6-3
ベンジャミン・デフォー。54歳。男性。
王国議会議事長。与党王民党の議員。党内の実質的なNo.2。
与党内にある派閥の一つ『白薔薇』を取りまとめている。
既婚者。2回の離婚歴あり。
慈善家としても知られ、数々の慈善団体、政策、制度を生み出してきた。
表向きは民衆の味方だ。
支持基盤である労働者層からの信頼も厚く、また政治に深い関心のない層からも、一定の評価を得ている。
その無骨な顔とは裏腹に、国民の代表として、良くも悪くも働いている印象だ。
だが、そんな男が標的にされるのだから、外面よりではわからない黒い部分があるのだろう。
ファイルのページを繰る。
理想的政治家ではあるが、どうも金回りに関して黒い噂があるらしい。
彼の選挙資金を援助した非営利団体『シラソド』
名前は聞いたことがある。
貧困者の支援を謳っていたが、その裏で資金洗浄を行っている、マフィアの下部組織だ。
ベンジャミンはこの団体から資金を受け取っている。
一昔前に、報道にすっぱ抜かれたが、後にデマとしてカタを付けられた。
不思議なことに、すっぱ抜いた記者と情報提供者が、自殺したというおまけ付きで。
遺族は裁判に打って出たが、結局は金による和解で終わり。
詳細を知る弁護人も検察も、皆が口を閉じて、真実は時の流れに消えていった。
ベンジャミンの仕業。
と見せかけたマフィアによる脅しだろう。
ベンジャミンを政界に送ったのは、マフィア側が自分たちの利益のためであることは間違いない。
だが、残念ながら、そうはならなかった。
この度シラソドとマフィアの関係が公の元に晒された。
遺族の弁護人が、自分の死と共に、報道に情報を公開したためだ。
ベンジャミンは全ては自身の責任として辞任を発表。
自身の身の安全の確約を条件に、捜査に全面的に協力することを約束している。
マフィアからすれば裏切り行為。
その報復の彼の命を狙い、ベンジャミンは亡命をすることにした。
「着きましたよ」
ファイルを読み込んでいるうちに、いつの間にか大学の前に来ていた。
ファイルを閉じて、御者に運賃を払う。
馬車を降りると、馬はいななき、馬車は闇の中へと消えていく。
大学の門は硬く閉じていたが、運良く警備員がまだそばにいてくれた。
彼に会釈をすると、迷惑そうな顔をしながら、門を開けてくれた。
「女とお出かけか」
「どうして」
「匂いだよ。女ものの香水の匂いがする。うちの娘と同じ香水だ。結構高いんだとさ。よくわからんが」
腕の匂いを嗅いでみるが、妙にわからない。
酒のせいか、妙に嗅覚が鈍くなっているようだ。
「昔の顔馴染みにあっただけだ」
「そうかい。深くは聞かないでやるよ」
警備員が俺の肩を叩く。
「人には色々と、あるもんだからな」
そして、同情するような目で俺を見つめた。
この警備員は、過去に何かあったのか。
訝しく思いながら、警備員の隣を通って、宿舎へと向かう。
人気のない廊下を抜けて、部屋の鍵を開ける。
俺を迎えてくれた部屋の闇。
ランタンに火を点けて、ベッドにファイルを投げる。
椅子に腰を下ろすと、深く背もたれにもたれかかった。
ベンジャミンがどうして殺されなくちゃならないのか。それはわかった。
だが、おそらくそれだけでもないだろう。
この前のゲラルドでの一件でもそうだが、おそらくなんらかの思惑があるに違いない。
それも、バックにいる組織に関することだ。
ジョナサンが追っているブロクソスか。あるいはその他か。
どちらにせよ、深堀れば思わぬ災難が舞い込む。
が、ジョナサンは絶好の機会と考えるはずだ。
ジョナサンにこのことを伝えるか。
それとも、彼に黙っているか。
二つの道の間にたちながら、俺は紙とペンを用意する。
宛先はジョナサン・ビルゲート。
内容はヴィオラと交わした約束について。
二週間後の都合のいい日に、彼女との面談をセッティングしたい。
ついては場所と都合のいい日時を教えてくれるように。
そこまで書いたところ、ペンを止める。
そして再び動かし、仕事にかかる。その一文を付け加えた。
インクが乾くのを待ってから、手紙を折り畳み封筒に入れる。
宛先の住所と氏名を記入し、封筒の裏に自分の名前を書き入れる。
封筒の口を糊で止めれば、とりあえず連絡の用意ができた。
明日の朝にでも封筒を投函して、ジョナサンのもとへ届けられるのを願うだけ。
引き出しの中。念のために引き出しの裏に封筒を隠しておく。
それが済むと、俺はベッドに体を投げて、天井を仰いだ。
視界の端にあったファイルを手に取ると、再び広げて、未読だった残りのページに目をやった。
三日後、ルーカスという男と会うことになっている。
その名前には聞き覚えがあった。
一昔前、別の国で暗殺の仲介業を営んでいた男だ。
素性の知れない男だが、どうやらこいつも、この件に一枚噛んでいるようだ。
彼と合流した後、彼の案内でベンジャミンが主催するパーティに侵入。
ルーカスから武器を渡されたあと、俺が単独で暗殺を実行する手筈だ。
集合場所を頭に入れて、ファイルを閉じる。
それからファイルをカーペットの隙間に隠し、ベッドの上で仰向けになる。
黒い天井に思い描くのは、過去のこと。そしてこれからのこと。
歯止めをかけた過去は、ついに俺の制御から解き放たれ、漏れ出した。
漏れを止めることはもはや叶わない。
できるとすれば漏れを濁流に変えて、全てを飲み込み、自分もろとも道連れにすることだけだ。
また、馬鹿をやる時がくるのかも知れない。
馬鹿な考えを巡らす前に、思考を中断。
使い古した脳を休め、俺は目を閉じた。
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