第21話 先にあるもの

『セイケン……つかい?』


「人が寝ようとしてる時にこうもうるさいんじゃ寝れないんでね」


 クレアを抱きかかえたままそう言い放つ。本当は立ってるのもやっとだが、だからといって倒れるわけにもいかない。


「何で……来たの?」


 休んでなければ危険だというのに、何故来たのかを問われてしまう。


 本当ならこんなことしたくはない。


 けどもっと嫌なことがある。


「今はまだこの船の船員なんでね 船長のためには命をかける覚悟でありますよ」


 指を咥えて見ているぐらいなら、体を張ってでも助けてみせる。


 絶望するのなら、終わった後でいくらでも出来る。


「──バカ」


 クレアはそう言うと服をギュッと掴み、顔を埋める。とりあえずは大丈夫そうだ。


『セイケンツカイ……せいけんつかい……聖剣使いィ!』


 怒りがこみ上げてくるのか、だんだんとエドの声に力が入る。


「そう何度も呼ばなくても聞こえてるよ」


「お前さえいなけれバ! お前のせいデこのオレは!」


「奇遇だな 俺もよくそう思うよ」


「何を余裕こいてやがる!? わかっているぞ! もう力はほとんど残ってないはずだ!」


「あらら? ばれてるのね」


 その怒りで理性すら戻ってきたのだろう。言葉には確かな憎しみを感じさせる。


「だから……休んでてって言ったのに」


「この状況でよく言うな」


「だって……」


「さあてさっさとレイを離してもらおうか?」


「素直に渡すと思うかぁ?」


「そうだったな 海賊は奪ってなんぼだったな」


 クレアを近くの船員に預けると聖剣を構える。ほとんど休んでいない状況での聖剣を使うと、どうなるかは何となく想像できる。


 まあ実際頑張って一発何か放てる程度しか、体力が残っていないのだが。


「うたせてやる! 来るがいい聖剣使い! 今のお前の攻撃がどれほどのものか見せてみろ!」


「あんまり期待しないでもらいたいな」


 全身の力を聖剣に集中するイメージを持って力を溜める。


 流石に『迦具土神カグツチ』のような負担の大きいのは出せないが、砲弾を撃ち落とした時のものなら何とか出せるだろう。


「火剣『熱波火燕ねっぱひえん』」


 砲弾を撃ちを落とした時のように振りかぶると、炎の刃がエドに向かって飛んで行く。途中で触手を焼き切りながら進む炎を見て、自分の全てを出し切ったのがわかった。


(今の俺にはこれで最後だ……もう意識が飛びそうだ)


 エドは躱すことなく、炎の刃を受けて切り裂かれた。


 縦に真っ二つに分かれたエドを見て周りは沈黙する。 これでまだ生きていたらもう打つ手がない。


「本体を切ったんだろ!? これなら大丈夫だろ!」


「いや! まだ油断できねえ! 今のうちにイカの身体も吹っ飛ばしちまおうぜ!」


「今この船の中に残ってる爆弾かなんかを集めろ! それで最後だ!」


「バカ! そんなことしたらレイも巻き添えだろお!?」


海賊達の考えもつかの間、予想していた最悪の展開だった。


『グフフフフ』


「やっぱりか……」


『ハッハッハッハッー!』


 二つに分かれた身体がグチュグチュと音を立てて繋がり始める。予想してなかったわけじゃないが外れて欲しかった。


『ムダムダムダ! ソンナコウゲキキカヌワ!』


 流石にもう万事休すだ。お手上げだ。他の手を探せる余裕がもうない。


「ここで終わりか……」


 触手がリンを襲う。躱してる時間も余裕もなかった。


「リン!」


 バキバキと聞こえてはならない音がした。レイの声が聞こえたが答えてる余裕なんてなかった。


「コレデアトハザコソウジダ! クッテヤル! クッテヤルゾ!」


 エドは勝ち誇り、雄叫びをあげている。


 でも、終われるはずが無いんだ。


「リン!?」


 立っていた。


 いつもなら諦めているはずなのに、普通の人でも立っていられないはずなのに、立っていたのだ。


「何してんだアンタ!? そんな身体で動いたら死んじまうぜ!?」


 自分でも驚いてる。


「とりあえずはオレらに任せて休んでろよ!」


「レイが……捕まったままだろが」


 海賊達からの心配の声を無視する。そんなことは関係なかった。今はただレイを助けることしか考えてなかった。


「何で……どうでもいいだろ?」


「あぁ?」


 レイが呟いた言葉からは力が無かった。


 予想であれば「さっさと助けろ!」とか言ってくるものだと思ってた。


「何言ってんだ? さっさと助けてやるから大人しく……は無理かも知れんがとにかく待ってろよ」


「だから何でだよ! オレは口だけで何もできなかった挙句こうして足を引っ張っちまった! それに……」


「それに?」


「姉ちゃんを……姉ちゃんを俺は!」


 そのつもりは無かったとはいえ、実の姉を撃ってしまったのだ。ショックはあるのだろう。


「死んでないんだからいいだろ」


「そういう問題じゃねえよ! 大切な人を傷つけたんだ! もうこんな役立たずのことなんてどうでもいいんだよ!」


 レイは自暴自棄になっていた。それは自分の無力さと焦りでの失敗、そして自分の意思ではないとはいえ、姉を撃ってしまったことへの後悔だった。


 だが、認めなかった。


「ふざけるな!」


 珍しく声を荒げた。


「……リン?」


 怒りが込み上げてくる。助かろうとしないことに、全て諦めて楽になろうとすることに。


「俺の目の前で助けられるなら! 『手を伸ばせば届く』なら! 俺はこの手で絶対に掴んでみせる!」


 初めて、表に出した感情だった。


「だから助ける……嫌がっても何度だってな」


 こんなにも熱く、自分の感情を表に出してしまうなど、あり得ない。


 これは優しさではない、ただの自己満足だ。


「あっ……」


『ヤレルモノナラヤッテミロォ!』


 何度目かの触手の槍が襲いかかる。


 だが、当たらなかった。何故なら海賊達の攻撃により触手が破壊されたからだ。


「そうだお前ら! 新入りに遅れとってんじゃねえよ! 船長の仇とレイを助けるために戦え!」


「死んだみたいに言うんじゃねえよ……あたた」


「レイ! 船長は致命傷じゃねえ! だから気に病むな!」


「みんな……」


(俺はまだ……闘える)


 さっさと動かない身体を奮い立たせろ。闘志を燃え上がらせろ。


 今ならわかる。


 身体が熱いがそれは痛みのせいじゃあない。手に待っていた聖剣が応えてくれているからだ。


『ナンダ?……ナニガオキテイル!?』


 聖剣が激しく燃え上がらせ、炎に包み込ませる。


オレ・・が……いや が相手だ」


 使えるものはなんでも使え。


 たとえ聖剣が得体の知れない力だったとしても、たとえ聖剣が突然『形を変えた』としても、使えるのならば、使わせてもらう。

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