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 ベンジャミン・デフォー。54歳。男性。

 王国議会議事長。与党王民党の議員。党内の実質的なNo.2。

 与党内にある派閥の一つ『白薔薇』を取りまとめている。

 既婚者。2回の離婚歴あり。

 慈善家としても知られ、数々の慈善団体、政策、制度を生み出してきた。


 表向きは民衆の味方だ。

 支持基盤である労働者層からの信頼も厚く、また政治に深い関心のない層からも、一定の評価を得ている。


 その無骨な顔とは裏腹に、国民の代表として、良くも悪くも働いている印象だ。

 だが、そんな男が標的にされるのだから、外面よりではわからない黒い部分があるのだろう。


 ファイルのページを繰る。


 理想的政治家ではあるが、どうも金回りに関して黒い噂があるらしい。

 彼の選挙資金を援助した非営利団体『シラソド』

 名前は聞いたことがある。

 貧困者の支援を謳っていたが、その裏で資金洗浄を行っている、マフィアの下部組織だ。


 ベンジャミンはこの団体から資金を受け取っている。

 一昔前に、報道にすっぱ抜かれたが、後にデマとしてカタを付けられた。

 不思議なことに、すっぱ抜いた記者と情報提供者が、自殺したというおまけ付きで。


 遺族は裁判に打って出たが、結局は金による和解で終わり。

 詳細を知る弁護人も検察も、皆が口を閉じて、真実は時の流れに消えていった。

 ベンジャミンの仕業。

 と見せかけたマフィアによる脅しだろう。


 ベンジャミンを政界に送ったのは、マフィア側が自分たちの利益のためであることは間違いない。


 だが、残念ながら、そうはならなかった。

 この度シラソドとマフィアの関係が公の元に晒された。

 遺族の弁護人が、自分の死と共に、報道に情報を公開したためだ。


 ベンジャミンは全ては自身の責任として辞任を発表。

 自身の身の安全の確約を条件に、捜査に全面的に協力することを約束している。

 マフィアからすれば裏切り行為。

 その報復の彼の命を狙い、ベンジャミンは亡命をすることにした。


「着きましたよ」


 ファイルを読み込んでいるうちに、いつの間にか大学の前に来ていた。

 ファイルを閉じて、御者に運賃を払う。

 馬車を降りると、馬はいななき、馬車は闇の中へと消えていく。


 大学の門は硬く閉じていたが、運良く警備員がまだそばにいてくれた。

 彼に会釈をすると、迷惑そうな顔をしながら、門を開けてくれた。


「女とお出かけか」


「どうして」


「匂いだよ。女ものの香水の匂いがする。うちの娘と同じ香水だ。結構高いんだとさ。よくわからんが」


 腕の匂いを嗅いでみるが、妙にわからない。

 酒のせいか、妙に嗅覚が鈍くなっているようだ。


「昔の顔馴染みにあっただけだ」


「そうかい。深くは聞かないでやるよ」


 警備員が俺の肩を叩く。


「人には色々と、あるもんだからな」


 そして、同情するような目で俺を見つめた。

 この警備員は、過去に何かあったのか。

 訝しく思いながら、警備員の隣を通って、宿舎へと向かう。


 人気のない廊下を抜けて、部屋の鍵を開ける。

 俺を迎えてくれた部屋の闇。

 ランタンに火を点けて、ベッドにファイルを投げる。

 椅子に腰を下ろすと、深く背もたれにもたれかかった。


 ベンジャミンがどうして殺されなくちゃならないのか。それはわかった。

 だが、おそらくそれだけでもないだろう。

 この前のゲラルドでの一件でもそうだが、おそらくなんらかの思惑があるに違いない。


 それも、バックにいる組織に関することだ。

 ジョナサンが追っているブロクソスか。あるいはその他か。

 どちらにせよ、深堀れば思わぬ災難が舞い込む。

 が、ジョナサンは絶好の機会と考えるはずだ。


 ジョナサンにこのことを伝えるか。

 それとも、彼に黙っているか。

 二つの道の間にたちながら、俺は紙とペンを用意する。


 宛先はジョナサン・ビルゲート。

 内容はヴィオラと交わした約束について。

 二週間後の都合のいい日に、彼女との面談をセッティングしたい。

 ついては場所と都合のいい日時を教えてくれるように。


 そこまで書いたところ、ペンを止める。

 そして再び動かし、仕事にかかる。その一文を付け加えた。


 インクが乾くのを待ってから、手紙を折り畳み封筒に入れる。

 宛先の住所と氏名を記入し、封筒の裏に自分の名前を書き入れる。


 封筒の口を糊で止めれば、とりあえず連絡の用意ができた。

 明日の朝にでも封筒を投函して、ジョナサンのもとへ届けられるのを願うだけ。

 引き出しの中。念のために引き出しの裏に封筒を隠しておく。

 それが済むと、俺はベッドに体を投げて、天井を仰いだ。


 視界の端にあったファイルを手に取ると、再び広げて、未読だった残りのページに目をやった。


 三日後、ルーカスという男と会うことになっている。

 その名前には聞き覚えがあった。

 一昔前、別の国で暗殺の仲介業を営んでいた男だ。

 素性の知れない男だが、どうやらこいつも、この件に一枚噛んでいるようだ。


 彼と合流した後、彼の案内でベンジャミンが主催するパーティに侵入。

 ルーカスから武器を渡されたあと、俺が単独で暗殺を実行する手筈だ。


 集合場所を頭に入れて、ファイルを閉じる。

 それからファイルをカーペットの隙間に隠し、ベッドの上で仰向けになる。

 黒い天井に思い描くのは、過去のこと。そしてこれからのこと。


 歯止めをかけた過去は、ついに俺の制御から解き放たれ、漏れ出した。

 漏れを止めることはもはや叶わない。

 できるとすれば漏れを濁流に変えて、全てを飲み込み、自分もろとも道連れにすることだけだ。


 また、馬鹿をやる時がくるのかも知れない。


 馬鹿な考えを巡らす前に、思考を中断。

 使い古した脳を休め、俺は目を閉じた。

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