道でござる」


 アヤカは続けて語る。


「 剣術は必ず相手を必要とし『奪う』もの 何故なら相手を『殺す』為の術でござる 勝つではなく殺す・・・・・・・・でござる」


 それは綺麗事など無い、戦いの場においての真理を説くものだった。


「リン殿の戦いとはそういうものでござるよ リン殿に耐えられるでござるかな?」


 最後に教えられた構えは、戦いにおいての『心構え』だった。

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