第56話 甘いひととき

「なんだか昔の日本に来たみたいだ」


にほん・・・? って元の世界の国の名前?」


「ああ 昔はこんな感じだったそうだ」


 カザネの城下町、それは江戸や明治といった昔の日本のような風景だった。


 無理矢理リンに連れてかれてここを案内しろと言われたが、シオンはカザネ二ついてそこまで詳しいというわけじゃなかった。


 何故ならここに来たのは馬車でここに着いたっきりであり、ほとんど城の中で過ごしていたからだ、


「ってなわけで私は全然知らないから案内なんてできないよ」


「それならそれでいい 探索しない限りは一生わからんしな」


「だからそれならここの人に案内してもらえば……」


「あそこにあるのは茶店か 腹ごしらえには丁度いいだろう」


「あっ! ちょっと待ってよ!」


 シオンの言葉を無視してグイグイと城下町の探索を進めようとするリンに疑問に持ちながらも、付き合うことにした。


「いらっしゃ〜い さあどうぞ お好きなの選んでくださいまし」


「……」


「え〜と……読もうか?」


「待ってろ この程度の字読めないはずがない」


 異世界からの来訪者は、この世界の字を読むことができなかった。


 アクアガーデンでチビル(と後一応レイ)に教えてもらって、少しは読めるようになったらしいが、まだ一人で読むのは難しいだろう。


 それでもメニューと一生懸命格闘する姿勢には、シオンは素直に感心する。


「この『ハチミツをまぶした団子の餡子かけ』を一つ」


「はいな〜」


「ちゃんと読めたね」


「一応習ったからな この程度造作もない」


 さっきまで自信なさげにメニューを見ていたとは思えない発言に、シオンは笑ってしまいそうになるが本人は真面目なのだから笑ってはいけないだろう。


「飲み物はいかがなさいます?」


「……苦めのお茶で」


(あっ妥協した)


 メニュー見ず、そっと閉じて普通に頼んだ。


 読む事を諦めたのか、それとも時間がかかることが嫌だったのか。定かでは無い。


 メニューをリンから渡され、シオンもとりあえず選び注文する。


 ここに来てから外食をしてなかったので、シオンにとってもいい気分転換になりそうだ。


「でも意外だね リンって甘いのあんまり好きじゃないかと思ってた」


「どちらかといえば好きだな まあ嫌いなものが思い当たらないくらいにはなんでも」


「そっか」


「……いや この世界に来て真っ先に食べたものはもう二度と食べたくないな」


 その顔は一気に生気をなくしていた。


 余程不味かったのだろう。なんだか気になってしまうシオンだったが、踏み込んでは駄目な気がした為、それ以上聞かなかった。


「言われてみれば……甘い食べ物には苦い飲み物 この組み合わせが特に好きだな」


 意外な一面を見れてシオンら少し嬉しくなる。


 リンはあまり自分のことを話したがらない。だから些細な事でも話してくれる事が嬉しかったのだ。


「ねえ もっと聞かせてリンの事」


「別に俺のこと聞いても楽しくないだろ」


「いいからいいから」


 シオンは男性に興味があった。


 アクアガーデンでは殆ど見かけない自分とは別の性別。初めて会ったときから色々知りたかった。


(でもそれ以上に……リンを知りたい)


 だがその好奇心はリンへのもの。彼個人を知りたいと『想い』始めた。


「なんでもいいよ? 身長体重好みの娘とか」


「知ってどうするんだそんな情報?」


「いいじゃない 私男の人ってどんなのが好きなのかどんなの好きなのかってわからないし」


「仲がよろしいようで 彼氏さんですか?」


 先程注文した茶と菓子を持って茶店の店員が現れた。


 側から見るとそう見えたようで、二人は茶化される。


「そっそんな!? 私たちはまだそんな関係なんかじゃあ…….」


「そうだな 歳の差がな」


「おっと手が滑っちゃった」


 イラっとした。だからついつい剣を突きつけてしまった。


「危ねえだろ! なにしやがる!?」


「あらあらごめんあそばせ〜? つい手を滑らせてしまいまして」


「このアマァ……」


「あら? お兄さんのほうが年上かと」


「ハグゥッ!?」


 店員さんによる悪意のない一言はリンを致命傷を与えるには充分だった。


 その一言に完全にリンは機能を停止した。


「アハハハハハ! ザマァみなさい!」


 リンに指をさして笑う。シオンは以前にも歳の事で言われたのだから、これぐらいは許されるだろと仕返しを込めて。


「ごっごめんなさい! てっきりに二十五ぐらいかと」


「二十……五か……」


 約十歳も多く見られていた。


 その事に更に吹き出してしまう。


「……笑いすぎだ」


「だって……ふふふっ!」


 お腹を抱えて笑っていると、力ない声でリンは落ち込んでだ様子を見せる。思っていた以上の最新の一撃だったようだ。


「言っとくが俺は気にしていないぞ コレっぽっちもな」


「いやもう無理があるでしょうその強がり」


「うるさいとっとと食え まだ行くところがあるんだからな」


 そう言ってリンは不機嫌そうにしながら、団子を荒っぽく食べる。


(それにしても今日は本当にどうしたんだろ? これじゃあまるでデー……)


 そう考えた瞬間一気に顔が赤くなる。先程の『彼氏』発言も含めると、この状況はそういう事になる。


(まっまさか最初からそのつもりで!? いやいやまさかそんなリンに限ってそんなこと意識して……)


 両手で顔に手を当ててそんな事考えてると、リンがシオンの顔を覗き込む。


「どうした急に黙って? それに顔が赤いし熱でもあるのか?」


「誰のせいよ! 」


「……今のは怒られるところだったか?」


 予期せぬ反応に真面目に考え込むリンだった。


 楽しそうにする二人を、少し離れたところから編み笠の男が覗き込んでいた。


「あれが二代目か……」


 その男の目的は『聖剣使い』である。


「本当……良く似てらっしゃることでまあ」


 無精髭を生やした編み笠の男は、そう言うとその場を立ち去っていく。


「お手並み拝見といこうかね こりゃあ楽しみだあ」


 腰に携えた愛刀に手を置き、嬉しそうな足取りで、戦う為の準備の為に準備を始める為に。

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