第59話 恐怖心

「まだ来ていないのか……」


 約束の神社。リンはそこで果たし状を送りつけてきた人物を待っていた。


 暗闇の中での頼りは月明かりのみ。そんな中での決闘は不安が残る。


(もっとも本当に一人で来てくれればだがな)


 ここにいるのはリンのみで、シオン達は来ていない。


 果たし状は『罠』ではないかという話にもなったが、面倒な方法をとったのだからリンはおそらく違うだろうと判断した。


「たとえ一人じゃなかったとしても城を攻め込まれるよりはマシか……」


 たとえ罠だったとしても、城や城下町を戦いの場にするよりずっと良い。


 だからリンは一人で戦つ事を選んだのだ。


「失礼だなぁ おりゃあそんなことしねえよ」


「!?」


 突然声がした為、背後に振り向く。するとそこには笠を深く被った、おそらくは中年ぐらいの男が立っていた。


(何だ……コイツは? 気配が全くしなかった)


 先程までここには『一人しかいない』と思っていたのに、突如として現れたその男に不気味さを感じた。


「イヤ〜呼び出したのに悪いね 道に迷っちゃって」


(何だコイツ)


 どうやら本当にいなかったようで、肩透かしを喰らわせられ、さっきまで感じた不気味さが一瞬で吹き飛ばされる。


「……お前が俺を呼んだのか」


「そういう事 約束通り一人で来てくれたみたいでおじさん嬉しいよ」


「お前の目的は何だ?」


「あれ? 読んでくれたんじゃないの? 決闘だよ『決闘』 お前の実力が見たくてさ」


 特に裏もなく、単純に戦いたかったとその男は言った。


「そういう事なら話はパスだ こちらにメリットがないんでな」


「オイオイ? ここまで来てくれたのにそれはないでしょう?」


「そう思うなら ちゃんとした理由を持ってくるんだったな」


「……魔王軍だとしても?」


 この場を立ち去ろうとしていたリンの足がピタリ止まる。


 理由は当然『魔王軍』という言葉であった。


「お? 顔つきが変わったな んじゃあ早速始めましょうや」


 男は腰に携えた刀に手を置き、構えた。


「そういや名乗ってなかったな? おりゃあ『ムロウ』ってんだ よろしくな」


 果たし状を送ってきた『ムロウ』と名乗った男。


 魔王軍だという話であれば、リンとしては戦う道しか残されていない。


「いざ尋常に……勝負ってな!」


 右手に力を込めると、リンの右手に砂塵が舞い上がる。


 現れたのは土の聖剣『ガイアペイン』だった。


(ガイアペインならとりあえず身体が硬化する……様子見なら丁度いい)


 だがムロウは聖剣の特性を知っていたのか、こちらへ攻めてくる様子が見られない。


(こっちが攻める選択肢もあるが 流石に早計か)


 相手の攻め手がわからない以上、迂闊に手を出すのは悪手である。


 戦いを急ぐ必要はない。わざわざこちらから攻めずとも、仕掛けてくるのを待つ方が安全であった。


「どうした? 攻めて来ねえのかい?」


「果たし状を送って来たのはそっちだろ? 遠慮せずに攻めて来たらどうだ?」


「残念 どちらかといえばおりゃあ受け身のが得意なんでね そりゃあ譲るよ」


 それを聞いてますますリンは攻める気力を失った。


 相手の土俵に合わせて戦えるほど、リンはまだ強くなってはいない。


(とは言ってもこれじゃあどうにもならない)


 延々と時間が過ぎるだけ、それは結局我慢比べという同じ土俵での戦いになる。


(受けも攻めもおそらくこちらが不利……ならこっちが攻めなくては打開策にもならないか)


 攻める事に腹をくくり、攻める事に集中する。そして考えついたのがこれだった。


「ん? 聖剣を戻すのかい?」


「ああ……こっちで相手してやる」


 ガイアペインを石に戻して、再び右手に力を入れる。すると今度は炎がリンの腕に舞い上がる。


「……火の聖剣か」


「ああ そして……」


 ここで出した答えは『近づかない』ことだった。


 それがこの場ではおそらく、最善の答えだっただろう。


(ヤツの構えは『居合い』だ 近づけば一瞬で切り伏せられる)


 どれほどの実力がわからない以上、相手の強さは『強敵である』と仮定して動く他ない。


 だからこそ最初から全力で、そしてすぐに片をつける。


「『形態変化 弓式ゆみしき フレアディスペア』」


 間合いから外れた遠距離からの狙撃。これがリンの出した答えだった。


「聖剣なのに弓!? そりゃずるくないかい!?」


「『使えるもは何でも使う』 それが俺のやり方だ」


 問答無用で弓を引く。力を込めて引き絞り、謎の男へ放たれた。


(コイツでどうだ)


 それは一瞬だった。勢い良くまっすぐと放たれ、命中するはずだった一撃は、その期待に応えられなかった。


「なん……だと?」


 切り伏せられた、それもたったの一太刀・・・で。


 炎の矢はいとも簡単に縦に真っ二つに切られたのだ。


「驚くなよ 素人の矢に当たるほど伊達に修羅場潜ってないんでね」


 決して侮っていたわけではなかった、躱されるかもしれないと。


 だがその方法に思考を奪われる。


(今……何をした? 何をされたんだ?)


 刀で切ったにしては違和感しか残らない。


今までの敵とは違うと、それはその一閃で感じてしまった。


「ほら! ぼーっとしってとその首から上が吹き飛ぶぞ!」


 隙を見せてしまえば当然そこを突かれる。


 ムロウは『受け身が得意』だと言った。だが、間合いの詰め方は玄人そのものである。


「ちっ!」


 一瞬後退しフレアディスペアを戻す。


 フレアディスペアではダメだと悟り、ここで接近戦に持ち込まれるのならもう一度ガイアペインで対応するしかない。


「最初の作戦かい? それが通用すると?」


 こちらの首を狙う突きの一撃が、確実に息の根を止める為に飛んできた。


(硬化していれば防げるか……それでもここは躱しておこう)


 安全策に出ておいて悪い事はないだろう。それがこの時の判断だった。


 確かにギリギリではあったが、何とか掠めることなくその突きを躱した。


 なのに何故か首筋に痛みが走る。


 シュンっという音が聞こえたかと思うと、首筋から血が流れ始めたのだ。


「っ!?」


「ありゃ残念? 首は飛ばなかったか」


 不敵に笑う剣客がそこにいた。


「ガイアで硬化したこの身体が……切られたのか?」


 リンの心は『理解が追いつかない恐怖』で、心が埋め尽くされてしまう。

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